●第三十一話 家宝
板張りの二階には、奥側に掛け軸の絵が一枚吊されていた。
「あれが家宝でしょうか?」
「いや、あれは守り神や商売繁盛のようなもので、本当に大切な家宝なら、箱にしまわれているはずだ」
「そうでしたね。あの遺言書の開示のときにも、家宝を隠したと書いてありましたし」
この蔵の二階へ上がるだけで発見できるような家宝というのは、あの巨大な金庫を保有していた祖父の性格からして考えにくい。
「家宝はそこに置かれている箱の中だろうな」
「ええ」
部屋の真ん中に長細い桐の箱が置いてあった。周りには何も無く、いかにもという置き方がされている。間違いないだろう。
私と夜見月がその箱に近づくと、希海が私の裾を引っ張った。
「お姉ちゃん、その箱、開けちゃうの?」
「そうだけど……、何かまずいの?」
「うん……ごめんなさい。実は私がやっちゃったの」
希海が頭を下げて謝るが、彼女は何をやったのか。
「この中身を壊したのか?」
「わざとじゃないもん」
夜見月の問いに私の影に隠れながら言う希海。
「どれ……」
夜見月が桐の箱の紫の紐を解き、蓋を外す。中には紺色の布が納められており、その布を開くと、中から折れた矢と弓が現れた。
「バカな……何てことだ……」
夜見月が衝撃を受けたように顔を手で覆い、呻く。
「夜見月さん、希海ちゃんもわざとではないと言っていますし、子どものしたことですから……」
私の服にしがみついて縮こまってしまった希海を抱きしめつつ言う。
「それは別にいいんだ。この矢に価値はほとんどない。自分で試してみたわけだな、希海ちゃん」
「うん……大じいちゃんが、三本にすれば折れないっていうから、本当かなぁって」
「あっ、毛利元就の三本の矢?」
私はそれに思い至った。
「間違いないだろう。三矢の訓だな。病床で己の死期を覚った父、元就が、長男の隆元、次男の元春、三男の隆景の三人の子を呼び寄せ、一本の矢なら簡単に折れるが、三本が集まれば折れないからと兄弟の結束の重要さを説いたものだ。不比等氏がそう願って今回の遺言状を作ったのなら、喧嘩の種となってしまったのは皮肉としか言いようがないな」
「そうですね……遺産の争いで殺人にまで発展してしまって」
祖父がこのことを知ったなら、どんなに悔やむことだろう。
「いや、まだ兄弟の遺産争いと決まったわけじゃない」
「え? すると強盗の類いなのですか?」
「強盗でもないな。この連続殺人は警察の目の前で行われている。つまり、犯人は捕まることも覚悟の上で実行しているから、動機に相当な執念があるのは間違いない。ああそうだ。まったく……僕としたことが、最初からこの犯行の形態に着目していれば、もっと早く犯人を突き止めて事件を防ぐことができたかもしれないというのに……物証にこだわりすぎた」
夜見月が箱をそのままにしてすっくと立ち上がり、階段へ向かう。
「夜見月さん、どこへ?」
「決まっているだろう。犯人を心理操作であぶり出す。人間の行動と心理は条件反射でしかない。つまり、分析も予測も操作さえも、百パーセント可能だ」
私は彼の言葉に半信半疑だったけれど、彼に付いていくことにする。この事件を終わらせてくれるのは夜見月しかいないという確信が今の私にはあった。




