容疑者エレノア? 1
自室から出て、リビングへ向かうと数人の黒い騎士服の男達がエレノアを待っていた。
出されたお茶には誰も手に付けず睨みつけるように見られてエレノアは恐怖で一歩下がる。
よく見ると、ジェミー副隊長が騎士の中に交じっているのが見えた。
相変わらず顔に特徴が無いので一瞬誰だか思い出せないが、彼は目が合うと微笑んだ。
エレノアに手を振りながら緊迫感の無い声を出す。
「どうもー。エレノアちゃん。悪いけれど城までご同行願うね」
「ご同行?!」
エレノアとヘレンの声が重なる。
犯罪者に言い渡すような言葉にエレノアとヘレンは顔を見合わせた。
気付けばエレノアを囲むように騎士が立っている。
ニコニコと微笑んでいるが、逃がさないぞと言うような気迫を感じてエレノアは不安で両手を握りしめた。
不安な表情を浮かべているエレノアにジェミーはニコニコとしているが目は笑っていない。
「そう、城で話を聞こうか。重要参考人としてね」
「重要参考人?私が一体何をしたと……」
不穏な空気にエレノアがすがるように言うと、ジェミーは後ろに立っていた騎士を制止した。
「逃げることは無いと思うから手錠はいいよ。まだ犯人と決まったわけじゃないからね」
「手錠?犯人?」
恐ろしい言葉にエレノアは後ろに居る騎士を振り返った。
騎士は不服そうに手に持っていた手錠をポケットにしまう。
「逮捕されるという事なの?私が?どうして?」
手錠を手にかけられるとこだったと顔を青くするエレノアにジェミーは肩をすくめた。
「さぁて、自分の胸に手を当ててよく考えてみるんだな。昨日、ハインリッヒ王子と会っただろう」
「会ったと言うか、一瞬だけよ」
「そうか、残念だなぁ。さ、後は詳しい話を城で聞こうか。容疑者確保~。只今より連行開始」
時計を見ながらジェミーは言うとエレノアの手を掴んで歩き出した。
容疑者確保という言葉にエレノアは震えあがり、ヘレンは眩暈の為にフラフラと倒れそうになり騎士に支えられている。
「お母さん、大丈夫?」
青い顔をしてソファーにもたれかかっているヘレンにエレノアは声をかけた。
できれば傍に行って様子を見てあげたいが、エレノアの手はジェミーに拘束されているために自由には動けない。
母のもとに駆け寄ろうとしたエレノアをジェミーは優しく止めた。
「抵抗すると、罪がどんどん加算されるからおとなしくしていてね」
「私が何かしたって言うんですか?王子の名誉を傷つけたとか?」
パニックになりながらエレノアが言うと、ジェミーはまた肩をすくめる。
「そんな生易しいものではないよ。これ以上は言えないな」
エレノアが逃げ出さないように周りを囲みながら騎士達は歩き出した。
もったい付けるように言うが、ジェミーはどこか面白そうだ。
「エレノア?貴女何をしたの?王子と会ったの?どういう事?」
今にも泣きだしそうなヘレンにエレノアは首を振った。
「会ったと言っても一瞬よ。私も何が何だか分からないわ」
容赦なくジェミーに歩かされながらエレノアは首を振る。
「まるで、犯罪者じゃないの」
とうとう泣き出したヘレンにエレノアもできれば泣きたいと思ったが恐怖と驚きが勝り涙は出なかった。
「詳しい話は落ち着いたらお話しますよ。エレノア嬢を連行しますね」
「エレノア~」
悲鳴にも似た母親の声を聞きながらエレノアは城へと連行された。
エレノアが乗る馬車はジェミーも同乗しており、詳細は語ってくれないがなぜか彼は薄く笑っている。
「一応、可哀想だから今のところプライバシーは守ってあげるよ。まだ容疑者だしね」
ジェミーはそう言うと、エレノアの頭にスカーフを掛ける。
「なんですか?」
「連行されるところを見られたくないだろう?顔を隠すといい」
連行と言う言葉を連呼され、エレノアはますます不安になる。
手錠こそされていないものの、鉄格子の付いた馬車に乗せられたエレノアは完璧な犯罪者だ。
自分が何をしたのかさっぱり分からないまま、容疑者として連行されている現状にエレノアは不安で胃が痛くなった。
鉄格子が付いている馬車のドアが開き、同乗していたジェミーが顔を隠せと視線をよこす。
仕方なくスカーフを頭に巻いて顎の下で結んだ。
俯けば誰だかは分からないだろう。
「さ、取り調べ室へ連行するよ」
「私は一体何の容疑で連行されるの?」
両手を掴まれて馬車を降ろされたエレノアが尋ねるがジェミーはニコニコ笑ったまま答えようとしない。
エレノアが逃げ出さないように騎士達が道を塞いでいるのを見てよっぽどの容疑が疑われているのだと絶望的な気分になる。
隠れながら城の裏口から中へと入り、薄暗い取調室へと入れられた。
机と、椅子しかない取調室の窓には鉄格子が嵌っているのが見えてエレノアはまた絶望的な気分になる。
ここまでくれば冗談でしたという状況でもなさそうだ。
冷たい椅子に座らされたエレノアの前にジェミーが座った。
ドアの前には監視するかのように二人の騎士が立っている。
「さて、さっそく取り調べを始めよう。これからエレノアちゃんが言う事はすべて記録される。嘘を言う事もダメだからね」
ジェミーはコツコツと机を指で叩きながら書類を捲った。
ジェミーのいい方は優しいが、言い逃れはできないオーラを醸し出している。
エレノアは震えながら頷いた。
「はい。嘘なんて言いません」
「では早速尋問を開始しよう。昨日は何をしていた?王子と会うためにホテルに行っただろう?」
「……はい。会いました。でも一瞬、顔だけ見て逃げてきました」
エレノアが正直に言うが、ジェミーは疑いの目で見つめてくる。
「本当に一瞬か?部屋の中に入っただろう。これに見覚えは?」
ジェミーはファイルされている中から一枚のタロットカードを机の上に出した。
使い古されたタロットカードの絵柄は塔に雷が当たり人が落ちていく絵が描かれている。
エレノアは自分が占った結果ではないが、見せられた絵柄を見てもっと絶望的になった。
(よりもよって見せられたカードが“塔”なんて。避けられないトラブルまさにこのことね)
半ばタロットが示している運命を暗示させられるような気がしてエレノアは唇を噛んだ。
エレノアの動揺した様子を見てジェミーは息を吐く。
「残念だよ。エレノアちゃん。ハインリッヒ王子と二人の女性をやっただろう?」
“やった”言う言葉にエレノアは顔を赤くして立ち上がった。
ベッドの上に寝ていた裸の女とタオル一枚姿のハインリッヒ王子を思い出して首を横に振る。
「王子とやったなんて。私はそんな女ではないわ!それに二人の女性も?ありえない」
「証拠は揃っているんだよ」
ジェミーは静かに言うと机の上にエレノアの使い込まれたタロットカードと空になった香水の瓶を置いた。
「この香水は危険な匂いがしていた。これでやったな?」
エレノアは首を振る。
「確かに男をメロメロにする魅惑の香水ですけれど。そんな効果は無かったわ。現にこの匂いを嗅いだジェミー様も夜会に居た人たちも私に声をかけなかったじゃない」
「夜会で会った時の香水と成分を変えている可能性があるだろう?今、君の部屋を家宅捜索している。もし、証拠が揃ったら王子と二人の女性をやった罪で下手したら処刑だぞ」
「処刑?どうして私が。香水にはアグネス先生の本のレシピ通りに作って手を加えてないわ。それより、どうして処刑なの?私はやっていないわ。怖気づいて帰って来たのよ」
立ち上がったままのエレノアを見上げながらジェミーは首を振った。
「僕の推理では、王子に誘われたエレノアちゃんはホテルに向かった。自分だけだと思っていたが部屋に入ったら2人の女性の姿。カッとした君は怒った。“私だけじゃなかったの?酷いわ”嫉妬した君は香水の瓶をばらまいた。その時にタロットカードが床に散らばったが回収している暇はない。なぜなら、香水の匂いを嗅いだら死んでしまうからだ」
「死ぬ?あの香水のそんな効果は無いし、王子ともやっていないわよ。私は純潔よ!結婚までそんなことしないわよ!失礼だわ」
「昨日は王子と事はしなくても、嫉妬はしただろう?」
「嫉妬?そんなことは無いわよ。王子の姿にガッカリはしたけれど」
エレノアはまたタオル一枚の姿の王子を思い出して唇を尖らせる。
あの王子にときめいた心を返してほしいぐらいだ。
ジェミーとエレノアは向かい合わせになったまま黙って見つめ合った。
そこへドアの前で警護していた騎士がゆっくりと手を上げる。
「あのぉー。先ほどから聞いていて思ったのですが、二人とも話がかみ合っていませんよね?」
「え?」
エレノアとジェミーはお互い首を傾げた。