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第2章:第3話 悪魔を抱き締める天使

 

 近付いた2人はロロナから湯気の様な物が立ち込めている事に気付いた。いや、湯気ではない。それは冷気だった。まるでロロナの身体がドライアイスになったかの様に冷気は立ち込め、そして瞬く間に部屋一面を覆った。


 「な、なんだこれ…!」

 「なに、これは…ろ、ロロナっ!」


 ロロナの身体から吹雪にも近い強烈な冷気が2人を襲った。そして彼女の体自体が凍りついた。


 「パ…パ……」

 「ろ、ロロナちゃんっ!…うわっ!!」


 猛烈な冷気に吹き飛ばされるアリステア達。まるでロロナを中心に猛吹雪が巻き起こっている様だった。


 「ろ、ロロナちゃ…く、くそっ!!!」


 必死に抗いながらロロナに近寄ろうとするアリステア。

 すると不意に吹雪が止んだ。


 「!?え…?あ、ロロナちゃんっ」

 「ロロナっ」


 駆け寄った2人は不可思議な現象を見た。ロロナを覆う氷が音を立てて割れた後、その中から、ロロナではない異形の怪物が姿を現したのだ。


 「グル…ルル…」

 「な、何…!?こ、これは…」

 「こ、これは……まさか『悪魔化』…!?」


 悪魔化から連想し、アリステアは瞬時に研修生の頃の記憶を思い起こした。エリザベスが事故で亡くなった後、ラルフィエルが担当した卒業間近のセミナーでの事を。


 『いいかお前ら。霊魂というものは感情の影響をモロに受けやすい。そしてその影響が抑えられなくなると異質なモノへと変容、具現化してしまう。便宜上これを悪魔化と呼んでいるが、まぁ呼称はどうでもいい。肝心なのは、そういう化け物になっちまった霊魂はゴーストワーカーの制御を受け付けてくれなくなる程凶暴化するって事だ。で、その後どうするか、だが…』


 「…『神具に拠る強制昇天』…」


 『強制昇天』とは、天界からの裁きを待たずにゴーストワーカーが霊魂を強制的に消滅させる緊急時の措置の事を指す。強制昇天された霊魂は生まれ変わる権利=『転生権』を剥奪され、即座に『消える』事になる。

 アリステアは左腰に差してある神具の短剣を抜いた。エリザベスを失ったあの事故以来、抜いた事のなかった刃先をジッと見据え、そして緊張した面持ちで悪魔化したロロナを不安気に眺めた。


 「ロロナちゃん…」

 「グ…グルル…」


 突然、アリステアの左腕の腕時計型の端末が光り出しフローラの声が聴こえてきた。


 「【アリスちゃん!今、アースビジョンが異常信号を検知したわ】」

 「フローラさん!え、異常信号って、まさか…!」

 「【目の前の悪魔化した霊魂の事よ。今その事態に対処できるゴーストワーカーはあなたしかいないわ。落ち着いて、訓練通りにすれば大丈夫だから】」

 「で、でも…あれは、ロロナちゃんなんですよ…?」

 「【そうね。それで?】」

 「それでって…。ロロナちゃんはパパさんに会いたかっただけじゃないですか!それをこうも簡単に強制昇天させるだなんて…。納得できませんっ!」

 「【納得しようとしまいとやらなければいけないわ!それがゴーストワーカーの責務なのよ!いい加減にしなさい!!】」

 「いいえ!やっぱり僕には…僕には出来ませんっ!」

 「【…アリスちゃん…。そう、分かったわ】」

 「?…フローラさん?」


 アリステアはフローラが不自然に引き下がった事に違和感を覚えた。そしてまた端末の光が点滅し出した。


 「【…現時刻を以って対象の転生権を剥奪。ゴーストワーカー、レベル・ルージュの権限を行使する。『ワーカー・オーダー8163、デオステルツォ』発令】」

 「…ふ、フローラさん?デオなんとか…ってなんですか!?」


 端末は再び光り出し、一際眩く輝いた。


 「うっ!!……??……な、なんだこれは…!」


 光に目を背けたアリステアの左手にはガラスの杯が握られていた。


 「【アリスちゃん。それは『ルザリオの杯』、所謂『聖杯』よ。レベル・ルージュのゴーストワーカーの私が、レベル・ブランのあなたに使用を許可します。使い方は、分かるわね?】」

 「…強制昇天ではなくて、悪魔化から『浄化』せよ、と?で、でもその後ロロナちゃんは…?」

 「【さっき私が言った通りあの娘の転生権はたった今剥奪されたわ。遠からずロロナちゃんは『消える』事になる。…あなたが強制昇天の責務を放棄すると言うのなら、せめてあの子を鎮めてやりなさい。その為に聖杯を使って浄化するのよ!】」

 「…『天空法・第63条、浄化歴のある霊魂は転生権を剥奪するものとする』、ですか。……でも、僕はもう、あの子を…悲しませたくないんです!」

 「【!?…アリスちゃん?…何をするつもり!?アリスちゃんっ!!!】」


 アリステアは喚くフローラに構わず、おもむろに聖杯を投げ捨て神具の短剣を鞘に収めた。


 「【な…!なにしてるのっアリスちゃんっ!!アリ…】」

 「すみません、フローラさん」


 端末の電源を切り、そして悪魔化したロロナに丸腰のまま、近付いた。


 「グルル…グオォォォ!!!」

 「きゃあっ!」


 ロロナの傍にいたエルミナがあしらう様な強烈な一撃で吹き飛ばされた。


 「エルミナさんっ!…ロ、ロロナちゃん…」

 「グオ…オオオオォォォォ…!」


 誰が見ても巨大な獣の咆哮にしか聴こえなかったが、アリステアだけは違った。


 「…この子を強制昇天するだなんて出来る訳ないじゃないか…!だってこんなにも…泣いてるのに。この子は、悲しんでるお父さんの為に、泣いてるだけなのに!」

 「ンガァァァァァァ!!!!!!!グォオオオオォォォ!!!!!!」

 「う、うう…うう、ロロナ…ロロナァァァ――――――――――!!!!!」


 姿が見えている筈はないのに、暴れ回るロロナの叫びとディバスの嘆きが共鳴し、部屋に木霊する。


 「ど、どうしたらいいんだ…あ!パパさん!」

 「グルオオオオオォ!!!!」


 悪魔化しているロロナの鋭利な爪がディバスを引き裂こうしていた。

 咄嗟にアリステアは二人の間に飛び込んだ。


 「!!…あれ?」


 ロロナの一撃はアリステアのジャケットの裾を引き裂いたが、ディバスの身体をすり抜けただけだった。


 「そうか、僕達は実体化してないんだった…良かった。けど…どうしたら、本当にどうしたらいいんだ…!」


 ふと、さっきロロナが飛びつこうとした熊のぬいぐるみが目に入った。


 「…ぬいぐるみ…?…そうだ!…でも下界への干渉は基本的に認められてないし…」

 「ンガガアァァァッ!!!!」

 「うわっ!!」


 寸での所でロロナの一撃を躱す。大粒の汗がアリステアの額から滴り落ちる。


 「迷ってる暇なんかない!…確か先輩が言ってた…」


 刹那的にラルフィエルの教えを駆け足に思い出していた。


 『霊魂もゴーストワーカーも下界への干渉及び接触は認められない。実体化する訳でもない霊魂や俺達は下界に降りても基本的に見ている事しか出来ない。これが原則だ。…だが、まぁ例外もあるっちゃあ、ある』


 「『翼の力』…!」


 ゴーストワーカーである天空の天使達には、例外なくその細胞に『神の因子』という特別な遺伝子が組み込まれている。通称『翼の力』と呼ばれるそれは、天使の限界を超えた力を一時的に発揮する余り反動も大きく、普段は使う事を禁じられている。

 だが、アリステアにそんな事を気にする余裕はなかった。


 「主よ、この憐れなる御使いに僅かな力を…!」


 右手で両目を覆い、顔を強張らせる。次の瞬間、彼女の背中には白く大きな翼が生えていた。


 「ロロナちゃん…ほら、くまのぬいぐるみだよ…。さぁ、触ってごらん?」


 額と頬に大きな紋章が浮かび、異様な風貌になったアリステアが、ゆっくりとその腕に抱えた熊のぬいぐるみをロロナに差し出した。


 「グル…ル…」

 「…ロロナちゃん、パパを忘れないでいてあげよう?ロロナちゃんが好きだったぬいぐるみをこんなに大切にしてくれてるパパのことを」


 さっきとは違い、大きな翼と共にふわりと包み込む様にロロナを抱き締めるアリステア。


 「ロロナ…アリステアさん…」


 異形の怪物を丸ごと覆い尽くすように抱き締める天使。エルミナはその異様な光景に驚きつつ見入っていた。


 「グル…パ……パ…」

 「ロロナちゃん…もう、泣かないで…!」


 ロロナを包むアリステアの白い翼が一際大きく光を放った。それは数秒間続き…やがて収まった。ロロナの姿が異形の怪物から元の少女に戻っていく。


 「…?アリステアさん?」

 「よかった…元に戻ったんだね…」

 「なにがあったの…?わたし、パパが泣いてる姿を見てたら、急にすごく寒くなっちゃって…」

 「いいんだ。もう…いいんだよロロナちゃん…」


 あどけない目でこちらを見上げるロロナを、アリステアは翼を仕舞う事も忘れて、いつまでも抱き締めていた…。


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