●第二十話 ダイイングメッセージ
私達があてがわれた部屋に戻ってきた。
「あっ、そのヘルメットに何か犯人の証拠があるんですね?」
「いや、ヘルメット自体は警察が調べたあとだし、指紋も出ていないはずだ」
「じゃ、どうして……」
「調査ファイルを思い出してくれ。純のプロフィールが事実なら、彼はこういうのに詳しいはずだ」
「んん? あっ」
殺される直前、あるいは刺された直後に、どう行動したか。
彼は助けを求めたかもしれないし、自分の死期を悟って何かメッセージを残したかもしれなかった。そして、彼がそれを残すとしたら――このデバイス、VRヘルメットの電子データだろう。
殺された時、彼はこのVRヘルメットを装着していたのだから。
夜見月にヘルメットを渡された私は、思わずそのヘルメットに血痕が残っていないか確認してしまう。
「安心しろ。純のヘルメットはこっちだ」
「ええ」
まったく気にした様子も無くそれを被ってしまう彼に私はある種の敬意を抱きながら、自分のヘルメットを被った。
スイッチはどこだろうと思っていたら、自動で目の前が明るくなり、オートで電源が入る仕組みの様子。
『生体データチェック中……ようこそ新規ゲストさん。あなたの名前を音声入力してください』
空の上から聞こえる女性の音声と、目の前に浮かぶ文字。私は自分の名を声に出した。
「結城陽奈」
『IPDを調整……網膜データを取得中……プライバシーに関する事項を読んで、よろしければ決定を選んでください』
目の前に現れたウインドウを見ると、それだけで選択肢を選ぶことができた。私はVRヘルメットなどは初めてだったが、視線だけでボタンが押せるとはよくできている。
ボタンを視線で押すと、今度は目の前に大空が現れ、雲がうねりながら回り始める。
『次に、あなたのアバターを選んでください』
「アバター?」
「ここでの分身という意味だが、どれでもいいから早く選んでくれ」
夜見月の声で、現れた狼男が言った。
「じゃあ、はい」
たくさんあるアバターの中から可愛らしい猫娘を選んだ。
「あっ、私の手が肉球になってる! わぁ、にぎにぎもできますよ、見てください! 夜見月さん!」
「そんなことはどうだっていい、おい、AI! 純のメッセージがないか探してくれ」
『夜見月さん宛のメッセージは、ゼロ件です』
「他のメッセージは?」
『一件、フリーメッセージが残されています』
「それだ。すぐ見せてくれ」
『了解しました』
だが、そのメッセージの内容は私達が期待したようなものでは無かった。
『お兄ちゃん、遊ぼ――発信者 雨貝希海 午後四時二十一分』
「これって希海ちゃんね」
「外れたか……」
純は何も残していなかった。
と、後ろから肩を揺すられ、私はぎくりとした。
この部屋の中には今、私と夜見月しかいないはずだ。
そして彼は今、私の目の前に狼男としているのだから、話があれば普通にそのまま喋れば良い。
じゃあ、私の肩を揺すっているのは、誰?
「どうかしたか、陽奈」
「い、今、私の肩を誰かが――」
「んん? ああ、AI、外部音声を入れてくれ」
「お姉ちゃん、お姉ちゃんってば」
希海ちゃんだった。私はほっとしながら、VRヘルメットを脱ぐ。
「どうしたの? 希海ちゃん。えっ?」
彼女が黒く細長い物を持っていたのでギョッとしたが、それは箸だった。
「ご飯、警察の人が食べてたけど、いいの?」
「ああ、うん、大丈夫よ。私達はもう別の物を食べちゃったから」
私は微笑んで言う。
「そう。それならいいんだけど……」
「希海ちゃん、純君の他に、このヘルメットを使って遊んでいる人はいないのかい?」
夜見月が聞く。
「えっとね、私と、翔一おじちゃんだよ」
「そう。AI、翔一のメッセージはあるか? ……ダメか」
ヘルメットを被って落胆した夜見月の様子だと翔一のメッセージは何も残っていないようだ。
「ちょっとトイレに行ってくる。君はここから動かないでくれ」
「はい」
夜見月が部屋を出て行くと、希海が私の手を引っ張った。
「お姉ちゃん、見せたいモノがあるの」
「見せたいモノ?」
「うん、こっち」
「でも……」
ボディガードなしで出歩くのは危険だ。
「今なら、大丈夫だから。早く!」
いったい何が大丈夫なのか。希海の言葉に、私は言いようのない引っかかりを覚えた。




