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第2章:第2話 父の想い

 「ただいま」


 仕事から帰って来たディバス・フロイはもう誰もいない家に入ってそう言った。返事はない。

 帰る途中に立ち寄ったスーパーマーケットで購入した食材を冷蔵庫に入れ、部屋着に着替え、夕食をこしらえる。

 妻と娘を喪って1ヶ月が経つが、この一人の生活も堂に入ったものになりつつあった。


 「パパ…」

 「あなた…」


 無言の中、黙々と夕食を作るその姿を妻のエルミナと娘のロロナの霊魂はじっと見つめていた。


 「パパさん、3人分の食事を作っているんですね…」


 同行しているアリステアはテーブルに出されている皿の数で気付いた。


 「食後にケーキもあるからな」


 ディバスはそう呟いた。それが誰に対してのものだったのか…。


 「さぁ、できた。いただきま…ん?」


 おもむろに玄関のチャイムが鳴った。


 「はい?…アダムス君、それにラミンさん。どうした?こんな時間に」


 職場の部下のピーター・アダムスとサナ・ラミンだった。


 「いや~近場で皆で飲んでたんすけど、フロイ課長どうなさってるかなって思って」

 「すみません、ご自宅に押しかけちゃって…」

 「いや、別に構わないんだが…ま、とりあえず上がりなさい」

 「さすが課長!ありがとうございます、お邪魔しま~す!」

 「ぴ、ピーター君、ちょっとは遠慮しなさいよ!」

 「いいよラミンさん。さ、どうぞ?」

 「すみません…お邪魔します…」


 2人をリビングに通した後、ディバスは不意に訊ねた。


 「2人とも、腹は減ってないか?ちょっと作り過ぎちゃってな。良かったら…」

 「いいんすか?ちょうど小腹が減ったなって思ってたんすよ~」

 「もうピーター君ったら…」

 「ラミンさんも良かったら食べてくれ」

 「あ、はい。ありがとうございます…でも、これって他の人の分じゃ…あ!」


 誰の為に作られたのかを察したサナが咄嗟に自分の口を塞いだ。

 彼女のその仕草にディバスは微笑みながら言った。


 「馬鹿だよな。未だに家族の分を作ってる。食べて貰える事なんか、もうないのにな…」

 「課長…やっぱりまだ奥さんとお子さんの事を、忘れられそうにないですか…?」

 「それは無理だな…。いや、忘れようとは思ったんだよ。でも…余計に苦しくなっただけだった」

 「ですよねーモグモグ。やっぱり時間が経たないとダメっすよ。にしても美味いっすね~このハンバーグ!」

 「ピーター君!」

 「ぐえ!」


 無遠慮過ぎるピーターの脇腹をサナが小突いた。


 「そうだよな…やっぱり時間に身を任せるしかないよな…」

 「…課長?」


 自分自身に言い聞かせるようにピーターの言葉を反芻するディバス。その顔を見つめるサナは意を決したようにディバスの手を握った。


 「…ラミン、さん?」

 「…課長。お一人でそんなに苦しまないでください…。わ、私なんかじゃ何も出来ないかもしれませんけど、でもお話を聞いたり…とかは出来ますから。わ、私を…い、いえ私達を、もっと頼ってください」

 「俺もご飯を食べる位しか出来ないっすけど、いつでも呼んで下さいっ!」

 「バカっ!」

 「おげ!」


 ピーターの頭にサナのチョップが炸裂する様を見て、ディバスは吹き出した。


 「あっははは……ありがとう2人とも。お蔭でなんか、気持ちが楽になったよ」

 「…課長…。良かったです…本当に」

 「モグモグ。お代わり、いいっすか?」

 「…ピーター君、次は蹴られたい?」

 「!…課長、やっぱりいいです…」

 「ふふ、遠慮しなくていいよ。あ、食後にケーキもあるから」

 「ケーキ!いやぁサナちゃんが課長の事が心配だ心配だーってあんまり言うもんだから付いて来たんすけど、来てよかった~!」

 「え?」

 「(小声で)ちょ、ちょっとピーター君」

 「でも本当の事じゃん。課長~あんまり部下を心配させたりしちゃダメっすよ?特にサナちゃんを」

 「…そうだな。あ、いや、心配は掛けたくないが…ちゃんと頼らせてもらうよ」

 「はい!」

 「モグモグ…。すっげぇ笑顔になってやんの」

 「何か言った?」


 リビングに久しぶりに木霊する複数の笑い声。

 この3人のやり取りを固唾を呑んでアリステア達は見ていた。


 「パパ…笑ってるね」

 「ええ…笑ってるわね」

 「ロロナちゃん、パパの姿を見て…ここに来て、よかった?」

 「うん。あ~!わたしの好きだったくまのぬいぐるみ、置いてある!」

 「ぬいぐるみ…?あの人が…」


 ロロナは自分よりも大きな背丈の熊のぬいぐるみに抱き付こうとした、が。 


 「!?え!?な、なに、これ!?」


 ロロナの手はぬいぐるみを空振りするだけだった。


 「…ロロナちゃん、霊魂はね。もう触れないんだ。ぬいぐるみにもパパにも」

 「……そ、そんなぁ~うえ~ん…ひぐ…ひぐ…」


 アリステアはその代わりとばかりにロロナを抱き締めた。


 「ロロナちゃん…パパの事、忘れないでいてあげよう?パパはロロナちゃん達の事を今も愛しているんだ。それだけは忘れないでいてあげよう、ね?」

 「ぐすっ…い、今もパパは、ろ、ロロナのこと、好きだ、よね…?」

 「あぁ。もちろんだよ」

 「…アリステアさん…あの、実は…」

 「エルミナさん?」


 エルミナがロロナを諭すアリステアに何かを言おうとしたが、ロロナが身じろぎながら言った。


 「うんっ…ロロナ、も、もう、泣かないから、えへへ」 

 「えらいねロロナちゃん」


 健気に微笑むロロナにアリステアはもう一度、今度は軽く抱き締めた。

 そして小一時間程が経った。


 「じゃあ、課長。ご馳走様でした」

 「ゴチでした!また呼んで下さいね!!」

 「ああ。2人とも気を付けてな。お休み」


 ピーターとサナを玄関で見送った後、ディバスは食事の後片付けを済ませ、ソファに腰掛け、煙草をくゆらせる。


 「あの人…煙草なんて、いつの間に吸い始めたのかしら…?」

 「パパ、タバコって嫌いだったよね」

 「心境の変化…かしら?」


 怪訝な目を向けられているディバス。彼はそんな事には気付き様もなく、さっきのサナの言葉を思い返していた。


 「【一人でそんなに苦しまないで】か…。…本当に何もかも頼れたら…どれだけ楽だろう…」


 ディバスはテレビの台座の隣に飾っているロロナの写真を手に取って、ボソボソと語り出した。


 「ロロナ。パパな、お前ともっと遊んでやりたかったんだ。夏は海に連れて行ってやりたかったし、秋は山登りもしたかった。スキーでお前にお父さんの格好いい所を見せてやりたかった。春は、お日様の下でピクニックもしたかった。…いっぱい、いっぱいしたい事があったんだ…」


 ロロナの写真にポタリポタリと雫が垂れる。


 「パパ…」


 ロロナは愛しい父親の傍に寄り添い、じっとその顔を眺めていた。


 「守ると誓った筈なのに…それなのに俺は…。父親失格だ…う、うう…」

 「パパ…」


 触れない事は分かった上で、悲しむ父親の頭を撫でる娘。その光景にアリステアは涙を禁じ得なかった。

 そしてふとエルミナに視線を移すと、意外にも彼女はとても冷めた目をしていた。


 「??…え、エルミナ、さん…?どうかされました?」

 「…え?」

 「あ、いや、何かとても…その何て言うか…。い、いえ。やっぱり、何でもないですアハハ…」


 繕い笑いにエルミナは首を傾げるが、目線を逸らしたアリステアは再びロロナの方を見た。

 ロロナの様子がおかしい。


 「ろ、ロロナちゃん?」

 「ロロナ?どうしたの?」

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