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◆1-2 自嘲



 『双子』なのがいけないのだろう、とレネアは思う。


 風の国アシェットでは──いや、この大陸レスタリエでは、『双子』という存在は特別なものだ。

 レスタリエには、四大聖霊がそれぞれ加護を宿す四つの大国が存在する。


 風の国アシェット。

 火の国ポルシィ。

 水の国ミルーラ。

 土の国フィデル。


 そして、四大国の聖所を結んだ十字の交点に、淡く輝く光の塔がある。


 この世界を創り出したとされる双子の神──太陽神エリルバーンと、月光神レインメイカーを祀った塔だ。


 今より何千年と昔、この何もなかった世界に双神が現れた。

 エリルバーンが太陽と大陸を創り出し、レインメイカーは月と海を創り出したとされている。


 双神が存在することで、この世界には生命が生まれた。

 そしてそれらの生き物は神の力──『生命の息吹(プラーナ)』を世界に満ちさせる神性によって、急速に進化したのだ。


 世界に適した進化を続けた生き物は、いつしか息吹(プラーナ)魔素(マナ)へと変換できるようになり、魔法を使う能力を得た。

 そうして、魔法を扱えるようになった者を導く存在として、双神は『始まりの地』より四大聖霊を喚び出した。


 風のシルフ。

 火のサラマンダー。

 水のウンディーネ。

 土のノーム。


 それぞれ導きを受けた四大国と、その中心に位置する、光り輝く黄金の男神と白銀の女神。

 全ての始まりにして、絶対的存在。


 双神と同じ『双子』という存在は、大陸では生まれること自体が非常に珍しく、四大国でも特別視されている。

 四大聖霊の寵愛のみならず、始まりの神にさえ愛された特別な子供だと。


 事実、現在四大国でも存在する双子は五組しかいない。

 その五組のうちの一組が、風の国アシェットにいるルクシュタイン姉妹だった。


「……ああ、もう。もう、嫌だなあ、本当に。いやだ」


 誰もいない特別資料室で、レネアはか細い声で呟く。

 絶え間なく落とされる呟きは、同級生への愚痴ではない。

 紛れもない、自分自身に向けたものだ。


 レネアは、魔素の変換がどうしようもなく下手だ。

 理論は完璧に頭に入っている。

 入学以来、座学の首位は他の誰にも譲ったことがない。


 でも、魔法を使うことがどうしようもなく下手だ。

 レネアは魔法が大好きなのに。

 魔法は、生命の息吹は、世界は、どうにもレネアが嫌いらしい。


 変換機構はある。魔法の不備があまりに酷かったため、双子の神子にはあってはならない『異常』だとして、散々神殿によって調べ尽くされた。

 だというのに、小さい子供でも成功するような魔法を、三回に一回は失敗する。


 寵愛を受けた〝神子〟であるのに。


 レネアの脳裏に浮かぶのは、双子の妹の顔だ。

 よく似通った二人には、絶対にして決定的な差がある。


 姉のレネアは胸元まで伸ばした銀色の髪に、色を失くしたような鉛色の瞳。

 妹のリディアは顎の辺りで切り揃えた銀色の髪に、鮮やかな翠色(・・・・・・)の瞳だ。


 宝石のように煌めく、〝寵愛〟の色。

 風の国アシェットの守護聖霊、シルフ様に選ばれた存在。

 類まれな魔法の才を持った、天才の証だ。


 リディアを見るたび、レネアはなんとも言えない気持ちになる。

 それは嫉妬に似ていて、けれども確かに羨望であって、愛おしくて誇らしくて妬ましい、あらゆる熱に塗れた歪な想いだ。


 神子は、両翼として共に秀でてこそ価値がある。

 リディアにとって、双子の姉が落ちこぼれであることは疵にしかならないだろうに、彼女はいつもレネアを真っ直ぐに讃える。

 『姉さんは凄い人なんだよ』と、心の底からの尊敬を込めて。


 いつもレネアを気遣ってくれる妹のことだ。

 きっと、心配をかけてしまっている。

 早く調子を取り戻して、戻らないといけない。

 そう思うのに、立ち上がる気力がどうにも湧かなかった。


「いっそ、双子じゃなかったらなあ……」


 双子の神子ではなく、単に魔法が下手なだけであれば、レネアはこんなにも苦しんでいなかっただろう。

 神子の立場に縛られてさえいなければ、魔法ではなく魔術を学ぶことで、道が拓けることもあるかもしれない。


 そうではなくとも、ただ魔法がド下手な一般生徒として、目立つこともなく過ごせたかもしれない。

 想像しかけてから、レネアはそっと自嘲の笑みを浮かべた。


 やめよう。

 ありもしない世界を思い浮かべたって、何にも救われることはない。


 思考の逃げ先を探して、代わりに思い浮かべたのは、先日の始業式だった。

 前年度で退職した魔術師の先生に代わって、今年から新任として紹介され壇上に上がったのはなんと、レネアと同い年の男の子だった。


 少し鋭い印象を受けるが、整った顔をしていた。

 耳にかかる程度に整えられた黒髪に、強い意志を宿した黄金色の瞳。

 薄く笑みを浮かべる顔には、場に飲まれた様子は欠片もなかった。


 てっきり編入生かと思っていたのは、レネアだけではなかったらしい。

 講堂に並ぶ生徒は揃って途端にひそひそと囁きを交わし合った。


『ヴァルター・ヘルエス先生だ。魔術学科の授業を受け持ってくださる』


 その紹介以外には簡素な挨拶しか無かったものだから、ざわめきは更に強くなった。

 魔法学科からは、特に嘲笑が。


 とうとう誰も見つからなくなって、その辺の使えない魔術師を引っ張ってきたのだ。

 心無い生徒は、笑い混じりに囁き合った。


 思わず、リディアと共に顔を見合わせる。

 片割れも、レネアと同じ結論に至っていたらしい。


 これまでの魔術科の教師だって、魔術師の歴史の中では優秀な方々ばかりだった。

 けれども、この学園で魔術を教えるのならば、優秀なだけでは駄目なのだ。


 王立魔法学園(メーティス)が歴史ある名門であり、パスクアル学園長が優れた魔法使いであるが故に、魔術科教師に向けられる目は厳しくなってしまう。

 十六歳でその立場に選ばれたような魔術師が、『その辺の使えない魔術師』なんかである筈がないのだ。


「……ヘルエス先生の授業、楽しみだな」


 今日の午後は、最後にヴァルターの講義が入っている。


 魔法科にとっては、学期が始まってから初めての授業だ。

 学科によって必修科目が違うので、『魔術基礎理論』と『魔術基礎実習』以外は希望しないと時間割に入らない。

 貴重な授業の時間だ。きっと、リディアも楽しみにしてるに違いない。


「あとで感想でも言い合えるかな」


 涙を拭ったレネアは、気を取り直したように勢いをつけて立ち上がる。

 昼休みは残り十五分も無かった。

 午後の授業で腹を鳴らしていたら、それこそ笑い者だ。


 レネアは慌てた様子で、とりあえず購買へと走った。



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