75.死後の命令
「さて、グレコが施した罠とやらを見に行きますか♪」
地面に染み込んでいく黒血。
首を切り落とされ完全に絶命したグレコを眺めつつ、コルワが笑う。
「っていうかランちゃん元気なくない?グレコの話がどういうことだろうと、僕らがこれから何百年の付き合いになるのは間違いないんだよ?せっかくだから元気に行こうよ!」
「黙れ……。」
踊るコルワを他所に俯くランベリー。
あんなにも恨んでいた男が死んだ。
本来ならば両手をあげて大喜びするべきなのだろうが、ランベリーの心は悲しみに暮れていた。
ずっと旅を共にしてきた仲間。
そして幼少期から手を取り合ってきた家族。
グレコという人間は、そもそもそういう人間だ。
どれだけ憎んでいようとそこだけは変わらない。
その男の首を己の手で斬り落とし、無惨な死体を目にした。
己が犯した罪を、抱いてきた感情を噛み締め、ランベリーは拳を握る。
「俺は……勇者だった。そしてこいつは俺の仲間だったんだ……。」
グレコと共に過ごしたあの時間。
あの間は間違いなく正義の味方だった。
しかし、自分も、グレコも。
道を踏み外し悪魔と契約した。
グレコは元からこういう人間だったと言っていたが、幼少期から一緒にいた自分ならばもっと早くグレコを矯正出来たはずだ。
後悔と無力感に苛まれるランベリーを他所に、コルワがどんどんと背中を叩いてくる。
「も〜しょげちゃってさぁ……。いいもんね!僕はさっさと行っちゃうから!確かグレコは世界中の人を【掌握】したんだったよね。ここから一番近くにいる人間となると……。」
「うぉぉぉぉぉ!!」
「あぁ!グレコ達が連れてきたサイラス騎士団の人達!そうじゃん、めっちゃ近くにいるじゃーん♪」
辺りから湧き上がる歓声。
雄々しいその声は二人を取り囲み、どんどんと勢いを増していく。
コルワはそちらに向かって歩き始めた。
「ハロハロ〜!みんな大好きコルワちゃんだよ〜♪っと?これは一体どういうことやら。」
倒れた魔物達と騒ぐ人間達。
魔物達が倒れているのは理解できる。
シンプルに騎士達に敗北し、術師のテネトが倒れた事で【死霊】の効果も消滅。
動かない屍となるのはまぁ当然だ。
サイラスの騎士団が優秀なことはコルワも痛いほど知っている。
だがしかし、人間達の様子は明らかに異様であった。
「うぉぉぉぉ!グレコ様に勝利を!」
「これは弔い合戦だ!魔物を見つけ次第倒せ!我々には英雄の加護がついている!」
魔物を倒したから喜んでいる。
そんな次元を悠に超えた喜び方。
宗教じみたというか盲目的というか。
ある種狂気的にも見えるその様を眺めていると、コルワの首が刎ねられた。
「ほぇ?」
「コルワ……!アイラ様とライラ様を何処へやった!」
「あぁ、ロッツだっけ?もしかして君がテネトちゃんを殺したの?中々やるねぇ!」
転がった頭を首に擦り付けながら、コルワは背後に立つ男に目を向ける。
テネトが死んだ事は想像出来ていた。
目の前の魔物達が倒れていたこともそうだが、仮にもテネトとコルワは魔王同士だ。
オーラというか溢れ出る魔力というか、そういった曖昧なもので互いをぼんやり感知できている。
そもそもテネトは半端な存在だ。
数十年に一度、一体ずつ出現するという常識を覆して生まれた魔王。
本来ならば先代の死体を使って生まれる所、テネトはただの魔族の死体から生まれている。
純正の魔王であるコルワとは、いくらか格の違う存在だ。
人類の叡智を結集させたような人間であるロッツに敗北するのも無理はない。
そもそも、コルワはランベリーとグレコ以外に対する興味など欠片も抱いていないのだ。
「倒したのは俺じゃない。ほとんどあの子のおかげだ。」
「あれ、セドナちゃんもいたの!その目……そっか洗脳解けたんだ!グレコが死んだから?それとも自分で解いたの?」
ロッツの後方でテネトの死体を抱えて立つセドナ。
テネトは当代の魔王。
首を切り落とそうが何をしようが、コルワほどの速度ではないもののいつか復活する。
死体をサイラスに持ち帰って封印を施してもらうまでは、魔王が死んだとは言えない。
にしてもよく洗脳が解けたものだ。
半端者のテネトと違って、グレコは死後も能力を持続させている。
それこそ目の前で暴れている男達のようにセドナも傀儡になっていて全くおかしくはないはずだ。
しかし二人はコルワのそんな話に興味がないらしく、全く別の所に疑問を向けてくる。
「グレコが……死んだ?」
「ん?そうそう、何かさっき戯言を言いながらくたばったよ。ついでにアイラちゃんも、僕が殺しちゃった♪」
「アイラ様まで……!」
飄々と話すコルワ。
そこに対し二人は素早く攻撃を繰り出し始め、コルワの両腕が飛ぶ。
「もー血気盛んだなぁ。どうせ僕を殺せはしないんだから落ち着きなよ。」
「自国の姫君を殺されて黙っていられるか!」
「あーもうめんどくさっ。それよりさぁ、この人達が一体何で盛り上がってるのか知らない?グレコが死に際に何やら命令を施したっぽいんだけど、よくわかんないんだよねぇ。」
激昂するロッツを適当にあしらいつつ、コルワは首を回す。
今こうして無駄な戦いをしている間にも、兵士達は興奮したまま。
木々をかき分け、魔物を討伐しようと躍起になっている。
「多分、『グレコは英雄だ。』みたいな命令が施されてる……。さっきまであんなにグレコを憎んでいたのに、今あたしにその感情が消失してるから……。」
「おっ、セドナちゃんは流石に冷静だね!長い間馬鹿みたいに操り人形やってただけある!偉い、偉いぞ!」
そう言ってセドナの頭を撫でまわそうとするが、拒否。
今度は手首が吹き飛ばされ、コルワは舌を巻く。
やはりセドナにもこの男達と同じ指示が与えられているのだろう。
だが更に深刻な洗脳をかけられていたセドナには通用していない。
この少女が事情を知りながらも冷静でいられるのはそういうことに違いない。
「ふむふむ。色々と複雑な事情がある上に、自分で首を切り落とした相手。本当なら忘れたくて仕方ない話なのに、大量の人間にそいつが英雄視されている……。うーんよく考えたもんだねグレコも!どうする!?グレコに【掌握】されてないぐらい遠くの国まで、ランデブーする!?」
「無駄だろ……。悪評は人に伝わりにくいが、英雄譚は簡単に広まっていく。俺達だって遠くの国の鬼の話は知らないが、神の話は知ってるだろ。それと同じだ。例えグレコが【掌握】していないでも数年もしない間に奴を神格化し始める。」
ランベリーがようやく姿を現し、講釈を垂れ始める。
他でもない、勇者として全世界から崇められていた男。
これ以上に信憑性のある話はないだろう。
「で?どうするのさランちゃんは。グレコの言う通り、最悪の世界になったみたいだけど?自殺を目指して僕と殺し合う!?どうする!?」
「騒がないでくれ……。俺はしばらく旅に出る。その後死にたくなったら、お前に会いに来るだけだ。」
「ふーん……。いいよいいよ!僕は何年でも何百年でも待ってるからさ♪」
そう言い放ち、四人はバラバラの方向へと歩いていく。
コルワは次のおもちゃを探しに。
ランベリーは永遠の放浪に。
セドナとロッツはサイラスでの日常に。
「は〜楽しみだねぇ〜!万物を利用した復讐、それが永久に続く!最高だよグレコ!」
コルワがクルクルと踊り回り、日が登り始めたのであった。
お疲れ様でした




