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◇1-1 到着



 アフィスティアの手紙を受けてから、一週間が経った。


 風の国アシェットの王都。

 王立魔法学園(メーティス)の学長室にて。


 立派な革張りの椅子に腰掛ける老齢の魔女は、対面に立つヴァルターに穏やかな笑みを浮かべた。


「よく来てくれた、ヴァルター殿。ティアからは君の話をよく聞いていたよ。我が学園の為に力を貸してくれること、心より感謝申し上げる」

「若輩の身ですが、精一杯務めさせて頂きます」


 今は、学期始めの半月前に当たる時期だ。

 慌ただしい引越ではあったが、ヴァルターは無事王立魔法学園(メーティス)へと足を踏み入れていた。


 学長室には、ヴァルターと学園長──オルキデア・ノーツ・パスクアルしか居ない。


 神秘的な紫水晶の瞳に、年相応の白髪を緩くサイドに垂らした三つ編み。

 熟練の魔法使いである彼女は、歳を重ねても尚、涼やかな美貌の面影を残していた。


 これでアフィスティアよりも十は年下と言うのだから、我が師匠の詐欺っぷりには驚くばかりである。


 室内には、やたらと植物が多かった。

 雑多に並ぶ植木鉢からは色取り取りの魔植物たちが元気に茎を伸ばし、色鮮やかな花を咲かせている。

 その地位に相応しく、どれも見事な希少品だ。


 オルキデア・ノーツ・パスクアルは、大陸でも最高位の魔法使いである。

 〝神子〟ではないにも関わらず、学生時代には大陸合同の魔法大会で全ての代表選手を下して優勝者となり、数々の画期的な魔法を開発した、歴史に名を残す稀代の天才。


 紛れもない傑物だ。偉大なる三賢者の内の一人。

 しかも、アフィスティアとは違って極めて真っ当な人間である。

 天は二物も三物も与えるものだ。

 魔法使い、というだけでそもそもが恵まれて(・・・・)いるというのに。


 何処か白けた気持ちになりつつも、ヴァルターは他所行きの笑みを崩すことはなかった。


 引き受けた以上は職務を全うするつもりだ。

 中途半端に投げ出したともなれば、それこそアフィスティアに何と言われるか分かったものではない。


「しかし学園長、メーティスには既に魔術科の教師が在籍している筈では? 現職の教師では力不足ということでしょうか」


 大魔術師アフィスティアの一番弟子であるとはいえ、ヴァルターはまだ十六歳である。

 そんな自分を引っ張り出さねばならない程に、王都の人材は枯渇しているとでも言うのだろうか。


 丁寧な物言いでありながら隠し切れない不遜な態度を滲ませたヴァルターに、学園長はゆったりと口元に笑みを浮かべた。


「王都にも優秀な魔術師は揃っているとも。けれども、この学園で勤めるには、優秀なだけでは足りない……と言うのが悲しいながら現状かな。

 私が雇い入れた誰もが、魔法学科との折り合いが付かないまま、耐え切れずに辞めてしまってね。今回の退職願でもう六人目になる」

「……成る程。我が敬愛なる師匠は、どうやら弟子を生贄に金貨を引き出したようで」


 やっぱり予想通りじゃねえか、と思ったが、ヴァルターは紙一重で吐き捨てずに済んだ。


 ただし、表情には出てしまっている。

 反吐が出そうな顔を何とか誤魔化そうとした結果、ヴァルターの表情筋は舌打ちを堪えているとしか思えない形に仕上がった。


 金に目が眩んで、『魔術師』の弟子を『魔法使い』の巣窟に売るだなんて、全く碌でも無い師匠だ。


「『最高位の魔法使い』が『魔術師』を庇ったところで、魔法学科の人間が聞き入れるとも思えませんしね。むしろ、余計な諍いややっかみが増えるとも言えます」


 ぼやくように呟いたヴァルターの言葉に、オルキデアは唇の端を軽く持ち上げるだけだった。

 反論はないのだろう。できない、というのが正しいか。


「……本来、魔法使いも魔術師も、等価値の存在である筈なのだがな」

「それはちょっと無理があるんじゃないですか。心情的に」


 『魔法使い』と『魔術師』は、両者とも魔素によって世界に作用する奇跡を起こすが、そのプロセスが異なる。


 魔法というのは、大気中に多量に存在する『生命の息吹(プラーナ)』を、体内に存在する変換機構(ラーべ)によって魔素(マナ)へと変換し、世界に干渉する魔述式によって作用を決定し発動するものだ。

 身体に宿した変換機構が優れているほど強い魔力が使え、磨いた感覚と正確な知識のもと紡ぐ魔述式によって、どれほど繊細で特異な魔法が使えるのかが決まる。


 一方の魔術とは、変換機構を持たない人間が、他生物の生成する魔素(マナ)を利用し、魔法に似た作用を生み出す術のことである。

 そのため、魔術師は通常、魔素を生成できる存在──使い魔を連れている。


 魔法使いは、魔術師を嫌う。

 多くの魔法使いにとっては、魔術師は未だに『非人族』でしかないからだ。


「メーティスが国内で最も名誉ある魔法学園であるが故に、そこに通う魔法使いの意識もプライドも下手な塔より高くなっていることでしょうし。

 彼らにとっては、我々魔術師は未だ『言葉を喋るだけの人型の家畜』でしかないんじゃないですかね」


 非人族。

 人族ではないものを指すその言葉は、『魔族』と同義の差別用語である。


 その昔、大陸には魔族と呼ばれる邪悪な種族が存在した。


 動物を人型にしたような姿を持つ、高い知性と凶暴な性質を持つ存在だ。

 彼らは一様に、変換機構を持たない生物である。

 代わりに、優れた魔素を生成できる存在──要するに人間を喰らうことで変換機構と魔素を手に入れてきた。


 その特性のため、大陸では昔から人族と魔族の争いが絶えなかった。

 二百年前、それまで交流の薄かった四大国が力を合わせ、魔族を一掃したのだ。


 しかしてその数十年後。

 平和が訪れたはずの大陸には、新たに『変換機構を持たない存在』が生まれるようになってしまった。


 それらが単に小動物や魔物の姿をしているのならばまだ良かった。

 だが、彼らは間違いなく人の形を持って生まれ、変換機構の有無以外に、人族との生物上の差異はなかった。


「奴隷制度が撤廃され、蔑称の使用も咎められるようになって随分と経つのだが……どうにも、子供というのは親の影響を受けやすくてな」

「まあ、私たちの親やその上の世代に比べればよっぽどマシな状況ではあるんでしょうね」


 長い差別と悲惨な歴史を経て、人族は『非人族』を受け入れた。

 魔術は、魔法を使えねばただ虐殺されるのみだった彼らが決死の思いで生み出した、生存の為の技術だ。


「……選民意識が強いのはお好きにどうぞと言う感じですが、師匠に言わせれば『変換機構』はいずれ人類から消える器官だそうですよ」

「ああ。王都の研究機関でも、そのように予測が立っている。神殿は決して認めることなく、そのような結果は虚偽であると主張しているが……我が学園の魔術科も、学科設立から現在まで、入学者も年を追うごとに確実に増加しているのは事実だ」


 今はまだ魔術師の方が少なくとも、いずれは同数……否、魔術師の方が数を増すであろう。

 望むと、望まざるとに関わらずだ。


 故に『魔法使い』は、このままではいけないのだ。


「魔術への理解を深め差別を取り払う為に、魔法学科には魔術科の講義が組み込まれている。


 魔術師を侮蔑する子供たちの悪意は、幾ら正しい言葉を重ねようと抑えることは出来なかった。

 魔術を学びたい生徒を守ろうにも、『魔法使い』が何を語ろうと慰めじみた詭弁にしか聞こえない。


 加えて言えば、我が学園の魔術科を卒業した教師には、魔法学科の悪意はあまりにも鋭く、耐え難い。

 故に君のように、ティアの修行にも耐えうる、強靭な魔術師を雇いたい、と私が彼女に無理を言ったのだ」


 そこまで語り終えて、学園長は頭を下げた。本当に申し訳ない、と。

 ヴァルターが、ぎょっとした様子で思わず後ずさる。


「やめてください。そりゃあ、師匠にムカついたのが動機ですけど、俺が決めて来たんですから……!」


 オルキデア・ノーツ・パスクアルは、間違いなく最高位の魔法使いだ。

 間違っても十六歳の若輩者の、勲章の一つも持っていないような魔術師に頭を下げさせる訳にはいかない。


 ヴァルターは魔法使いが嫌いだが、それはあくまで、魔術師に敬意のない魔法使いが反吐が出るほど嫌いで、さっさとくたばりやがれカス、と思っているだけである。

 肥溜めとかに落ちろ、とか、足の小指折れろ、とか思っているだけである。


「まあ、その、事情は把握しましたけども。優秀な魔術師って言うなら……わざわざ俺じゃなくても、師匠じゃ駄目だったんですかね」

「…………ティアはなあ……ちょっと……」

「ああ……」


 それまで厳粛な空気を漂わせていた学園長が、しょぼくれた顔できゅっと眉と瞼を縮め、更には肩まで窄めて小さくなる。

 ヴァルターも、思わず気の抜けた相槌を打っていた。


 そりゃそうだ。

 この世で最も『教師』に向いていない人間を上げろ、と言われたら、ヴァルターは真っ先に師匠の名を挙げるだろう。


 ちなみに、次点はヴァルターである。



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