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◆プロローグ


「では、次。レネア・ルクシュタイン」


 歴史ある重厚な作りの魔法科の教室。

 四学年の生徒が四十名ほど、まばらに席についている。


 教壇に立つのは、中性的な美貌に穏やかな笑みを浮かべた男性教師だ。

 現在、『魔素発現記述式応用Ⅱ』の授業中である。


「……はい」


 立ち上がったレネアは、気乗りしない顔色のまま手のひらを翳した。

 緊張がそのまま、手の強張りに現れてしまう。


 立ち上がった彼女には、教室内の生徒のうち、半数ほどの視線が注がれていた。

 生温くじっとりとした嘲笑を含んだ、嫌な視線だ。


 また、レネア・ルクシュタインが失敗するぞ、笑ってやろう、という目だ。


 明確に気遣わしげな顔をしているのはただ一人。

 教室の後方に座る、今し方起立している少女と似通った顔立ちをした、双子の妹だけだ。


 指定されたのは、四年生にしては簡単すぎる程の初級魔法。学期初めの、ただの低学年のおさらいでしかない。

 落ち着いて、きちんと魔素(マナ)さえ集められれば、レネアにも唱えられる。


「【旋風(イ・アレ)】」


 自分の手元に小さな風の渦を生み出す魔法だ。

 成功すれば、鮮やかな薄緑色の軌跡を残して、風が回る。


 この魔法は、風の精霊シルフの恩寵を受けているアシェット国では、最も広く知られている。

 それこそ、王立魔法学園に入学していない、小さな子供でも使うことが可能な魔法だ。


 限りなく簡単だからこそ、担当教師もレネアに実演を任せたのだろう。

 普段の授業では、特例で免除してもらっているようなものだから。


「……………」


 けれども、レネアは空気の揺らめきすら起こせなかった。

 静かな教室内で、聞かせるつもりか、わざとらしく微かな嘲笑が聞こえてくる。

 それがクラスの上位に位置するグループのものであることは、顔を確かめるまでもなく分かっていた。


 レネアはぐっと、内頬を噛んで、全ての衝動を堪える。

 もう十六歳だ、こんなことで泣くだなんて馬鹿げている。


 全てに耐え、着席したレネアに、教師はそっと労わるような声をかける。


「……残念でしたね、ルクシュタインさん」

「すみません、先生」

「次は頑張りましょうね」

「……はい」


 教壇に立つ教師──ラフル・サーキスタは、女性と見紛うような中性的な美貌に、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

 謝りたいのはレネアの方だ。こんな簡単な魔法も使えないだなんて。

 つくづく自分が嫌になってしまう。


 情けなさに俯くと同時に、ちょうど授業終了の鐘が鳴る。


「今日は此処までとします。課題提出は次回の授業からとなりますから、まずはしっかりと予習をしてきてくださいね」


 はーい、と間延びした返事があちこちから聞こえる。

 ラフルが立ち去ると、生徒は各々昼食を取る為に席を立ち始めた。


 ほっと息を吐いたレネアの耳に、笑い混じりの揶揄が届く。


「ねー、見た? あんな簡単な魔法も出来ないなんて信じられなーい」

「いい加減、諦めて自主退学したらいいのにね」

「それとも非人族(・・・)クラスにでも移る? あっ、魔術師だっけ」

「ちょっとやめなよー、差別で訴えられるよ」


 レネアは黙って聞き流した。

 彼女たちの態度は確かに問題だが、言っているのは酷いことに正論である。

 事実として不出来で落ちこぼれなレネアには、反論出来る材料は一つも無かった。


 それに、今日はあいつ(・・・)が居ないだけでもまだ良い方だ。


 けれども、片割れは我慢がならなかったらしい。

 後方で、バンッ、と勢いよく掌を叩きつける音が響く。

 立ち上がった双子の妹──リディアは、開かれた扉から逃げるようにして走り去る少女たちの背に鋭い声を投げた。


「いい加減にしなよ、姉さんの入学は学園長が認めた正式なものだろ。君たちの発言は、最高位の魔法使いである学園長すら馬鹿にしたものだ」


「やだー、神子様が怒った!」

「こわーい」

「ねえ、今日何食べる?」

「どうしようかなあ〜」


 女生徒達は、まるで響いていない様子で、じゃれ合いながら逃げていく。

 追おうとするリディアを、レネアは腕を引いて止めた。


「いいよ。どうせ何言ったって、無駄だから」

「でも、」

「それに、私が魔法学科の落第生なのは事実だし」

「そんなことないよ、姉さんは凄い人だ。あいつら、姉さんが座学トップなのが気に食わないんだよ」


 リディアの言葉が心からのもので、妹からの賞賛と敬愛が本気であることくらい、レネアにも分かっている。

 それでも、今だけはどうにも耐え難くて、レネアは笑みの形を取り繕うだけで精一杯だった。


「ごめんね、ちょっと一人にして」


 逃げるように教室を後にしたレネアの背中を、リディアもまた、涙を堪えるようにして見つめていた。



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