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70.操られていた者達

「はっはっはっ!いやー面白いのぉ人間というのは!」


空に響くテネトの高笑い。

その目の前では、セドナが立ち尽くしていた。


「貴様……一体何をした。」

「何とは言われてものぉ。ただこやつにかけられておった洗脳を解いてやっただけじゃ。」

「洗脳……?」

「あぁ此奴はグレコに色々と脳内をいじられておる。【掌握】なんて生優しいものではなく、脳みその根幹を揺るがす洗脳じゃ。」


ペラペラとテネトが舌を回していく。

それを聞いていたロッツは、空いた口が塞がらなくなってしまった。

ロッツにとってもグレコは憎むべき相手だ。

国家転覆を成功させ、一切悪びれもせず協力を求めてきた。

だが、ここまでの悪事は想像していなかった。


「妾も同じことをされていた身じゃからな。洗脳の解き方ぐらいは直感で分かる。大事なのは問いかけることじゃ。脳内に封じ込められた記憶を呼び覚ますよう、優しく声をかけるんじゃよ。」


セドナにかけられていた洗脳は、かなり具体的なものであった。

思考は勿論、耳に入れる言葉、あるいは記憶まで。

それら全ての支配が解かれた今、セドナは空っぽになっていた。


「今此奴に残っているのはグレコへの復讐心だけではないかのぉ?お主も大変じゃなぁ!ただでさえ不利だったと言うのに、此奴はもうお主の仲間ではないぞ。」

「くっ……関係はない。俺はお前を殺す。ただそれだけだ。」


ロッツが再びテネトに向かっていく。

セドナの援護を失ったことは大きな痛手。

だがここで諦めるわけにはいかない。


今一番憎むべきは、目の前の魔王である。


「お主一人では防御が足りぬであろう。色々力を持っているだけのお主では、妾に敵わない。」


テネトの言う通り、ロッツは苦戦を強いられていた。

結局二本の腕しか持っていないロッツでは、無限に這い上がってくる屍を対処しきれない。

かといって攻撃しなければ勝てもしないが、攻撃すれば隙を突かれて反撃される。


「きぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


ロッツが持っている唯一の範囲攻撃。

喉に入っている【咆哮】を解き放ち、ロッツは距離を取る。

だがやはり意味はない。

相手は屍。

物理攻撃ならともかく超音波を放っても攻撃にはならない。


「どうやら手札を使い切ったようじゃな。さ、ケリを付けるとするか。」


テネトが魔法を放ち、辺りを燃やしていく。

失われていく逃げ道。

囲い込まれた状態から逃げ出せるほど、ロッツに余力は残っていなかった。


「はっ……思った以上に賢い奴だったようだな。」

「今更気づいたのか?妾は魔王。お主らの想像の何倍も優れた知能を持っている。さぁ、死ね人造人間。」

「死ぬのはお前だ。そして、賢いのもお前じゃない。」


テネトが巨大な炎の槍を空に灯し、ロッツに死が迫る。

しかし、貫かれたのはロッツの体では無かった。


「あたしの仕事は……お前を殺すことだ。」


テネトの背後を守っていた魔物達の頭が、一斉に貫かれる。

複数遠隔攻撃。

明らかにロッツが行ったものではないその攻撃は、空っぽの少女が放ったものだった。


「洗脳は解いたはずじゃが……。一体どういうことじゃろうなぁ?」

「確かに洗脳は解かれてる。今あたしが戦ってるのは、あたし自身の意思だ。」


セドナが空を舞い、並み居る魔物達を片っ端から撃ち抜いていく。

普段の淡々とした口調ではない。

セドナ本来の少女らしい荒っぽい喋り方。


ここにいるのはグレコの傀儡ではない。

セドナ・カイズナーという名の一人の少女である。


「良いのか?お主はグレコに長い間操られておったのじゃぞ?何をやらされたかまでは知らぬが、相当酷い扱いをされていたはずじゃ。」

「あたしは父親を自分の手で殺した。それに無関係の騎士団も大勢殺したし、クーデターにも加担した。全部覚えてる。」


自分が犯した罪を思い出すようにしながら、セドナは魔物を蹂躙する。

グレコに操られている間、セドナにまともな意識は存在しなかった。

ただ命令に従うだけの機械。

しかし、そんなセドナにも記憶は残っていた。

自分に出された命令も、グレコの発言も全て、彼女の頭には残っていた。


「ならば何故グレコに従う!妾を殺す前に悪虐非道のグレコを殺そうとは思わぬのか!?人間だから魔王を殺す、そんな常識よりも大切なことがお主にはあるであろう!」

「あたしはそんな常識に興味ない!グレコに頼まれたからお前を殺すんだ!」


テネトと顔が触れようかという距離まで近づき、セドナは手を伸ばす。

もう一本の腕も捩じ切ろうかという思いだったが、それは魔物によって阻止。

この魔物達がいる以上、テネトに勝利することは叶わない。


「グレコは確かにゴミ野郎だ!人に鼻水を拭かせるし、すぐあたしだけ置いて行動するし!人間としても、仲間としても!本当にゴミだ!」

「わかっておるではないか!そこまで分かっておるなら妾と共にグレコを殺せ!」

「お断りだ!グレコは、私だけの手でぶっ殺す!」


そう言ってセドナは距離を取る。

そのまま両手を地面に触れ、岩石を射出していった。


「グレコから学んだんだ。復讐は時間をかけるほどいいものになる。だからあたしはお前を殺して、グレコにゆっくりゆっくり復讐する。お前と手を組んで瞬殺なんて、勿体無い。」

「はっ……どうやら洗脳など関係なく頭がおかしいらしいな。だがそれならそれでよい。正気を取り戻したとて、妾に敵う訳ではない!」


飛び交う岩石を魔物の死体で防いでいくテネト。

洗脳が解かれたからといって、テネト攻略の問題は解決していない。

無限に起きあがる屍、そしてその奥から放たれるテネトの魔法。

だがしかし、セドナにはこれを崩す方法が思い浮かんでいた。


「ロッツ!固まってないでさっさと働いて!テネトに攻撃を加えなくていい、あたしが投げてる岩を攻撃して!」

「あ、あぁ分かった!」


セドナの指示を聞き、ロッツは岩を蹴り上げる。

放出で射出される岩石はどう足掻いても直線的な軌道になる。

しかしロッツが加わることでその攻撃は無軌道に変化していった。

その瞬間、テネトの頭に激痛が走る。


「お前のスキルは……グレコと凄く似ているんだ。触った相手を操作して自由に扱う。似てるってことは……弱点も一緒ってこと。」

「くっ、そういう狙いか!」


【掌握】しかり、【死霊】しかり。

相手を操る力には、使用者の脳の処理能力が大きく影響している。

知性の高い人間ならば数人しか操れないが、ネズミのような下等生物は無限に操れる。

高度な命令は少数にしか指示出来ないが、抽象的な命令は大勢にかけることができる。

その前提があるが故に、セドナは攻撃の軌道を変えたのだ。


魔物の屍に出されていた命令は『セドナとロッツの攻撃からテネトを守る』というもの。

至極簡単な命令ではあるが、この命令には『その攻撃がテネトに向けられたものか判断する』という工程が存在した。

その工程に対して大きな負荷をかけるべく、セドナは無軌道の攻撃を行なったのである。

無軌道の攻撃の中からテネトに命中する攻撃だけを防ぐ。

たった一つの動作が増えるだけで、操作主であるテネトには多大な負荷がかかる。

テネトを崩すには、たったそれだけで十分だった。


「ならば命令を変えれば良いだけよ!お主ら!見えたもの全てに突撃しろ!」


頭を抱えながら、テネトは命令を変更。

魔物達はセドナが放った岩石は勿論、辺りの木や野生動物にまで。

全てに突撃し、動く盾としてセドナ達を取り囲む。


「なるほどな、セドナ。やはりお前はこの魔王より賢いようだ。というか、こいつの頭が悪すぎる。」

「あたしは世界で一番悪知恵の働く奴に操られていたんだ。こんなのに負けるわけがない。」


ロッツがニヤッと笑い、右腕を振るう。

つい先程見せた技。

その脅威を忘れるぐらいには、テネトの脳には負荷がかかっていたようだ。

辺りに次々と現れていく【幻覚】。

それに向かって、ほとんどの魔物は突撃していった。


「お前はやっぱりグレコに操られて当然だ。咄嗟の判断も冷静さも、全部グレコの方が勝ってる。」

「あぁ、俺達に地獄を見せた男は、お前よりずっとずっと厄介だった。」


【幻覚】に向かって突撃していく魔物達の中をくぐり抜け、テネトに辿り着く二人。

グレコに全てを奪われた男と、全てを失ってグレコに利用された女。

二人の被害者がテネトに腕を伸ばす。


「さよなら、ご主人。」


頭への負担でうずくまるテネト。

その頭をセドナが吹き飛ばし、最初の戦いが決したのであった。

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