◇11ー1 相対 ①
学園内に広まった噂の当人――ヴァルターはと言えば。
「……〝面会〟ねえ」
王都郊外の自室にて。腰掛けた椅子の背に体重をかけるようにして傾け、天井を見上げていた。
その片手が眼前に掲げているのは、神殿の印が押された封書である。
白地に金の箔押しが施されたそれは、神殿からの『招待状』だ。
神殿は建国以来、国の発展に役立てるため数多くの優秀な魔法使いを招き、報奨と引き換えに技術の開示を求めてきた。
ヴァルターの手元に届いた封書も、文面だけはそれらの招待と同じものである。拒否も拒絶も許さない、由緒正しき〝ご招待〟だ。
此方の予定すら丸無視した日時の指定と、格式張った呼び出しの文面。回りくどい荘厳な言い回しを書き連ねてはいるが、要するに『お前のしでかしたことは目に余るので釈明をしにこい』というのが、この度の招待の本意である。
「特権階級のお偉いさんってのはどうしてこう、上から目線で物を言ってくんのかね」
研鑽により積み上げた魔術を、魔法こそを尊ぶ輩の前で開示する。随分と屈辱的な申し出だ。
学園に来る前のヴァルターであったなら、どんな処罰が待っていようと鼻で笑って焼き捨てたことだろう。
だが、今回に限っては、ヴァルターにとっても都合がいい話だった。
現状ではどう足掻いても顔を合わせようのない雲の上の立場にある人間が、わざわざ直接会いに来いと言っているのだから。
「まあ、面倒事に自分から首突っ込んだ訳だし、自業自得ではあるよな」
先日のヴァルターの行動は、明確に挑発の意思を持って行われたものではある。
対象は神殿――つまりはグシオン・リウェイズと、ついでにアンディ・エルナンドだ。
師匠であるアフィスティアは、レネアの死を前提とした計画に対し、何をしても無駄だと言った。
ヴァルターがグシオンの企みを防ぐには、時間と経験が足りないと。
それはそうだ。実際、ヴァルターに思いつく程度の策では、どうしたって時間が足りない。
だが、強欲の魔女は、同時に、やりたいようにすればいい、とも言った。
それは、『可能性がある』という意味の言葉ではないだろう。
アフィスティア・ヴァン・ヘルエスは、やりたいことを我慢するくらいならば死を選ぶ。あるいは、周囲を殺してでもそれを成し遂げる。
要するに彼女は、望みがあるならば、己の何を懸けてでも実現のために動くべきだ、と言っているに過ぎない。
だから、ヴァルターはもう、好きにすることにした。
想い人であるレネア・ルクシュタインに対し歪んだ恋慕を向けるアンディ・エルナンドの発言があまりに見苦しく耐え難かったので正面から叩きのめしたし、
出来損ないである神子のレネア・ルクシュタインを命すら軽視して扱うグシオン・リウェイズの目論見があまりに腹立たしかったので、『オルキデアの弟子である』という事実無根の噂を、神子の魔素を扱うことであたかも真実であるかのように広めた。
ヴァルターは、例の一件から広まった噂の一切を否定しなかった。
賢者オルキデアが魔術師の弟子を取った、という、風の国の歴史を考えればあまりに衝撃的な情報を、ただ広まるままに放置した。
そして、思惑を理解したのだろうオルキデアもまた、教員からの追求に明確な答えは出さなかった。
〝ヴァルター・ヘルエスは、調和の賢者オルキデアの弟子である。
魔術師として並外れた才を持つヴァルターをオルキデアが見出し、学園内で重要なポストを任せたのだ。〟
学園内の誰もが、そうと信じて疑わなかった。
その結果が、神殿からの招待状だ。
形式的に作成された文面の最後、流麗な書体で記されたグシオンの署名を眺めながら、小さく鼻を鳴らす。
「敬愛するお師匠様に近づく羽虫は許せないってことかね」
ヴァルターは胸の内に宿る怒りを抑え、表面上はあくまでも軽く吐き捨てた。
神子に教会裏で魔術を教えていた時はなんら反応がなかったのに、オルキデアの名が絡んだ途端にこれである。
この呼び出しが、神子の魔素を使用した魔術の行使よりも、事実確認すら曖昧な噂を重視したものであるのは容易に推察出来た。
なんとも腹立たしい話ではあるが、狂気的なまでの信仰心を刺激した結果、顔を合わせる機会が用意されたのだから、その程度は流してやろう。
アフィスティアの立てた予想では、風の聖霊は、神子であるレネアに、〝死〟によって不調のある身体を捨ててほしいと考えている。
三賢者の彼女が唱える予想ならば、それはほとんど真実に近いものである筈だ。
つまり、レネアの身の安全を保証したいと願うならば、彼女の魔素が使えるものだと示さなければならない。
聖霊が肉体の死を許容できない程の才を、この世界に知らしめなければならないのだ。
具体的な手段としては、年度末に開かれる四大陸合同の魔法大会で、レネアが彼女自身の実力を示す必要がある。
そのための下準備は既に始めていた。ただ、週末の個人授業だけではどうしたって時間が足りない。
足りない時間を確保するためには、相応の立場が必要だった。
レネア・ルクシュタインを魔術科に編入させられれば、学科長(ヴァルターは現状、魔術科唯一の教師であるため、便宜的な役職として長である)の権限で優秀生に追加の指導を行うことが可能だ。
最新の設備と用意と、正式な時間を使っての指導が可能になる。
つまりはどうにかしてグシオン以外の神殿の人間から口添えを得て、レネアを魔術科に編入させるか、それに近い状況を作らなければならない。
「………………」
時戻しにはレネアの命が必要だと言うが、必要な要素がもう一つある筈だった。
神子の命をただ奪うだけならば、神官長であるグシオンにはあまりにも容易い贄である。
だが、ヴァルターがオルキデアの弟子であるなどという、グシオンにとっての〝耐え難い侮辱〟をぶつけた上で、まだ世界は巻き戻されていない。
魔法の発現に必要なものがまだ揃っていないからだ。
「……膨大な魔素と魔述式、それから贄まで確定しているなら……あとは、場だろうな」
アフィスティアは結局、時戻しの魔述式自体は明かさなかった。開発の構想だけでも処された歴史すらある大罪なのだから、当然の話だろう。
防ぎようもないのに不適切な知識を得て動いたせいで罰せられるなど、ヴァルターとしても避けたい。
推測だが、時戻しという大規模な魔法を行使するには、それに相応しい生命の息吹に満ちた神聖地が必要なのだろう。
挙げられる候補はいくつかある。アシェット国内ならば、神殿本拠地である中央大聖堂がその一つだ。
国外ならば、四大国の中心。魔法大会の開催地である、双神の塔こそがまさに一等の神聖地だった。
「………………すっげー嫌な予感」
君には止められない、と告げるアフィスティアの声が脳裏によぎる。
呼び起こされた苦々しさをそのまま噛み締めるように、ヴァルターは軽く奥歯を軋ませた。
時間が足りない、と言われた意味を嫌でも思い知る。
『レネア・ルクシュタインの魔法の才を聖霊シルフに認めさせる』というのがヴァルターに出来る程度の抵抗だ。
だが、そのために必要な『魔法大会』という舞台そのものが、既にグシオンが計画する時戻しの場として使われる予定だとしたら。
知らず、ヴァルターの口からは盛大な溜息が吐き出されていた。
招待状を卓上に投げ捨て、一度、強く頭を掻く。
考えれば考えるほど、師匠の言葉が事実以外の何物でもなくなっていく。
ヴァルターにはグシオンの企みは止めようがないだろうし、きっと双神が神子であるレネアを守るのだろう。恐らくは、人の子には許容しがたい方法で。
そして全ては丸く収まるに違いないのだ。
「……死を画策される当の本人の精神状態は置いといて、って、うお」
吐き捨てるような響きになった独り言を遮るように、茶兎がヴァルターの頭上にのしかかった。
遠慮なく重みをかけてくる可愛い使い魔に押されて、彼の首が前へと傾く。
何やらなだめるようにして次々とのしかかってくる使い魔たちを撫でながら、ヴァルターは小さく、気を抜くように笑った。
ところで。
招待状の文面について、ヴァルターにはひとつ気になる点があった。
格式張った挨拶が長々と続いた下、此方の予定も聞かずに定められた日時の欄だ。
そこには、注意深く見なければ気づかない程度に、修正魔法がかけられていた。
署名と文面の字体を見比べれば明らかだが、招待状を作成したのはグシオンではない別の神官である。
魔術師程度を呼び出すのに神官長自らの手を煩わせるなど有り得ないのだから、当然の話だ。
単純に、直前になって都合がつかずに手を加えただけかもしれない。
招待客へ修正魔法の痕跡が残るような文面を送るなど無礼極まりない話だが、それだけ魔術師という存在を軽んじていると捉えることも出来る。
だが、ヴァルターはこの修正についてグシオンが把握している可能性は低い、と考えていた。
〝オルキデアの一番弟子〟という立場を誇る彼が、不躾にその立場に割り込んだヴァルターに対し、己の不手際を一欠片でも感じさせるような手紙を寄越す筈がないからだ。
これが神官長の署名を得た後に手が加えられたものであるのならば、そこには明確な意味が生じる。
「良い方に当たってるといいんだけどな」
ヴァルターは広げた招待状を見下ろしたまま、小さく呟いた。
(年始にどうしても更新したくなり、分割しました。
今年もよろしくお願いします)




