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第2章:第5話 深まる疑惑


 「…『煙草が嫌いな筈のご主人』、『無地の箱の煙草』、それと…『先輩に似ていたご主人の仕草』…。どういう事なんだ…?」


 エルミナをロビーで見送った後、オフィスに戻るアリステアの心中には様々な疑問が箇条書きの様に逡巡していた。


 「お疲れ様です。ただ今、戻りました」

 「お帰りなさいアリスちゃん」

 「おー戻ったか、お疲れ」

 「先輩…」

 「ん?どうした?」


 煙草を吸いながらアリステアの報告書を書き上げていくラルフィエル。一瞬、アリステアの方を見た後、再びタイプを走らせながらも怪訝な顔を向けられている事に気付き、彼女を気遣った。


 「エルミナさんとちゃんと話せたか?あのお母さんも娘の手前、自分の気持ちを全部語る事は難しいだろうし、俺達が気遣ってやらねーとな」

 「あら、いやに優しいじゃない。ああいうのが好み?」

 「好みも好み、ドストライク。今からでも俺に担当を代わって欲しい位だわ(笑)」

 「あの、先輩…」

 「なんだ?やけに疲れてんな、お前」

 「今日はもう上がる?報告書以外の仕事もやってあげるわよ?ラルちゃんが」

 「はあ?フローレスてめぇ、何言ってやがる。分担だ分担。えーと、【下界に降りた際の管理課の負担軽減の為、特別手当の割増を切に希望します】と。はい、終了終了~っと」

 「抜け目ないわね、さすが」

 「こういう時にしっかり要求しねーとな、はは」 

 「…ありがとうございます。先輩、フローラさん」


 暗い表情で自分の椅子に腰かけるアリステア。その様子にラルフィエルとフローラは無言のままジェスチャーで彼女への言葉を促し合う。


 「…あーゴホン、アリステア。さっき通達があってな。エルミナ・フロイとロロナ・フロイ母子の『昇天式』の日取りが決まったんだってよ」

 「え!?じゃあ、お二人に…」

 「そう。裁きが下ったって訳」

 「でも報告書もまだ提出していないのに、どうして…」

 「元々、下界に降りる以前にほぼ決まってたんだってよ。アースビジョンの異常検知問題もその映像記録からは機器の故障と見なされてるって事だし、お前のこの報告書もまぁ言ってみれば形式的なもんだ」

 「あの…ロロナちゃんの悪魔化とかは…?」

 「認められてないわ。だから私がワーカー・オーダーを発令したのもなかった事になってるの。もちろん、あなたが翼の力を発動した事も、ね」

 「でも、そんなのどうやって…?」

 「そんなもん、ちょちょいと記録を改ざん…ゴホン、まぁ細かい事は気にすんな。ハゲが増えるぞ」

 「先輩が手を回してくれたんですね…」


 ラルフィエルの密かな手回しに感動し、アリステアはさっきまでの彼に対する疑惑を恥じ入り、消し去るように一つ大きく頷いた。


 「…(いいんだ、これで。蒸し返しちゃ…いけない)」


 少し明るくなったアリステアを微笑みながら眺めるラルフィエル。


 「じゃあ、報告書を総務に出してくるわ~。後、よろしくな」

 「はーい、行ってらっしゃい。帰りにコーヒーお願いね」

 「俺はパシリじゃねーぞ、自分で買え自分で。…あ」


 オフィスを出て行こうとするラルフィエルが煙草を吸おうとポケットをまさぐり出した。


 「アリステア~。俺の机の上の煙草、取ってくれ」

 「あ、はい」


 アリステアが煙草を手に取り、ラルフィエルに投げ渡そうとしたその時、ピタリと彼女の動きが止まった。


 「…【無地の箱の煙草】…。え…!?」

 「おい、どうした?」


 さっきまで封じ込めていた疑惑が沸々と煮え立つ様に湧き上がってきた。出て行こうとしたラルフィエルが様子のおかしい彼女に近付き、声を掛ける。


 「何ボケ~っとしてんだ?お前、本当に大丈夫か?」

 「アリスちゃん、今日はもう上がりなさい。遠慮しなくていいわ」

 「……先輩。この煙草って、いつも先輩が吸ってるいつもの煙草、ですよね…?」

 「ああ。それがどうした?」


 アリステアが握ったままの煙草を取ろうとラルフィエルが手を伸ばすも、反射的に彼女は身を翻した。


 「なんだよ。お前も吸いたくなったのか?仕方ねーな、買って来てやる…」

 「これと同じ物をロロナちゃんのお父さんが吸ってたんですっ!」


 アリステアの張り上げた大声で、オフィス全体が静まり返った。彼女の射抜くような鋭い眼差しに対して、ラルフィエルは作り笑いで返そうとする。


 「こんなもん、下界でも似たようなのは流通してんだろ、知らねーけどよ。偶然じゃねーのか?」

 「偶然ですって?じゃあどうして煙草嫌いのお父さんが、下界で見たこの前は吸ってたんですか!?」

 「ん~…心境の変化、だろう。そりゃ嫁さんと娘を同時に喪ったら誰だって変わ…」

 「変わりすぎです!僕、エルミナさんから全部訊いたんです!お父さんとエルミナさんご夫婦の関係は破綻してて離婚する筈だったって!お父さんは別の女性と新しい家庭を築こうとしていたから、ロロナちゃんの死をあんなに悲しむのはおかしいって事も!」

 「(小声で)アリスちゃん、落ち着いて。皆見てるわ」

 「…すみません」


 アリステアは少し呼吸を整えて改めて冷静にラルフィエルを問い質す。


 「…エルミナさんは、こうも言ってました。【主人の煙草を吸う仕草がラルフィエルさんにそっくりだった】って。これって…どういう事ですか?」

 「…それは」

 「今思い返せば、僕とエルミナさん達3人が下界に降りる前、先輩は【心配すんな。こっちの天空側でちゃんと見ててやるから】って言ってましたよね。でも、天空からコンタクトを取ってくれたのはフローラさんだけだったじゃないですか」

 「急に…別の仕事が入ってな」

 「嘘です。先輩は、僕を放っておいたりする筈ありません」

 「やけに…持ち上げてくれるじゃねーか、勘違いでも嬉しいぜ」

 「茶化さないでください!あの時、先輩は一体何をしていたんですか?あの先輩そっくりなお父さんは一体誰だったんですか!?」

 「……」

 「ラルちゃん…。アリスちゃん、実はね」


 見かねたフローラが代わりに口を差し挟むのを、ラルフィエルは制して言った。


 「…いいだろう。本当の事を教えてやるよ。ちょっと来い」


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