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最悪の日 2

息を切らしながら階段を駆け下りて、転げるようにホテルから飛び出したエレノアは通りまで出ると息を整えようと立ち止まった。


「こ、怖かった」


襲われてしまう恐怖から解放されてほっとすると同時に自分が情けなくて涙が出てくる。

もしかしたら王子様と甘い恋愛ができるかもしれないと夢見ていた数分前の自分が馬鹿みたいだ。

数分前まで想像していたのは楽しくお茶をして、王子様と一緒に過ごす時間を夢見ていたが、実際は裸にタオルを巻いた王子様が部屋から出てきたのだ。


それもベッドの上には裸の二人の女性。


(最悪だったわ)


ボロボロと泣いていると、空からも雨が降り出してきた。

寒さと、自分の考えの甘さに情けなくなり声を上げて泣き出したエレノアの背中を誰かが撫でた。


「ひいぃぃぃ」


まさか、ハインリッヒが追いかけてきたかと泣きながら振り返ると少し怒っている顔をしたアドルフが立っていた。


黒い騎士服を着たままのアドルフは夜勤明けなのだろう。


少し疲れた表情をしているが、険しい顔をしてエレノアを睨みつけた。


「なにされた?王子の部屋に行ったんだろ?」


「何もしてないわ。怖くて逃げてきたの」


しゃくり上げながら言うエレノアをアドルフは厳しい目で睨みつける。

睨みつけられながらエレノアはあふれ出る涙をハンカチで拭った。


「だから言っただろう。あの王子はどうしようも無い男だって」


「だって、どうしようもないって……あんなことだとは思わなかったわ」


「あんなって?」


アドルフに促されて、エレノアは口ごもった。


「……裸の女性が二人ベッドで寝ていたの。それに……王子はほぼ裸でタオルを腰に巻いたままで最悪だったわ」


泣きながらも頬を膨らませるエレノアにアドルフは呆れたように息を吐いた。


「のこのこ行くからだ」


アドルフの言う通りだ。言い返す言葉もないと押し黙った。

俯いたままのエレノアの濡れた髪の毛をアドルフは乱暴に撫でる。


「まぁ、何もなくてよかったよ」


「……アドルフは偶然ここに居たの?」


涙を拭きながら言うエレノアにアドルフは首を振った。


「バカなエレノアがここに来ると思って様子を見に来たんだ。少し遅かったけれどな」


自分を止めるためにわざわざ来てくれたのかとエレノアはアドルフを見上げた。

雨に濡れた黒い髪の毛が頬に張り付いているアドルフはハインリッヒ王子より美しく見えてエレノアは目をしばたたかせる。


「ありがとう。来てくれて。一人で帰るのはちょっと怖かったから」


ハインリッヒが連れ戻しに来るのではないかと恐怖しているエレノアにアドルフは軽く笑った。


「遊べない女に固執するような人ではないよ。こっちから関わらなければ大丈夫だ」


「そう、よかったわ」


ホッとしているエレノアの背中をアドルフは押しながら歩き出した。


「雨が酷くなってきた。家に帰ろう」


「あのね、親には言わないでほしいの。家には、買いたいものがあるって言って出てきたから」


勝手なエレノアのお願いに、アドルフは肩をすくめた。


「馬鹿なエレノアが王子に誘われてホテルに来て襲われそうになりましたなんて言えると思うか?俺達は偶然町で会ったことにしよう」


「ありがとう、それとね……アドルフに貰ったタロットカード。ホテルにバラまいてきちゃった。ごめんなさい」


元気をなくしてしまったエレノアの背中をアドルフは叩いた。


「気にするな。新しいのを今度買ってやるよ」


「ありがとう」


アドルフの優しさが身に染みてエレノアは少しだけ微笑んでお礼を言った。

冷たい雨が二人を濡らしていく。

体は冷たくなり寒かったが、不思議とエレノアの心は少しだけ暖かった。




エレノアの家に着くとアドルフは濡れているからとすぐに帰ってしまった。


ずぶ濡れになった姿に驚いたヘレンは慌てて風呂の用意をしてくれ、風呂場に放り込まれた。

エレノアは湯船につかりながらホッと息を吐く。


冷たかった指先が暖かくなり、こわばっていた体がほぐれ気分も少し落ち着いてきた。


風呂場に置いてあるアロマオイルを数滴湯船に垂らす。


気分を落ち着ける効果のあるラベンダーを中心とした数種類をブレンドした特製の物だ。

蒸気と共に上がってくるアロマの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


悲しかった気分が少しだけ落ち着いてくる。


「最悪の一日だった。やっぱり、タロットカードの忠告は聞いておくべきだったわ」


思い起こせば、昨日ソードの3が出た時に行くのをやめておけばよかったのだ。

心臓の絵に剣が三本刺さっている絵柄を見た瞬間に嫌な予感はしていた。

それでもほんの少し、美しい王子様と恋愛ができるのではないかと期待してしまった自分に後悔をする。


「タオルを腰に巻いたままの姿で出てくるって最悪よ。あんな人を何で素敵だって思ったのかしら」


ほぼ裸のハインリッヒ王子を思い出してエレノアは首を振った。


「王子と言う肩書と、あの夜の雰囲気がいけなかったわね。私が馬鹿だったわ」


小さく呟いて湯船に顔を突っ込んだ。

何もかも忘れてしまいたい、恥ずかしい出来事を洗い流したい。


(すべて無かった事になればいいのに)


エレノアの思いもむなしく現実が無かったことになるはずも無い。

ホテルにバラまいてきたタロットカードも時間をかけて作った魅惑の香水も失ったことを思うと辛いことだらけだ。


できれば王子にときめいた思いも返してほしい。


「勉強代にしては高いわ」


また泣き出したい気持ちになってエレノアは湯船のお湯を救って顔にかけた。

両手で頬を叩いて気合を入れる。


「よし、気持ちを切り替えてがんばるぞ!」


もう泣かないと決めてエレノアは気持ちを切り替えて湯船から勢いよく立ち上がった。



体は温まっても精神的に疲れたエレノアは早々と就寝についた。

風邪でも引いたのではないかと心配している母親にただ疲れただけだと言ってベッドに横になる。

一瞬で終わった失恋ともいえる出来事に、エレノアはまたベッドの中で少し泣いた。


絶対に眠ることなどできないと思っていたが、知らぬ間に眠っていたらしく早朝に自室のドアを激しく叩く音で目が覚めた。


ドアが壊れるほどの勢いで叩かれて、ベッドから飛び起きる。


「何?」


「大変よ。城の騎士の方が沢山いらして、エレノアに話を聞きたいって……」


ドアの向こう側で母ヘレンがかなり焦っている声が聞こえた。


「城の騎士ですって?」


一体何をしたのだろうかと考えて、ハインリッヒ王子の事かと思い当たり手が震えた。


(何か私、粗相をしたかしら。でも昨日は怒っていなかったわよね)


「早く着替えて出てきなさい」


命令ともいえる母親の声に、エレノアは急いで着替えた。



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