71.復讐への過程
「久々だな、ランベリー。お前と会う時は必ずこう言ってる気がするよ。」
暗い森の中。
血を流し合うサイラス騎士団と魔物達から少し離れた場所。
そこで因縁の二人は、向かい合っていた。
「随分と目つきが悪くなったんじゃないか?まるで、俺みたいだ。」
「……黙れ。」
「カッシル。」
ランベリーが素早く剣を振るい、カッシルが即座に【障壁】を張る。
グレコとカッシル二人だけを守るような空間。
そこだけを残し、周囲の森は更地になった。
「相変わらず……ふざけた力だな。もう少し環境問題とかにも目を向けた方がいいぞ。最近は色々と大変らしいからな。」
「お前を殺すこと以外……興味はない!」
高く舞い上がり、グレコに斬りかかるランベリー。
その剣の重さは明らかに普通のものではなく、重さを【無視】しているのだと一瞬で理解できた。
重さを【無視】した剣による距離を【無視】する攻撃。
かつてのランベリーとは違うその攻撃が、カッシルの【障壁】に響いていく。
「複数の要素を【無視】……。お前もテネトと契約したのか。俺を殺したいがために魔王と契約するなんて、随分と馬鹿げた話だな。」
「固い壁か……。」
「全く、話も聞いていやしない。おいカッシル。気張れよ。こいつはあらゆる常識を超えてくるからな。」
壁の中に閉じこもったグレコを殺すべく、ランベリーは動きを変える。
剣の握り方を逆手にし、斬るというより貫くような。
縦に振られた剣は【障壁】を貫きはしなかったが、大きく壁の中にめり込んできた。
弾力を持った【障壁】は大きく歪み、ゴム毬のような状態を成していく。
「グレコ!?な、なんだこれは!私の【障壁】の形が変わってるんだが!」
「多分【障壁】自体の硬度を【無視】したんだろ。固い殻を破れないから、柔らかいボールにして来たんだ。これでも割れないとなると……お前のスキルはやはり強いな。連れてきて正解だった。」
ブヨブヨになった壁をツンツン突き、感心するグレコ。
その裏側では、ランベリーが剣を引き抜き、思案の表情を浮かべていた。
「硬度は関係ない……純粋に破壊不可能なのか?」
「見てみろ、天下の勇者様がお前の【障壁】を破ろうと躍起になってるぞ。」
「そんなことを言ってる場合ではないだろ!私は早くアイラ様達の助けに行きたいんだ!早く仕掛けた罠を動かせ!」
物理攻撃で破壊するのは無理。
そう判断したのか、ランベリーは地面に剣を突き立て水を噴出させる。
【障壁】の中にいるグレコからしてみれば完全なる想定だが、この水は恐らく熱湯だ。
ランベリーによって温度を【無視】されたマグマのような水。
それが辺りを取り囲む。
「今守りを捨てて打ってでろって事か?間違いなく死ぬだろこんな状態じゃ。」
「それはそうだが……。この音を聞いて体を抑えろというのも無理な話だろう!?」
【障壁】に多種多様な攻撃を加えていくランベリー。
そしてその奥では明らかにアイラが出しているものであろう音が響いていた。
弾ける炎と空高く飛び散る肉塊。
あっちはあっちで激しい戦いを繰り広げているらしい。
しかし、グレコはそちらに興味はなかった。
「まぁ落ち着け。しっかりと作戦は練ってある。少しの間待っていればお前はこの【障壁】を解除しても構わなくなる。そうなったらアイラでも助けに行け。」
「そうはいうが!もう体力的に限界だぞ!」
「分かった分かった。じゃあ後少し会話をさせろ。こっちは長年いがみ合って来た相手と対面してるんだ。それぐらいさせてくれ。」
横で不満を垂れるカッシル。
それを軽く宥めつつ、グレコは口を開いた。
「おいランベリー。どうせこの壁を破るまで暇だろう。俺と話をしないか。話せばわかる、この言葉が真実かどうか確かめるってのも中々趣があるだろ。」
「先に対話を拒んだのはお前だろう。ベリオットを殺し、サイラスを襲い、大勢の罪のない人々を殺した。」
「ベリオットは半分ぐらい自滅、サイラスだって滅んじゃいない。それにお前だって大勢の罪のない魔物を傷つけてるじゃないか。こちらに害を与えてくる魔物以外傷つけない、そう俺に説教していたのは誰だったか。」
薄い壁を一枚隔て、これまでの復讐が交差していく。
ただひたすらに【障壁】を攻撃するランベリーと、それを眺め欠伸をするグレコ。
二人の表情には大きな差が生まれていた。
「魔族は……俺が思っている以上に酷い存在だった。生きる為に人間を殺しているのならばまだ許容はできる。俺達だって生きるために獣を殺すからな。だがあいつらは……俺達に対して何の感情も抱いていない。」
「やっと気が付いたのか。あいつらは俺達とは全く別の生き物。生物として頭がおかしいんだ。」
「あぁ、そうらしいな。テネトやコルワから、何度も聞かされた。」
魔族の悪辣さ。
それを真に知るものは少ない。
定期的に人を襲ったりはするものの、そんなことは人類も戦争で似たようなことをやっている。
故に彼らが人を殺すのもあくまでも侵略目的。
それが学者の見解だった。
しかし、コルワやテネトなど本物の魔族と接したものは知っている。
奴等が人を殺すのは、嫌がらせにも近い理由。
ただ人が苦しみ、抗おうとする姿を眺めて笑っているだけである。
面白いものにしか興味がない魔族にとって、侵略などという無駄な行為は選択肢にも入っていないだろう。
「なぁランベリー。俺はお前のことを死ぬほど憎んでいたがな、正直言って今のお前は最高だ。俺が嫌いだった優しく人道的なランベリーはもう死んでるんだ!それで俺の復讐は果たされてる。」
「俺がお前を殺したい気持ちは変わってない。だから、俺はお前を殺す。それに、お前の心に復讐心なんて残ってないだろ。」
「正解だ。お前を殺さないと俺は俺の地位を上げられない。そしてこの会話にも、全くもって意味がない。」
グレコがそう告げたところで、遠く彼方から爆音が響く。
立ち登る炎と煙。
その瞬間、カッシルが酷く取り乱し始めた。
「グレコ!ライラ様が……!」
「何だどうした。さっきから爆発音は定期的にしてるだろうが。」
「私の肩にあった印が消えたんだ!つまり……ライラ様のお命が……。」
カッシルが涙を流し、周りを囲んでいた【障壁】が解除されていく。
【障壁】の解除条件。
それはカッシル本人の意識が失われた時。
疲労や、主を失った精神的ショックなど。
グレコは、これが狙いだった。
「悪いなカッシル。はなから俺は罠なんて用意してない。お前の仕事は、アイラとライラが死ぬまでの時間稼ぎだ。」
倒れたカッシルを放り投げ、グレコは目の前の男を見据える。
その顔は、これまでにないぐらい怒り狂っていた。
「お前は……何度仲間を裏切れば気が済むんだ。その子は、お前を守ってくれていたんだろう!」
「俺はな。ランベリー、はなからお前に勝てるなんて思ってないんだ。そもそも俺は一人では誰にも勝てない。仲間も、敵も、全てを利用して殺したい奴を殺すんだ。」
怒りに震え、逆にランベリーの攻撃が止まる。
コルワにアイラとライラが敗北し、カッシルの【障壁】が破られる。
それがグレコ本来の作戦。
ランベリーを殺すために必要なのは、カッシルでもアイラでもない。
今から現れる、たった一人の魔族である。
「コルワ!お前のことだ、どうせもうこっちに来てるんだろ!」
大きく声を上げ、目的の存在を呼びつける。
その奥で動く草木。
グレコはそこに向かって、声をかける。
「コルワ、俺と契約しろ。最高の面白さを、俺が保証してやる。」
かつての仲間であり今の敵。
グレコはそこに向かって、提案を投げかけた。
「全ての鍵を握るのは……僕ってことだね♪」
両肩に死体を抱え、魔族らしい異様な見た目となったコルワ。
その悪戯っぽい笑顔は、二人の狂人に向けられていた。




