パトリシア姫とエレノア
薔薇の匂いがする白を基調とした部屋でエレノアは落ち着かずに視線をさまよわせる。
前に座っているパトリシア姫が挙動不審なエレノアの様子がおかしくてクスリと笑った。
「私の事を気にしているのかしら?オーランドの事で少し落ち込んだけれどもう大丈夫よ。なんでも聞いてちょうだい」
事件から数か月後、パトリシア姫にお茶会に呼ばれていた。
オーランドが逮捕され、大騒ぎだったがだいぶ世間も落ち着いたころに姫様に呼ばれたのだ。
パトリシア姫はショックで寝込んだと言う話を聞いていたがエレノアの前に座っている姿は以前と変わらず輝いていて誰よりも美しい。
何でも聞いてとパトリシア姫は言うが、何を話したらいいかエレノアは困ってしまう。
「お元気そうで良かったです」
エレノアが言うと、パトリシア姫は少し微笑んで優雅に紅茶を飲んだ。
「エレノアも元気そうね。他言はしないと誓ったうえで詳しく話を聞いたわ。オーランドに攫われて殴られたそうね。もう少しで殺されるところだったって、大変だったわね」
「はい、もしかしてハインリッヒ王子の事も聞きました?」
あの忌まわしいホテルに訪問したことも知っているのかと聞いてみると、パトリシア姫は笑いを堪えるように頷いた。
「なにもされなくて良かったわね」
「お恥ずかしい。あの王子が美しすぎて夢を見てしまいました」
正直にエレノアが言うとパトリシア姫は頷いた。
「美しすぎる人だったからわかる気がするわ。彼は国に帰ったけれどまだ意識が戻らないようよ。不慮の事故ってことになっているらしいけれど自業自得ね」
「私の事は全く世間に知られないでそれは良かったです。王子を訪ねて行ったとか世間に知られたらなんて噂されるか」
エレノアがオーランドに連れ去られたことは事件として新聞に載ったが、王子とのかかわりは伏せられた。もちろんエレノアの名前は伏せられたが、一部の貴族の間ではすでにエレノアであることは噂話には上がっている。
「王子が事件に関係していたことは徹底的に伏せられから良かったわね。オーランドが薬を密輸していたことは世間に明るみになったけれど、そのおかげで私が一気に悲劇のヒロインのような扱いになったわ」
ケーキを食べながらパトリシア姫は可愛く眉を顰める。
「婚約者でしたし、私もパトリシア姫が心配でしたよ」
エレノアもケーキを切り分けて言うと、パトリシア姫はニッコリと笑った。
「ありがとう、心配してくれて。でもね、不審には思っていたのよ。お金のことをやたら聞いてくる、よそよそしい態度やイライラしている時も多かったわ。そんな人と結婚して大丈夫かしらってね。今思うと、そう思ったときにはオーランドから心が離れていたのよ。結婚した後ではなくて良かったわ」
「“ペンタクルの4”のカードが私も気になっていました。通称守銭奴カードって私は呼んでいるんですけれど、お金に執着があるのかなって」
エレノアが言うと、パトリシア姫は頷く。
「私も、あのカードは気になったわ。だからオーランドについ言ってしまったのよ。私がオーランドに言ったらエレノアが酷い目にあったの。本当にごめんなさい」
小さく頭を下げるパトリシア姫にエレノアは慌てて首を振った。
「そんな。オーランド様が勝手に私を恨んでいただけですから」
「それも薬の影響らしいわよ。被害妄想が酷くなるらしいわ」
「怖い薬ですね」
「薬に手を出す前から、お金には執着があったようだからオーランドも最低の男だったってことね。私も見る目が無かったわ」
そうです根とも言えずエレノアは曖昧にうなずいて紅茶を飲んだ。
(騎士の隊長だったら誰だって疑わないわよね)
爽やかだった頃のオーランドをエレノアは思いだす。
「オーランドは結局薬を飲みすぎたせいで閉鎖病棟に入院しているのよ。だんだん自分が誰かもわからなくなってしまったらしいわ。同情はしないけれど、あの薬はかなり良くないわね」
パトリシア姫の言葉にエレノアはゾッとしながら頷いた。
「恐ろしいですね。オーランド様はどれぐらい薬を売りさばいていたのですかね」
世の中に回っていたら大変だ。
心配するエレノアにパトリシア姫は軽く小首を傾げた。
「さぁ。捜査が難航しているとは聞いたわ。オーランドの周辺でも数人逮捕者が出たみたいだけれど真相はわからないらしいわね。根深いみたい」
興味無さそうに言うと、パトリシア姫は小さなカバンを取り出した。
「今日は、エレノアに謝りたかったのもあるのだけれど、これを自慢したかったのよ」
そう言うと、鞄の中からタロットカードを取り出した。
箱に入ったタロットカードを見てエレノアは声を上げる。
「それ!金の箔押しのプレミアのタロットカード!ジェミー様も持っていました」
「ジェミーにお勧めされたのよ。買っちゃった」
買っちゃったとジェミーと同じように言って自慢するようにカードを見せてくる。
キラキラした美しい絵柄にエレノアは唇を尖らせた。
「私もそれが欲しかったのですが、高くて手に入らないうちに売り切れてしまったのです」
「コネを使って手に入れたのよ。私も自分の事は自分で占おうと思って」
自分で占うのはいいことだが、ジェミーもパトリシア姫も手に入らない高いタロットカードを見せびらかすのはいい気持ではない。
「エレノアも買えばいいじゃない。ハインリッヒ王子側から慰謝料を頂いたと聞いたわよ」
「あのお金で占の道具を買うのは嫌だなと思いまして」
エレノアが言うとパトリシア姫は美しく微笑んだ。
「そうね。分かる気がするわ。私おオーランドの家から慰謝料を頂いたけれどすべて寄付したの。なんだか負けた気がするから」
さっぱりと言ったパトリシア姫はもうすっかり立ち直ったのだとエレノアは感じた。
強い心を持った姫様ならきっといい人が見付かるに違いない。
「パトリシア姫様とのお茶会はどうだった?」
エレノアは心配性のアドルフに送ってもらいながら後ろに視線を向けた。
アドルフは馬の手綱を握ならチラリとエレノアを見る。
「さっぱりしていたわ。オーランド様の事を引きずっているかとおもったけれど、もう綺麗さっぱりって感じ」
エレノアが言うと、アドルフは複雑な顔をして頷いた。
上司でもったオーランドの事をアドルフは尊敬していたらしく、どちらかと言えばアドルフが一番落ち込んでいたような気がしてエレノアは思わずアドルフの手を撫でた。
「アドルフはオーランドさんが好きだったものね。まだ辛いの?」
「バカ言うなよ。尊敬していた人が薬に手を染めていたって知ったら誰だってショックだろう」
「アドルフが一番落ち込んでいるから心配したのに」
「あの人は、剣も強かったし人生の先輩って感じだったんだよ。どうしてあんなことをしたのか未だに信じられない」
アドルフはオーランドの事を思い出して、項垂れるようにエレノアの頭に顎を置いた。
「重い。姫様は今思えばおかしい言動があったっておっしゃっていたわよ。アドルフは振り返っても全く不信感がないのだから騎士としてどうなの?」
「それは、ジェミー副隊長って言うか今は隊長かにも言われた」
「あ、正式にジェミー様は隊長になったのね」
エレノアが言うとアドルフは頷く。
「特殊部隊に居ることは絶対に言うなって口留めされているけれど、二つも任務持っていて大変じゃないのかな」
「特殊部隊の人って他にも沢山いるのでしょうね。アドルフも気を付けないと、お給料減らされちゃうわよ」
冗談のつもりで言ったつもりだがアドルフは真剣な顔をして頷いている。
まさか本当に思い当たる節でもあるのかと見つめているエレノアに軽く笑った。
「確かに最近そんな予感がしている。俺はオーランド元隊長よりもかなり劣っているし、騎士としての資格がないのかもしれない」
本気で落ち込みそうなアドルフにエレノアは励ますようにアドルフの良いところを探した。
「ほら、アドルフは顔がいいから大丈夫!騎士だって小さい頃から寮に入ってがんばっていたんだし」
「顔は関係ないだろ」
嫌そうに言ってアドルフは馬の速度を速めた。
バランスを崩したエレノアがアドルフの胸へと倒れてしまう。
「危ないじゃない」
アドルフが支えてくれるので落ちることは無いと思いつつも文句を言うと、アドルフは軽く笑った。
「婚約者ってなってもあまり変わらないわね」
お互い何か変化があるかと思ったがアドルフと婚約しても生活は何も変わらない。
出かけるときはアドルフが付いてきてくれることぐらいだろうか。
流れる景色を見ながら何気なく呟いたエレノアの言葉にアドルフは肩眉を上げた。
「変わったよ」
アドルフはそう言うとそっとエレノアの頬に音を立ててキスをした。
「なっ!何をするのよ!」
驚いて振り返るエレノアにアドルフは微笑む。
「驚くことないだろ。婚約者なんだから、こうやって距離感が変わったよ」
「……そうね」
確かに婚約者なのだからこういうこともあるのだとエレノアは納得する。
だからと言って馬に乗っている時にしなくてもいいじゃないかと抗議の目でアドルフを見上げていると今度は唇にもキスをされる。
一瞬だったがエレノアは驚いて目を見開いたまま固まってしまう。
そんなエレノアが面白くてアドルフは声を上げて笑った。
お読みくださりありがとうございました。
タロットの解釈はいろいろありますのでエレノアちゃん解釈で書いております。