【1】9月の朝
こどもの頃から繰り返し見ていた夢が、ヒントになりました。
「リーン…」
優しい声で呼ばれた気がして、耳を澄ました。
「りん、りん」
「…ん」
「倫、いい加減に起きなさい」
目を開けると、母さんが僕の肩を揺すっていた。
「あれ」
「おはよう。ほら、起きて」
母さんはそう言って、もう一度僕の肩を軽く揺すった。
のそのそと身体を起こそうとしたとき、こめかみに鋭い痛みが走って、僕は思わず頭を押さえた。
「また頭痛がするの」
窓を開けていた母さんが、心配そうに顔を覗き込んだ。
「うん、少し」
「薬出しておくわね」
そう言いながら、僕の部屋を出て下に降りて行った。
家を出る時間になっても頭痛は治らなかったが、心配する母をなだめて、僕は学校へ出かけた。
僕のこの頭痛は、いつも決まってあの夢を見た後に起こることに、ずいぶん前から気がついていた。
「倉橋、つぎ視聴覚室だけど、大丈夫か」
前の席の上村が、振り返りながら聞いた。
一時間目の授業が終わるころに、ようやく頭痛も少し楽になってきたけれど、顔色はあまり良くはなかったらしく、友人たちに心配された。
「大丈夫だよ。もう平気」
「ほんとかよ。まだ顔白いけど」
と、富永も心配そうに席に寄ってきた。
「大丈夫だって」
もう一度言って、僕は二人に笑って見せた。
「じゃあ行こうぜ」
三人で連れ立って廊下に出ると、ふざけながら走ってきた生徒にぶつかって、僕は反対側に勢いよく弾き飛ばされた。
壁にぶつかるのを覚悟した僕は、思わず目をギュッと閉じた。
ドンっとぶつかる衝撃はあったものの冷たい硬質な痛みを感じず、不思議に思って目を開けると誰かに抱き止められていた。
自分よりも上背があるらしく、ふと視線を上げると、そこにいたのはクラスメートの尾形だった。
慌てて離れようとして、思わず両腕で突っぱねる形になってしまった。
「あ、ごめん」
尾形の眉間に皺が寄るのを見て、とっさに謝ると、
「ああ」とだけ言って、すたすたと行ってしまった。
「なんだあれ、感じ悪っ」
「あいつ、顧問を殴ってバスケ部辞めさせられたらしいぜ」
「え、俺が聞いた話と違う」
上村と富永が、尾形の噂話で盛り上がっている横で、僕はそっと呼吸を整えながら、この動悸が早く治まることを祈っていた。
放課後になってもまだ本調子でないため、弓道部を休んで帰宅することにした僕は、正門を出て、駅へ向かう緩やかな坂道を歩きながら、今朝見た夢のことを思い返していた。
いつの頃からだろう。僕は、時々同じ夢を繰り返し見ていた。
同じ夢といっても、全て同じ内容というわけではなく、少しずつ内容が違っていた。
夢の中での僕は、何かをしなければならないと、いつも必死にその方法を探しているのだった。
今朝も、その夢の中で僕は何かしようとしていたところだった。
「何をしようとしてたんだっけ」
そう呟いて、ふと視線を上げると、すぐ前を尾形が歩いていた。
「尾形」
今朝のことでお礼を言っていなかったのを思い出した僕は、思わず尾形を呼び止めていた。
気がついた尾形が立ち止まって、こっちを振り返るのを見て駆け出そうした時、僕は酷い頭痛に襲われた。
まるで頭に杭でも突き刺さるような痛みに、目も開けていられずその場に崩れ落ちてしまった。
意識を手放す間際、尾形の声を聞いた気がした。
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