74.復讐者の最期
「解除。」
契約の不成立を悟り、グレコはすぐに声をあげる。
先日幸か不幸か手に入れた新能力。
【掌握】の【固定】。
それを一斉に解除し、グレコは膝をつく。
「コルワに契約を持ちかけたのは、そうしないと勝てないからじゃない。そうしないと、俺が死ぬからだ。」
「死なば諸共かぁ♪いいねいいねぇ!面白い力を手にしてるねぇ!」
こちらに指を刺しつつ、コルワが小躍りする。
対するグレコは最早一歩も動く事はできず、ただ地面に倒れるだけであった。
その醜い体制のまま顔だけをあげ、因縁の相手に目を向ける。
グレコの話になど一切興味はない。
そんな様子でランベリーは既に剣を構え、グレコの首筋に刃を向けていた。
「おいランベリー。俺はもう全てを起動した。お前が今俺を殺そうがどうしようが結果は全くもって変わらない。俺が死ぬ結末もだ。せっかくなんだし、遺言を聞いてくれよ。」
「お前が何もできないという保証はない。ここからまだ何かする可能性はあるだろ。」
「俺を相手にする上で用心深いのは結構だが……それは無用な心配だな。何なら俺の体を弄ってもらって構わないぞ。」
グレコの懇願を聞き、ランベリーがグレコの体にそっと手を触れる。
その瞬間、全身の筋肉は弛緩し指一つ持ち上げることが出来なくなった。
「生きるのに不要な筋肉以外全ての活動を【無視】した。お前はもう人ではない、ただ喋るだけのスピーカーだ。」
「繊細なスキルだこと……。まぁいいさ。何から話そうか……。そうだな、一ヶ月前、俺は狂人に腕をぶった切られ新たなスキルを手にした。それがこの右腕だ。」
動かなくなった右腕をひくつかせ、グレコはそう語る。
最早ここから戦う気もない。
ただ己の身に起きたことを、張り巡らせた罠を、朗々と語るだけ。
それがグレコにとっての復讐であった。
「その太い腕……。ラストアおじさんのだっけ。てことは【固定】が使えるようになったの?あれって一斉解除しかできないし、案外使い勝手悪くない?」
「俺もそう思ったが、度重なる検証の結果一つのことがわかった。このスキルの一斉解除には、タイムラグがある。」
どんどんと強まっていく頭痛。
遂には吐き気まで催し、辺りに吐瀉物を撒き散らす。
家族に見守られながら密やかな最期。
そんな想像は昔からしたことがなかったが、こうも汚いとは予想外だった。
「はぁ……。一ヶ月間の間、俺は色々と実験をしたんだ。こいつが【固定】した物体は全て同時に解除されない、解除と唱えた時の使用者の居場所から同心円上に解除されていく。最もかなり高速だからぱっと見じゃわからない程度だがな。」
「お前……まさか!」
「言いたいことはわかるが、言っただろ?止めても無駄だ。俺を殺したところで波及は止まらない。」
グレコの発言の真意を理解し、剣を握ったランベリー。
それを静止し、再び嘔吐する。
「俺はこの一ヶ月間で思いつく限りの人間を【掌握】した。サイラスの国民は多分全員、他国に関しても行ける範囲で主要人物に接触してな。勇者は不在、魔王は復活、大国サイラスの政変。世界中大混乱だったからな、俺を恐れて貰うぐらい屁でもなかったぞ。」
「ふむ、けどそれに何の意味があるの?人間の脳みそじゃそんな大量の人を【掌握】しても意味ないでしょ。操作なんてどうせ出来ないし、個人情報を得られるだけじゃん。」
「あぁ、だからお前と契約したかったんだがな。俺が生き残るルートはさっきのゲームで潰えたってわけだ。」
グレコしかりテネトしかり。
人を操るスキルを使う上で最も重要なのは脳の許容量だ。
大量の人間を【掌握】した所で、彼ら全員を操作してランベリーを襲わせたりすることは不可能。
その前提を覆すために、グレコはコルワに契約を持ちかけたのである。
契約で得られる力は魔族が持つ力と大きく関係する。
人を操る力を持つテネトと契約した際、【掌握】は人を操る力を得た。
ランベリーにしても、普段から【死霊】で多くの屍を同時に操っていたテネトと契約したことで複数の事を並行して【無視】出来るようになったのだ。
即ち【不死】を持つコルワと契約すれば、高い再生能力を得られる。
その脳みそであれば、大量の人々を一斉に操ることも可能だっただろう。
「俺が今やっているのはいわゆるプランBって奴だ。人々を細かく操ったりせず、脳の負担を最小限にお前を殺す。」
「【固定】は?その話だとそもそも必要なくない?」
「いや、【固定】がないと俺は今こうして無駄口を叩けなかった。大した命令はしちゃいないが、万単位の人間に一斉に指示を出せば俺はその場でお釈迦だ。別に死んでも波及は続くからそれでも良かったんだが。さっきも言った通り、俺は死ぬ前に話がしたかったんでな。」
【固定】を使えば、【掌握】を【固定】出来る。
それはアイラで実験したことであったが、【固定】で出来る事はそれだけではなかった。
【掌握】した相手に与える命令。
【固定】はそれごとその場に留めておくことが出来た。
それはつまり脳への負荷の削減を意味していた。
数万の人間に一斉に指示を出すという無謀な行為。
これを【固定】で行うことで、同心円上にいる人々へ少しずつ行うことが出来る。
この方法であれば脳への負荷は最小限で済むため、グレコが無駄口を叩くことも可能であった。
「その命令というのは……何なんだ。」
「そう怖い顔をするなよランベリー。俺はケーキのイチゴを最後に食べるタイプだ。その話は最後にしよう。」
意味などないと何度言おうが関係ない。
今すぐにでもグレコの首を斬り落としたくてたまらない。
そんな表情でランベリーがこちらを睨みつけ、息を荒くする。
まぁ無理もないと言えば無理もない。
内容が何であろうと、グレコは民を【掌握】しているのだ。
今こうして話している間にも、民に何かしらが施されている。
「というか、お前にもまだそんな気持ちがあったんだな。てっきり俺を殺すことにしか興味がないと思ったが。俺は嬉しい限りだよ。」
ヘラヘラと笑い、血を流すグレコ。
あの日姿を消してから、ランベリーはずっとグレコを殺すことしか考えていない。
それがグレコの想定であったが、どうやら民のことを思う程度の人心は保っていたらしい。
その事実にグレコが喜ぶ一方で、コルワは不満げにしていた。
「民のことを気遣っちゃうのかぁ。うーん微妙だなぁ。ねぇグレコ、僕やっぱりそっちについてもいい?」
「お断りだ。言っておくがなコルワ、俺は今お前にも復讐しようとしている。それをしっかりと理解しろ。」
「ふぅん……?その体で一体僕に何をするのかな?僕は民も何も全く気にしないよ?」
「そうだろうな。俺はお前にもランベリーにも手も足も出ない。だから、お前ら二人で殺し合って貰うんだ。」
グレコは、楽しくて仕方がなかった。
薄れゆく意識と下がっていく体温。
それとは裏腹に絶頂を迎える復讐心。
「俺が【掌握】を使って民に下した命令は、きっとランベリーを苦しめる。それはもう自殺したいぐらいにだ。だが、ランベリーがお前と契約した以上それは出来ない。そうだろ?」
「そうだね。僕と契約した以上、ランちゃんは自分の寿命や負傷を【無視】できるようになってるはずだよ!それも自発的にね。僕だって死にたくても死ねないんだもん!ランちゃんにもその定めは背負ってもらわなきゃ!」
「つまり、ランベリーは永遠に俺に苦しめられる。解放されたければ、コルワを脅して契約を解除させるしかない。どうだ、面白い構図だろ。お前らは、戦うしかないんだ。」
魔族と交わした契約は、基本的に解除出来ない。
契約者側の自発的な解除はもちろんのことながら、魔族側が死亡した際も解除はされない。
解除をするには契約した魔族に頼むしかないというのは、魔族と契約した者達の常識だ。
そしてコルワがそんな頼みを聞き入れるような性格ではないことも、グレコ達は知っている。
「さて、俺の言いたいことは言い終わった。お前ら何か俺に聞いておきたい事はあるか?明日からも引き続き死ぬまで憎み続ける相手の死に際だ。言いたいことがあるなら言っておけ。」
「う〜ん僕は特にないかな!明日からが楽しみってぐらい!僕が契約を解除しない限り、ランちゃんが多種多様な方法で僕を苦しめにくる!最高の毎日だね!」
拍動が止まるまで後数分。
話をまとめにかかるグレコとは裏腹に、ランベリーは震えていた。
「最後まで……謝罪はないんだな。お前が殺した人々や、欺いた人々に対して何の感情も抱いていないのか。」
「はぁ?お前そんなことを望んでいたのか?現在進行形で『人を操っている』と告白してるっていうのに。お前、話聞いてたか?」
「聞いていた上で言ってるんだ!」
最早滑らかに言葉を紡ぐことすらできない。
そんな様子でランベリーの血管が浮き彫りになる。
溢れた怒りを抑えることは出来ず、グレコの横腹に蹴りが入った。
「俺は……!道を踏み外していくお前を正そうと努力した!だがそれは甘い選択で……仲間や民を失った。だから俺はお前と同じ道を選んだ。全てを使ってお前を止める、その道を選んだというのに……。」
「死にかけの人の腹を蹴っておいて何言ってやがんだ……。いいか、俺は道を踏み外したわけでも、誰かによってこうなったわけでもない。俺は、俺の上に立つ人間を許さない。お前と旅を始めた時から、それはずっと変わらないはずだ。」
混濁する意識の中、グレコは言葉を振り絞る。
テネトとの契約によって失われた記憶。
だが何も人格の根底たる部分が失われた訳ではない。
「あの頃一番許せなかったのは、俺らを虐げる王や貴族だった。知恵を付けるにつれ、そいつらがクソな理由は魔王だと分かった。だから魔王を殺した。そして倒した後一番ムカついたのがお前らだった、だから恨んだ。」
「お前らしい……簡潔な説明だな。もう、うんざりだ。」
息も絶え絶え。
今にも死のうかというところで、ランベリーが再び剣を握る。
「どうせもう死ぬんだろう。なら、俺がこの手でケリを付けてやる。」
「好きにしろ。ただこれだけは覚えとけ。俺の復讐は、ここからだ。」
そんな捨て台詞を残し、復讐者の人生は終わりを告げたのであった。




