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◆6-2 好み


 昼食を終えた昼休みのこと。

 それは、レネアが人目につかない空き教室で一息ついていた時に、たまたま聞こえてきた会話だった。


「ヴァルちゃん先生! 質問いいっすか!」

「このあと三学年の授業があるので、手短になら大丈夫ですよ」

「ぶっちゃけ、先生って彼女います!?」

「いません」

「じゃあ好きなタイプは!?」

「どうしてそんなこと聞くんです?」


 レネアは思わず、そろりと伺うように扉の端から顔を出していた。

 窓が少なくあまり日の差さない廊下に、人影が二人並んでいるのが見える。


 ローブの意匠を見るに、魔術科に所属する五学年の男子生徒だ。

 ヴァルターよりもやや背の高い茶髪の生徒は、人好きのする笑みを浮かべながら彼の隣を歩いていた。


 ここ最近のヴァルターは、学食で持ち帰りの品を買うことがある。

 男子学生の手にも購買のパンがあったので、戻る途中でたまたま顔を合わせたのだろう。


 学園は歴史がある分、相当に古い建物で、改築と増築を繰り返している。

 入り組んだ造りをしている為か、それなりに人目につかないような場所が多い。

 例えば今、レネアが万が一にも機嫌の悪いエルナンドと遭遇しないで済むように選んだ休憩場所だとかがそうだ。


 特定を避けるためにあちこちを転々と使っている為、今日ここでヴァルターを見かけたのは、全くの偶然だった。


 エルナンドが来た訳ではないのだから、わざわざ隠れる必要など微塵もない。

 けれども、少しだけ隙間を開けた扉の裏に屈み込んだレネアは、出来れば見つからないよう、そっと息を押し殺していた。


 人気のない廊下だからか、並んで進む二人の声は明瞭に聞こえる。


「あるでしょう! 胸が大きいとかお尻が大きいとか色が白いとか髪が長いのが良いとか顔がどうだとか! さあ! 早く白状してください!」

「……心配しなくても、雇われた以上生徒をそういう目では見ません。故にマスニークさんの想い人についてもどうとも思いませんので、ご安心を」

「は!?!? 俺がいつメリルの話をしました!?!?」

「今してますね」


 飛び退くように離れた男子生徒は、そのまま流れるように頭を抱えて蹲ってしまった。

 ちょうど、レネアの潜んでいる扉から十歩ほど進んだ位置である。


 ヴァルターはなんとも呆れた顔で、蹲る彼の隣で立ち止まっていた。

 頭上に乗っかった黒兎(ドライ)が、呑気にひこひこと鼻を動かしている。


「ちくしょう、先生に彼女がいれば一瞬で話がつくのに……!!」

「仮に私に恋人がいたとしても、マスニークさんの告白が上手くいく保証にはならないのでは?」

「正論を吐かないでください! とにかくさっさと教えてください! できればメリルと正反対の要素をあげてください!」


 記憶を辿っていたレネアは、そこで、この世の終わりのような声をあげる彼の名をきちんと思い出した。


 ロベク・マスニークだ。

 別学年で交流もないので、名が出るまで記憶のとっかかりが無かった。

 学業の方では特にこれといった成績を残した訳ではないが、彼の名はそれなりに広く知られている。


 彼は、剣術科のメリルチーナ・ストートンに対して三年近く、派手に片思いをしているのだ。

 しかして、想い人であるメリルチーナは、「自分より強い人が好き」と公言している。


 マスニークは秋季に行われる校内大会の剣術部門で彼女に三度勝負を挑もうとしているが、そもそも予選落ちして相手にもされていない。

 毎度、世界の破滅の如く嘆き苦しむ彼の様は、ちょっとした名物になっている。


 そんな彼が、『強い人』筆頭であるヴァルターに探りを入れようとしているのは分からなくもなかった。

 けれども、あそこまで真剣に(と言っていいかは謎だが)聞きに来ている以上、マスニークの不安だけが理由ではないのではなかろうか。


 つまり、具体的にメリルチーナの方で何かしらの明言があったのではないか、ということだ。

 例えばそう、『恋人にするならヴァルター先生がいい』だとか、なんだとか、いうことを。


 メリルチーナ・ストートンの相貌については、レネアの記憶にも残っていた。

 何せ、校内剣術大会の総合部門での三年連続優勝者だ。

 意思の強さを感じさせる碧眼を持ち、艶やかな白金色の長髪を一纏めにした凛とした美女である。

 その美貌と確かな実力から、『姫騎士』とも渾名されている程の女性だ。


 レネアは知らず、脳内で隣に自分の姿を並べてしまう。

 自信に満ちた輝くような美貌の女性と、誤魔化し笑いばかり得意になった俯きがちの自分。

 どちらが相応しいか(・・・・・)と問われたら、答えなど明白だった。


 気づいた時には、眩暈のする思いで指を握り合わせていた。

 でも、と頭の片隅が勝手に思考する。


 でも。

 先生は剣術は苦手なんです。

 剣術は苦手だって言ってたんです。

 つまり。

 剣術ではあんまり強くないんです。


 レネアは何故か祈るように目を閉じたまま、何処へ向けたのかも分からない言葉を並べていた。


 そして、並べ立てたのちに、自己嫌悪からそっと膝を抱えた。

 なんなら、頭も少し抱えておきたかった。先程のマスニークのように。


 勝手に出そうになる溜息を何とか飲み込んだその時、レネアの耳はヴァルターの声を拾った。


「うーん……まあ、強いて言うなら髪の綺麗な方ですかね」


 遠くへと脱走しかけていた思考が、くるりと足早に戻ってくる。

 タイプの話だ、と。


 知らず、自分の髪先に手を当てていた。

 神子として人前に立つ以上、ある程度の身なりは当然整えている。

 だが、自信を持って綺麗と言えるほどかというと、少し迷うところだった。


 ほぼ無意識に自身の髪質を指通りで確認しているレネアの後ろで、声は徐々に遠ざかっていく。


「あ〜、良いっすよね。俺もメリルの髪が風に靡くところなんて見ると最高だな〜!って思います。えっ、つまり先生的にメリルはアリ……!?」

「もう行っていいですか? 付き合ってるの馬鹿らしくなってきたので」


 何事か、泣き言じみた台詞を並べ立てるマスニークの声だけが最後に残って、すぐに廊下は静かになった。

 遠くの方で、賑やかな声が響いている。

 中庭で騒いでいるらしい低学年の生徒たちのものだろう。


 差し込む光を細かく反射する埃を見上げながら、レネアは零れ落ちたような声で呟く。


「髪の綺麗な人……」


 鞄を片手に立ち上がり、倉庫の扉を押し開く。

 此処から教室に戻るのなら、そろそろ向かわなければならない。


 とりあえず、まずは櫛を携帯しよう。

 エルナンドに壊されるかもしれないから、安価なものを。


 レネアはもう片方の手で髪の毛先を確かめながら、足早に教室へと戻った。



     *  *  *



 屋敷のダイニングにて。

 レネアは心ここに在らずと言った様子で頬杖を突きながら、視界に映る銀の髪を目で追っていた。


 右へ左へと、一纏めに括られたリディアの髪が動きに合わせて緩く揺れている。

 簡易キッチンで日課の激辛料理の作成中だ。

 区分としては間食である。


 リディアは味覚の中でも、辛味を一番に好んでいる。それも、目が飛び出るほどにうんと辛いやつ、である。


 寮母さんが立てる献立は非常に美味しいが、ごく一般的なものが多い。

 流石に、ぞっとするような量の香辛料を入れた料理でなければ満足できない人間用の献立などは心得に無かった。

 その上それを神子であるリディアに提供する勇気だなんて、更に持ち合わせが無い。


 結果、こうしてリディアの個人的な手料理の作成に目を瞑るという形で収まった。


 妹は時折、満面の笑みで真っ赤な実を持ち帰ってくる。

 前に端っこを少しだけ齧らせてもらったが、常に咥内に一定の痛みが与えられるに等しい拷問だった。


 リディアはそれを粉末にして、見てるこっちが痛くなるほどの量を料理に使っている。

 怖い。それを笑顔で食べているところも怖い。

 とても怖いが、楽しそうにしている妹は見ていて楽しくはあった。


 もしかしたらリディアは、魔法よりも料理の方が好きなのかもしれない。

 鼻歌混じりにご機嫌に料理をする妹を見ると、時折そんなことを思う。


「どうしたの、姉さん。またなんか悩んでるの?」


 エプロンを丁寧な手つきで片付けたリディアは、出来上がった真っ赤なスープに匙を入れて席についた。

 対面に座るとそれだけで威力にやられるので、席の位置としては斜向かいである。


「先生ってね、髪の綺麗な人が好きなんだって」

「おお、新情報だね」

「それでちょっと考えてみたんだけど、魔法って生体に干渉するのは専門家でないと難しいけど、体外で変質したものに対しては物質と見做されるから作用させ易いよね」

「…………うん、うん?」

「だから多分、髪の毛を綺麗にしたい場合は回復魔法よりもどちらかというと修繕魔法の方がいいってことだと思うんだけど」

「…………うーん?」

「十五年前にパスクアル学園長が発見した魔述式が人間を構成する物質への修繕魔法として使えるんだけど、複雑すぎるしそもそも難度的に私には到底扱いようもなくて。リディに手伝ってもらえたらな、と思ったんだけど」


 それは極めて大真面目な声で告げられた。

 聞き返して確かめるまでもなく、ごく真剣に検討しているようだった。


 リディアはとりあえず黙ってスープを掬い、丁寧に飲み込んだ。

 今日も美味しく出来たので、彼女は満足のままににっこりと笑みを浮かべた。

 そして、その笑みのまま告げた。


「とりあえず、姉さんはヘアオイル使うことを検討すべきだと思う」

「つ、使ってるよ?」

「本当? どうせよく拭かずに水気も落とせてない髪に塗って満足してない?」

「………………そう、かも」

「そもそも自分で魔法の実験しようとしないでよ。どうせ、調べてる内に面白くなって試したくなったんでしょ」


 レネアは肘をついた手で両頬を包んだまま、静かに目を逸らした。

 全くもって図星だったのである。

 髪も綺麗になる上に見慣れない魔述式を試すことも出来るかもしれない、と思ったら、つい。


 一分ほどの視線による攻防の後、とりあえず、地道に頑張る方向で方針は決まった。


 ナイトキャップだとか、ヘアケア用品の使い分けだとか。髪の乾かし方だとか。

 美容にも気の回る妹の言葉を脳内のメモに記していく。

 ついでに夜更かしをしない、という約束もさせられたところで、ようやく話はひと段落ついた。


「あ。リディ、一個聞いてもいい?」

「なあに」

「リディって剣術科で仲良い人居る?」

「えっ?」


 勢いよく振り返ったリディアのただならぬ様子に、レネアは軽く首を傾けた。


 レネアのこの問いは、メリルチーナについて聞きたいが為に出たものだ。


 魔法学科の四学年は残念なことにあの有様だが、他の生徒は優秀なリディアに対しては好意的で、交友関係も広い方である。

 更には昨年度は校内大会の実行委員も務めていて、剣術科の代表とも交流がある。


 だから、何か噂でも耳にしている知り合いがいたら、と思って聞いてみたのだが。


 この反応は一体どうしたことだろう。


 リディアは、不自然に身体を強張らせている。

 瞬きの数も普段より多かった。


「ど、どうして?」

「えっと、ストートン先輩についてちょっと聞いてみたいことがあって」

「あ、ああ……なんだ、そういう……」


 あらかさまにホッとした様子で表情を和らげたリディアに、レネアは思わず問いかけていた。


「リディ。もしかして、剣術科の人に、その、何か言われてたりする?」

「え? あっ、違うよ、そういうのじゃない」


 心配を滲ませるレネアに気づいたのか、リディアは急いで言葉を付け足した。

 そういうの、というのは要するに、アンディ・エルナンドみたいなの、の意である。


 所属だけで区分け出来るほど人間は単純ではない。

 悪意と善意は大抵、まだらに混じり合って存在している。

 表立ってぶつけるような存在は、それこそごく一部ではあるけれど、何もエルナンドだけがそうという訳ではない。

 何処にでも居る。


 視線から不安を読み取ったリディアは、きっぱりと否定した。

 姉の心に一欠片の憂慮も残したくがない為の、強い語調だった。

 ただ、あまりにも強く響いたが為に、むしろ真実からは遠い響きとなってしまったが。


 見守るように視線を向けたレネアに、リディアは少し迷ったあと、軽く額に手を当てた。


「その、剣術科に、好きな人がいて」

「好きな人」

「……姉さんに気づかれたのかなって思って、それで、ちょっと動揺して」


 言葉を重ねる内に、リディアの耳はじんわりと熱を持ち始めていた。

 今度は疑いようもなく真実を示しているようにしか見えない。

 安心したレネアは安堵の息を吐いてから、ハッとしたように口元を押さえた。


 リディアは何か大事なことがあれば、自分から話してくれるタイプだ。

 そんな妹がこれまで気づかれないようにしていたということは、あまり触れてほしくはない部分だったということだろう。


 随分と不躾な聞き方をしてしまった。

 慌てて謝罪を口にしようとしたレネアを、リディアは軽く手で制した。


「ごめん、姉さん」

「えっ!? なんでリディが謝るの。私こそごめんね、言いたくなかったのに聞き出すようなことして」

「違うんだ。その、言いたくなかったのは別に嫌だったからとかじゃなくて……」


 惑うように呟いたリディアは、それからしばらく黙り込んだ。


 その表情には紛れもない苦悩が表れている。

 目を閉じたまま眉を寄せ、きゅっと唇を噛み、息を吐いたのち、のろのろと立ち上がる。


 冷蔵保管庫からミルクを取り出してきた彼女は、コップに注いだそれを飲み干すと、意を決したようにレネアへと目を向けた。


「その、怒らないで聞いてくれる?」

「好きな人の話を聞いて怒るようなことないと思うけど……」

「怒らないで聞いてほしい」

「えーと。うん。分かった」


 極めて真剣な物言いだったので、レネアもまた、誠実かつ真摯に頷いた。

 妹が此処まで言うのだ。きっと何かとても重要な話に違いない。


 固唾を飲んで見守るレネアの前で、リディアは小さく呟いた。


「ルイス・イァン・イリアルテなの……」

「…………うん?」

「私の、好きな人」


 リディアはそれだけ呟くと、そのまま耐え切れないようにテーブルへと突っ伏した。

 うう、と言葉にもならない呻き声が、頭を覆う腕の隙間から溢れている。


 対面に座るレネアはと言えば。

 若干、理解が遅れた。全く予想していなかった名前だったからだ。


 ルイス・イァン・イリアルテは、一つ年下の剣術科の男子生徒だ。

 確か、イサークの弟である。

 同姓同名の別人でなければ、の話だが。


「…………イリアルテ?」

「……イリアルテ」

「イリアルテ?」

「イリアルテ……」


 もはや、イリアルテだけで会話が成立してしまった。


 項垂れているリディアの様子を見るに、決して嘘や冗談などではない。

 レネアはなんと声を掛けたら良いものか迷って、そのまま何の言葉も見つけられずに、もがくように両手で宙を掻いていた。

 空気を掻き回すくらいのことしか出来ない。


 そもそも、レネアはルイスの人となりを知らない。

 知っていることはイリアルテ家の次男であり、家柄に相応しく校内大会の学年別部門で毎年優勝をしていると言うことくらいだ。


 低学年の内は学年別だが、中学年からは総合部門に挑戦できる。

 その実力から、今年は総合優勝が彼の手に渡るのでは、と噂されているのは聞いた。


 あとは裏で生徒間での大会を使った賭博が密かに開かれているだとか。

 まあ、こんな情報はどうでもいい訳で。


 混乱のままに空中で謎の球体を撫で始めたところで、リディアはゆっくりと顔を上げた。

 翠玉の瞳には、怯えにも似た光が揺らいでいた。


「実行委員で関わりを持って、それで、イリアルテだって知ってたのに、いつの間にか好きになってて。やめようって何度も思ったんだけど……」

「や、やめることないでしょ! 誰が誰を好きだって、そんなの自由だよ!」


 それは間違いなく本心からの言葉だった。

 同時に、レネアは居心地の悪い思いで自身の罪悪感を思い出していた。

 誰が誰を好きになろうと自由である。誰にも止める権利はない。当然の話だ。


 レネアは静かに、何処ぞへ必死に祈りを向けてしまった自分を恥じた。

 そして、その恥は一旦脇に置いておくことにした。


 今ここで重要なのは、妹の恋路の話である。

 大事な妹が、自分に気を遣って初恋を諦めるだなんてことがあって良い筈がないのだ。


 なんたって、こんなにも素晴らしい妹である。

 どうせなら望んだ相手と幸せになってほしいじゃないか。


「……でも、イサークの弟なんだよ」

「リディが好きになるってことはきっと素敵な人なんでしょう? 別に、その弟さんに何かされた訳じゃないし、気にしないよ」

「……ごめん、今、そう言ってほしくて言った」

「うん。だと思った」


 レネアは小さく笑いながら席を立つと、リディアの隣へと座り直した。

 宥めるようにわしゃわしゃと頭を撫でると、リディアの口元にも小さく笑みが溢れた。


「でもちゃんと本気で思っての言葉だから。別にリディが不安になる必要も、変に遠慮する必要もないよ。むしろ、私のせいで変に思われたりしてないといいな」

「まさか! ルイスはちゃんと、姉さんのことを凄い人だって思ってるんだよ! イサークと違って!」

「別にイサークに馬鹿にされた覚えは……」


 あったかもしれないな、と思ったので、レネアは一旦口を閉ざした。

 イサークは言葉には出さないが、度々目線で示すことはある。

 あれはレネア本人へと嘲りというよりは、多分、『なんでもっと上手く立ち回らないのか』という呆れと、憐れみだろうけれど。


「姉さん? もしかして私の知らないところで、イサークに何か?」

「なんにも! ところで、ルイスくん?とは随分仲良しみたいだね!」


 隣に座る妹の顔にイサークへの敵意が浮かびかけていたので、レネアは極めて迅速に話を切り替えた。

 多少強引だろうと、行く先を捻じ曲げた方がいいこともある。


「どんなところが好きなの?」

「努力家で誠実で元気が良くて可愛くて、あとは姉さんの実力をちゃんと認識してるところ」

「……そうなんだ、良い子なんだね」


 最後の条件はあまり重視しすぎると大変なことになる気がしたが、レネアは笑顔で受け止めた。

 自分だって、リディアを軽んじるような人は好きになれそうもない。


「そういえば、ストートン先輩について聞きたかったことって何?」


 落ち着きを取り戻したリディアから、話の舵を戻す問いが投げられる。

 レネアは少し迷ってから、忘れちゃった、と笑ってみせた。


 結局のところ、確認を取ったとしてもあまり意味はない。

 この不安と動揺はレネアの自信のなさから来るもので、答えを貰ったところで解消できる訳ではないからだ。

 この世にはレネアよりも素敵な人は沢山いて、そしてそうした人たちがヴァルターを好きになる可能性というのは、それこそ無数にある訳で。


 だから多分、今レネアがやるべきは、自信を持てる自分になることである。

 つまりは髪の手入れを丁寧にするだとか、身なりに気を使うだとか、勉学に力を入れるとか。

 あとは、きちんと大事に魔術を身につけるだとか。

 そういうことだ。


 リディアはほんの少し疑問の残る視線をレネアに向けたが、姉の横顔は確固たるやる気に満ちていたので、特に何か、言及することはなかった。



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