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第2章:第1話 エルミナとロロナ

ゴーストワーカー ~天空のアリス~ https://ncode.syosetu.com/n8997gw/

の続きです。


【1】

 

 「やっぱり、管理課を選んだのって、失敗だったかも…」

 

 慌ただしい第三管理課のオフィスで首を回しながらアリステアはいつもの愚痴をこぼした。

 彼女がゴーストワーカーとして配属されて2週間が経つ。期間はまだ短いながらも連日、嫌気が差す程色々な業務が舞い込んできている。

 初日から、天空のラウンジでの暮らしに飽きたから早く審判を下せだの、自分が死んだ事すら分かっていないボケた爺さんが犬の散歩の時間じゃ!とか言い出したり、馴染みの風俗嬢ともう一回だけイチャイチャしたいからちょっとだけ蘇らせてくれねーか、等々。


 「霊魂って、なんであんなに自分の事しか考えてない訳!?…はぁ~エゼェ…」


 自分の机に飾ってあるプリザーブドフラワー加工を施された一輪の花を撫でて泣き付く。


 「デカいため息は幸福が逃げるぞアリステア。どうだ、少しはこの現場に慣れたか?」


 第三管理課の副主任であるラルフィエルが猛烈な煙草の煙を浴びせてきた。


 「ゲホッゲホッ…そ、そうですね…せ、先輩の煙以外には何とか慣れました」

 「そいつは何より。配属された直後に比べりゃ、ちょっとはいい面構えになったみてーだな」


  無遠慮に顔を掴み一瞥する煙草臭い上司。毎日のこのおちょくりというハラスメントもストレスの原因になりつつある。

 それでなくとも彼女の配属された管理課による霊魂の管理が想像以上の相当な激務だと思い知らされ、日々ボロボロに疲れ果ててる毎日だ。

 相談、申請、苦情等、天空のラウンジに滞在する霊魂の窓口になっている管理課は最も彼らに近い立ち位置にあるのだからある程度のキツさは覚悟していた。していたのだが…。

 膨大な事務処理を筆頭に、管理課の仕事量の多さに日々根負けしそうになる。


 「そういやアリステア。総務課にアースビジョンの申請をしてたみたいだったが、何に使うんだ?」

 「あ、それは…とあるケースファイルの事故で亡くなった母子の件です。お子さんがお父さんに会いたいそうで…」

 「は?…もしかして、それで下界に降りる為のアースビジョンをわざわざ使う、と?」

 「はい…」

 「アホかお前。アースビジョンってのはゴーストワーカーが使用する転生装置だぞ、霊魂のそんな個人的な理由で使用許可が下りると思ってんのか!」

 「すみません…」


 叱責で萎縮したアリステアに今度はラルフィエルが呆れたように溜息を漏らした。


 「あのなぁ…お前が生真面目なのは分かったから、もう少し賢くなれよ。霊魂に同情し過ぎるのは自分がしんどくなるだけだぞ」

 「はい…分かってはいるんですけど…」

 「…はぁ~…まぁいい。アースビジョンの使用許可は俺が掛け合ってやるよ。お前はその母子にもう一度、本当に今の父親の姿を見たいのか確認してこい。ちょうど『ドゥラージュ・エリア』の定期パトロールの時間だしな、今日の当番はお前だろ」


 指摘され時計を見ると、パトロールの定刻はとっくに過ぎていた。


 「あ!す、すみません!行ってきます!」

 「あんまり気負い過ぎんじゃねーぞ!もっと気楽にやれ、気楽に!」

 「はい!あ、先輩もデカいため息は幸福が逃げるんで止めた方がいいですよ!」

 「余計な事言ってねーで、早く行って来い!…ったく」




【2】

 

 生きとし生ける如何なる者にも当て嵌まる不文律。

 ここ天空でのそれは、己の肉体が滅び魂だけの存在になった霊魂が、その一生に対しての天界からの裁きを受けるまでの間、天空に留まる事が義務付けられている事を指す。

 その霊魂のひと時の安息の為に設けられた天空のラウンジ、ここは大きく7つのエリアに分かれている。

 アリステアは今、2つ目のラウンジ『ドゥラージュ・エリア』の定期パトロールに来ていた。

 ここは比較的【おとなしい】と判断された、天空に着いて間もない霊魂を収容している。

 エリア内にある公園は、鮮やかに色づく花々や生い茂る木々、小さな池も無数に点在しており、霊魂達の散歩コースとして穏やかな空間を演出していた。

 

 「こんにちは、エルミナさん」

 「あ、アリステアさん。こんにちは」


 池の畔のベンチに腰掛けていた件の人物、エルミナ・フロイは微笑みながらアリステアに挨拶を返す。


 「あれ?ロロナちゃんは…?」

 「あ、ロロナは…」

 「こんにちはアリステアさんっ」

 「こんにちはロロナちゃん、今日も元気いっぱいだね」

 「うん、お姉さんに遊んでもらったからー」

 「お姉さん?」

 「あれ…?アリステアさん?」


 振り向くとそこには、ファラ・ルーが穏やかに微笑んでいた。


 「ファラさん、お久しぶりです。ドゥラージュの生活は慣れましたか?」

 「おかげ様で快適だわ。本当にここって自然が豊かなのね」

 「ええ。僕も仕事に疲れた時なんかに森林浴をしたりするんです。今度、案内しましょうか?」

 「いいわねそれ。レナ棟のアフティマージュの紅茶をテイクアウトしてそういった所でお茶会、とかしてみたいわ。ね、ロロナちゃん?」

 「おちゃかい?」

 「森の中でママ達みんなでパーティーをするのよ。美味しいケーキもいっぱい用意しましょ」

 「うん、ケーキケーキ~!」

 

 ファラに抱かれながら無邪気にはしゃぐロロナ。娘が彼女に懐いている様をエルミナはにこやかに眺めていた。

 

 「ロロナちゃん、ファラさんが大好きなんですね」

 「ええ。ファラさんには本当に良くして貰ってるんです。天空に来て寂しそうにしてたロロナを見掛けて声を掛けてくれたのがきっかけでした」

 「ファラさんから…?」

 「訊けばファラさんって、ゴーストリフジーズなんですってね。特別な霊魂って訊いていたから何か近寄りがたいイメージがあったけど、全然そんなことなくて」

 「ええ。良い人です」

 「私たちは裁きの日はあらかじめ通達されてるけど、ファラさんは未定だとか?」

 「はい。現世での事とかをしっかり調べる必要があったりして時間が掛かっているんです」

 「現世での事…」


 エルミナの表情が少し澱んだ事にアリステアが遅れて気付き慌てて話題を変えた。


 「あ…エルミナさん、以前、仰っていた下界のご主人の様子を見に行く件なんですが」

 「やっぱり、無理ですよね…。寧ろ、会わない方が、却ってあの子も傷つかなくて済みますし、それでいいんです…それで良かったんですよ…」

 

 アリステアに語る訳でもなく自分自身に言い聞かせるようにエルミナは堅く頷いた。彼女の神妙な表情に怪訝な目を向けつつも、話を続けた。


 「その…実はなんとか出来そうです」

 「え、本当ですか?そ、そうなんですね…。よ、よかった、あの子も喜ぶわ」


 明らかな作り笑いだった。まるで本当は喜んでいないような…。エルミナの含みを持たせた表情はアリステアを戸惑わせた。


 「エルミナさん、大丈夫ですか?」

 「え?あ、なんでもないんです。まさか会えるとは思ってなかったから、ちょ、ちょっとビックリしただけなんです。ロロナ―、こっちにいらっしゃい」

 「なになにー?」


 駆け寄ってくるロロナ。アリステアはファラの方を一瞥してバツが悪そうに視線を投げ掛ける。

 

 「そうだったわ、エステの予約してたのよ。ロロナちゃん、また遊ぼうね」

 「うん、またねー」

 「ファラさん、娘と遊んでいただいてありがとうございました」

 「いえいえ。じゃあね」


 去っていくファラの姿が見えなくなってから、アリステアはロロナの髪を撫でながら続きを話した。


 「ロロナちゃん、パパに会いに行けそうだよ」

 「え!?ホントに?」

 「うん。パパが元気にしてるか、どうしてるか、気になるよね?」

 「うん!気になる気になる~!ね、いつ行くの?今日?」

 「あーそれは…」

 「今からだよ~今から行っちゃうんだよ~」

 「せ、先輩!?あ、それにフローラさんも」


 いつの間にかラルフィエルが来ていた。横に第三管理課主任のフローラ・フローレスを伴って。


 「エルミナさん、お元気?」

 「あ、はい。ありがとうございます」

 「あーフローラおねえちゃんだー」

 「ローロナちゃんっ!んー相変わらずカワイイわね~」


 抱き上げて頬ずりをするフローラ。はしゃぐ二人を尻目にラルフィエルが話を続ける。


 「さっきな、アースビジョンの使用許可が下りた。エルミナさん、アンタの旦那に会いに行けるようになったぜ」

 「ほ、本当ですか…」

 「パパに会えるのっ?」

 「あぁ会えるんだぜぇ嬉しいだろ~?」

 「うん!」

 「でもな、ロロナちゃん。パパにはこっちは見えねーんだ、ごめんな」

 「え…。じゃあ、お話とか出来ないってこと?」

 「ああ。でもパパが元気にしてるか知りたいだろ?」

 「うんっ」

 「よーし、じゃあ善は急げだ。今から行こう!」

 「え、い、今からですか?ってフローラさん?」

 「ごめんね、アリステアちゃん。私達、別の仕事も抱えてるからあんまり時間がないのよ。さ、これを身体に付けて」

 

 余りの早さに面食らうアリステアだったが、お構いなしにフローラから小型の端末から伸びた小さな吸盤のような物を渡された。それはうっすらと光を放っている。


 「さ、エルミナさんもロロナちゃんも」

 「は、はい」

 「これでいーい?」

 「うん、いいわよ~。あら、おでこに付けちゃったの?ふふ、カワイイわね~お姫様みたい」

 「おっひっめっさま♪おっひっめさま♪」

 「遠足に行くんじゃねーんだぞ…。あ、アリステア。俺たちは行かねーから。頑張れよ」

 「え!?ぼ、僕一人、ですか…!?」

 「何ビビってんだよ。いずれはお前も一人でやらなくちゃいけねーんだから」

 「は、はい…」

 「心配すんな。こっちの天空側でちゃんと見ててやるから」

 「わ、分かりました」

 「準備出来たわよ、ラルちゃん」

 「よし、じゃあ3人とも目を閉じてくれ」


 無意識のうちに手を繋ぐエルミナとロロナ。アリステアはギュッと唇を噛み締めた。やがて3人は眩い光に包まれ、姿を消した…。

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