パトリシア姫とタロットカード 2
数日後、城の廊下でエレノアは大きく息を吸い込んだ。
今日はパトリシア姫との楽しいお茶会の日だ。
この日の為にドレスを新調し、お茶のマナーもおさらいをしてパトリシア姫とのお茶会の準備は完璧なはずである。
前回城に連行された時とは全く違う通路に通されて豪華な内装に感嘆する。
半地下の牢屋までの通路は昼間でも薄暗く硬い表情をした騎士達の姿しか見えなかったが今日は違う。
正面玄関まで馬車で来ることができ、侍女達に迎え入れてもらう。
すれ違う騎士達もキラキラと輝いているような気がしてコソコソ隠れずに堂々と歩けることが嬉しくエレノアは笑みを称えながら姫様が待つ部屋へと向かった。
ただ気になるのは、家を出る前に引いたタロットカードの結果だ。
(ワンドの9。頭に包帯を巻いた男が立っている絵なのよね。慎重に怪我をしないように気を付けよう)
浮かれすぎないように気を引き締めてエレノアは侍女に案内されながら姫様が待つ部屋へとたどり着いた。
部屋の前には心配そうな顔をしたアドルフと明らかに面白そうな顔をしたジェミーが立っていた。
「お久しぶりです、ジェミー様。アドルフもどうしたの?」
会えるとは思わずジェミーに挨拶をしてアドルフを見る。
「心配だから様子を見に来たんだ」
本気で心配しているアドルフを見てジェミーは口元に手を当てて笑いを堪えている。
「久しぶり。僕は、エレノアちゃんが元気かなと思って様子を見に来た。職務とはいえエレノアちゃんに酷いことをしたなと思ってね。トラウマになっているかなと思ったけれど案外元気だね」
「トラウマになっていますよ!ずっと疑問に思っていたのですけれど、王子は本当に亡くなったのですか?」
声をひそめて聞くエレノアにジェミーは笑ったまま微かに首を振る。
「それは言えないね。ちなみにその話はあまりしない方がいいよ。もし、エレノアちゃんが犯人でないのなら、どこかに真犯人が居ることになる」
囁くように言われてエレノアは震えあがる。
たしかに、もし王子が本当に死んでいるのなら真犯人がどこかに居ることになる。
事件がここまで世間に明るみになっていないところを見ると、かなりの極秘捜査がなされているのかもしれない。
押し黙ったエレノアにアドルフは不思議そうにジェミーを見た。
「ジェミー副隊長は俺と同じ隊なのにどうしてエレノアの事件にかかわることが出来ているのですか?」
アドルフは城の警護が主な仕事だ。
同じ隊に居ながらジェミーだけが違う仕事しているように見えてアドルフは首を傾げる。
「関わっていないよ。たまたま、僕がエレノアちゃんと面識があって捕まえる時は知っている顔が居た方が安心するだろ?深い意味はないよ。ちなみにこの事件はごく限られた人間しか知らないから無暗に言わないようにね」
「それは承知しています」
アドルフは頷いてそれ以上は追及することができずエレノアに向き直った。
「姫様にはタロットの結果が悪くても絶対に言うなよ」
「わかっているわよ」
こそこそと話していると、アドルフとジェミーがエレノアの背後に背を正して敬礼をした。
振り返るとパトリシア姫が廊下を歩いているのが見えた。
侍女と護衛騎士数人を従えて歩いてくる姿にエレノアも思わず少し頭を下げる。
「ごきげんよう。急にお呼びしてごめんなさいね」
エレノアの前まで来るとパトリシア姫は微笑んだ。
艶やかな金色の髪の毛にエメラルドグリーンの瞳のパトリシア姫が美しすぎてエレノアは思わず目を瞑る。
「とんでもございません。お会いできて光栄でございます」
マナー教室で学んだことを思い出しながら完璧な挨拶をすると、パトリシア姫は頷いて室内へと入るように促した。
「今日は女子会だから、男の方はご遠慮くださいね」
優雅に言うと侍女一人とパトリシア姫は室内へ入り、周りを囲んでいた数人の護衛騎士は入口を守るように壁を背に立つ。
「では、私も失礼して室内へと参りますわね」
圧倒されながらエレノアが畏まって言うとジェミーは声を出さすに笑って手を振ってくれたがアドルフは何か粗相をしないかとかなり心配している顔で見送ってくれた。
室内に入ると白を基調とした家具に、所々にバラが活けてあり強い匂いを発していた。
「どうぞお掛けになって」
パトリシア姫が座ったのを見てエレノアも机を挟んで椅子に座る。
フカフカの座り心地の良い椅子の座り心地を確認していると、すぐ侍女が紅茶を淹れテーブルに置くと気配を消して下がってしまった。
高級感のある紅茶の匂いとバラの花の匂いを嗅ぎながら机の上いっぱいに置かれたお菓子を眺める。
カヌレや一口サイズのケーキ、クッキーなど様々なものが置いてありどれを食べようか悩んでいるとパトリシア姫が口を開いた。
「町で会った時は二人でデートをしていたのかしら?」
パトリシアはケーキをお皿に乗せると上品に食べ始めた。
エレノアもカヌレを皿に取ってフォークで切り分ける。
「デートと言うわけではありませんが……。タロットカードを買いに行った帰りだったんです」
エレノアが言うとパトリシア姫は首を傾げた。
「あら、タロットを新しく新調したの?」
(姫様は何も知らないのかしら)
タロットカードをホテルにバラまいてきたことを言うべきか悩んでジェミーの誰にも言うなという言葉を思い出して言うのをやめた。
「はい。新しく買いなおしました」
「では、タロットカードを今日は持ってきたのね?」
身を乗り出す勢いで言うパトリシアに圧倒されつつエレノアは頷く。
「は、はい」
「今日、来てもらったのはどうしても占ってほしいことがあってお願いできるかしら」
「私は趣味でやっているタロットなので。当たらないと思いますが」
自分では当たっていると思いつつもパトリシアを占うとなれば別だ。
王族の人を占うなどできるはずもない。
一応断るが、パトリシアは引くつもりは無さそうだ。
「当たらなくてもいいわ。私、不安なのよ」
「不安ですか?」
エレノアは完璧な美しい容姿と姫という立場に居ても不安に思うことなどあるのかと不思議に思った。
「私、幸せな結婚ができるか心配なの。オーランドの事、顔が気に入ったぐらいだったのだけれど、デートを重ねるうちに優しい彼に惹かれて今は結婚するのが楽しみなのよ」
それならよろしいではないですかと言いそうになりエレノアは真剣な顔をして頷いた。
「素敵ですよね。オーランド様」
「そうでしょ?あ、初めは少しだけアドルフも良いと思ったけれど彼はちょっとひ弱な所があるから私の気の迷いだったわね」
「気が弱いところと言うか、口煩いですけれど」
エレノアが言うとパトリシアはクスリと笑う。
「そうなの?見かけによらないわね。顔がいいから結婚の打診も含めて親衛隊にお誘いしたけれど、かなり驚いてしどろもどろだったって話よ」
「しろどもどろ……」
「ぼ、僕には幼少期から結婚したい心に決めた人が居てって挙動不審に言ったって聞いてすっかり冷めてしまったわ」
(心に決めた人が居るって私の事?……よね)
何となく恥ずかしくて俯いてしまう。
姫様はケーキを食べながらエレノアにお構いなしに話しつづけた。
「それでね、オーランドは性格も大人で優しいのよ。でも、女性の扱に慣れているような気がして他に女性がいないかどうか心配なの」
「私が占ってもお遊びみたいなものなので、それでもよろしければタロットを引いてみますか?」
エレノアは自分がやるタロットはお遊びだとは決して思っていないが、姫様相手では違う。
もし悪い結果が出たり当たっていないことがあっても責めないでほしいと心で願いながら言うと、パトリシアは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。さっそくオーランドが浮気をしているかどうかってタロットに聞いて見てくれる?」
パトリシアに急かされてエレノアは慌てて鞄からタロットカードを取り出した。
机の上に置かれた新しいタロットカードを見てパトリシアは目を輝かせる。
「綺麗なカードね。じっくり見るのは初めてよ」
「王室お抱えの魔女がいるのではないのですか?」
エレノアが尊敬している魔女アグネスは王室に出入りしているのではないのかと期待して聞くがパトリシアは首を傾げた。
「魔女?」
「魔女アグネス先生です。私がよく読んでいる本を書いている方なんですよ」
「知らないわ。それより早くカードに聞いて」
魔女アグネスを知らないと言われてガッカリしながらも、タロットカードを机の上に広げてシャッフルする。
(姫様の婚約者オーランド様は浮気していますか)
タロットカードへの質問を心の中で唱えながらエレノアは一枚のカードを引き机の中央に置く。
ドキドキしながらカードを捲ると、馬に乗った騎士がカップを手にしている絵が描かれているカードだった。
「ナイトの9ですね」
(しかも、逆位置。これは、不誠実、偽りの愛とかいう意味があって先生の著書では浮気系はだいたいカップが出るって書いてあったわ!)
エレノアは瞬時に判断してなんて言っていいか悩む。
「どういう意味なのかしら?ナイトって騎士って意味でしょ?オーランドの事ね」
「そ、そうですね。逆向きに出たから今はちょっと心が決まらないって感じみたいですよ。浮気をしているかどうかは分かりませんけれど大丈夫ではないですか?」
苦し紛れにそれっぽい事を言うとパトリシアは頷いた。
「そんな気がしていたわ」
(な、何とか乗り切ったわ)
納得しているパトリシアに安心していると、次の質問を言われる。
「次は、結婚できるかどうか教えて」
「結婚は決まっているのではないですか?」
姫様の婚約者が決まって結婚できないことは無いだろうとエレノアが言うとパトリシアは首を振った。
「何があるか分からないじゃない」
(確かに、港でオーランド様を見かけたし。もしかしたら浮気現場だったのかもしれないわね。そうなると本当に結婚ができるかどうかも怪しいわ)
エレノアは仕方なくタロットカードをシャッフルし始めた。