69.従えるものと仕えるもの
「ふむ、妾の相手は其方らということか。相手にとって不足なし、なんて言えるといいのじゃが。」
戦いの火蓋は切られ、わずか数分の内に最初の戦いが始まった。
暴れ狂う魔物達とそれを片付けていく兵士達。
その激しい諍いの中央で、三人は対面していた。
「作り物の体を持った愚か者と、己の意思を失った愚か者。全く人間は愚かとはこのことじゃのう。」
「黙れ汚らしい魔王めが。我が主を傷つける可能性がある者は全て俺が排除する。」
「私もご主人の命令を守るだけ。それ以外は、関係ない。」
ロッツとセドナは横に並び、テネトを睨みつける。
忠誠心だけを礎に体を動かしている二人にとって、テネトの煽りは関係がない。
ことセドナに関しては、グレコの洗脳によって耳にすら入っていないのだ。
「セドナだったか。俺が前線を張る。君は後ろから援護しろ。」
「了解。」
素早く指示を出し、ロッツが前に出る。
足に込められた【疾風】。
その圧倒的な速度を生かし、テネトの顔面に蹴りを放った。
「相手が魔王だろうと、俺にとって問題はない。」
高速で足を振りまわし、その速度を腕に乗せて殴りを放つ。
それもただの殴りではなく、【透明】によって回避不可能になった拳。
魔王を一人で倒すことは難しい。
だが、今のロッツは少なくとも五人分の戦力を持っている。
「ふむ、不可視の拳と高速化。どうやらお主、ただ歪な体をしているだけではなさそうじゃの。」
「その通りだ。俺は、お前を殺す力を持っている。」
「ふ、中々大口を叩くではないか。」
テネトがそう呟くと同時に、何匹もの魔物が二人の元へ近寄ってくる。
いくら【透明】といえど、ただの格闘。
拳はテネトに当たることはなく、一匹の魔物に当たってしまった。
「そこか。」
そしてテネトはその隙を見逃さない。
砕けた魔物の体に向かって素早く炎魔法を放ち、ロッツの腕に火の粉が降りかかった。
しかし、ロッツ側にも仲間はいる。
「【放出】!」
可愛らしい声と共にロッツの元に岩石が飛び、テネトの炎を寸前で防御した。
セドナの【放出】は辺りの空気を塊にして放つ技。
というのは過去の話である。
バルトラでグレコの仲間になった頃の無力な少女はもういない。
長い戦いの中で、セドナはあたりのあらゆるものを弾として射出できるようになっていた。
「大して仲は良くなさそうだったが、中々に面倒なコンビネーションじゃなぁ。さて、どうするか。」
そう呟きつつ、テネトは先ほどロッツに潰された魔物を【死霊】で操り始める。
テネトは、当代の魔王である。
その意に従わない魔物はおらず、例え魔物を蹴散らしたとしても無限に【死霊】で動かすことが出来る。
目の前の魔物と戦うのに必死なサイラス騎士団とは数も段違い。
この戦いは多対多でも、一対二でもない。
無限対二。
それが正しい図式である。
「助かったぞセドナ。近くに魔物がいる限り奴は崩せない。まずはあいつを孤立させることに徹するぞ。」
それだけ告げ、ロッツは【幻覚】を発動させる。
相手は魔王。
恐らくテネト自体には一切効かないだろうが、辺りの魔物には意味がある。
「ふむ、魔物が何やら混乱しておるな。これ、動かんかお主ら。」
「無駄だ。お前には一人で戦って貰う。」
混乱する魔物達を掻い潜り、ロッツはテネトに近づいていく。
ロッツが魔物達に見せた幻覚。
それは至極単純なものである。
ただテネトを辺りに複数登場させただけ。
従うべき対象が大量にいれば、頭の悪い魔物達はついていけなくなる。
「全くこれだから魔物は好かんな。やはり、知性というのは無駄なものじゃ。」
「くっ、離れろセドナ!」
ロッツの耳に仕込まれたスキル、【直感】。
周囲の細かな音に気づくことが出来るだけのこのスキルによって、ロッツは迫り来る危険を感知した。
そこから数秒もしないうちに、空から火の弾が降り注ぐ。
「何のつもりだ……?」
視界を埋め尽くす豪炎。
炎はテネトとその周辺にいた魔物全てを包み込んでいた。
ほぼ間違いなくテネトの魔法だろうが、意図が不明。
その真意をロッツが思考している間に、炎は勢いを落としていく。
「ふぅ……。魔物が無駄に思考して妾の言うことを聞かぬなら、全て殺してしまえば良いのじゃ。魔物共、改め妾の傀儡よ、奴の攻撃から妾を守れ。」
肌が焼け落ち、醜い姿となった魔物達。
それらは全てテネトの元へ集まっていき、肉壁を成していく。
敢えて配下の魔物を全て殺すことで、【死霊】で操れるようにする。
テネトの凶行に、ロッツは怒りを感じていた。
「貴様は……魔族の王ではないのか。配下をそのように扱うなど……!」
「皆の模範となり民を導く。そんな王は人間が描く幻想じゃ。ただ全てを力でねじ伏せ、屍の上に君臨する。それが魔の王じゃよ。」
テネトが不敵に笑い、ロッツが唇を噛み締める。
「さて、仕切り直しと行こうかの。」
当代魔王。
その余裕ある表情に、殺意がほとばしる。
「ほれほれ、どうしたどうした。先ほどまでの威勢はどこへ行ったんじゃぁ?」
ロッツとセドナは、苦戦を強いられていた。
【疾風】や【透明】を使っても屍の肉壁に防がれ、【幻覚】は意味を為さない。
攻撃が失敗すればテネトは必ず隙をついてくる。
そこに関してはセドナが岩石弾でカバーをしてくれているためさほど問題はないが……。
完全なるジリ貧状態。
それが今の戦況である。
「そもそも、世界最強に近い六人が集まって倒した相手に二人で挑もうというのが間違っておる!まして妾は今己の意思で戦っているのじゃ!グレコも愚かなものじゃのう!」
テネトが両手で炎を放ちつつ、そう叫び回る。
こいつの言う通り、ロッツは明らかな戦力不足を感じていた。
【生存】【疾風】【咆哮】【幻覚】【直感】【視野】。
その他諸々大量のスキルを持ってはいるものの、ロッツは結局一人でしかない。
無限に魔物を操るテネトと対峙する上では、圧倒的に手数が足りていないのだ。
「ロッツは下がって、私が殺す。」
疲労し始めたロッツを見かね、セドナが前にでる。
【放出】は遠距離攻撃であるが故に支援役に回りがちだが、何も戦えない訳ではない。
セドナは右手で近くの木に手を触れ、草木の弾丸を放ち始めた。
「今度はお主か?炎を使っておる相手に草木を放つなど、愚かにも程があるぞ!」
「愚かなのはそっち。私は、全部を奪い取る。」
テネトの炎によって燃え盛る草木の弾丸。
セドナはそれに触れ、再び弾丸として射出した。
かなりの至近距離、加えてテネト自身の火炎によって威力を増したその弾丸は肉壁を焼き払い。
暫くぶりにテネトの体が露呈した。
「王なんて関係ない。私が従うのは、グレコだけ。」
魔王とは思えない柔らかな肌。
テネトの肩に手を触れ、セドナは【放出】を発動する。
歪な音ともにテネトの右腕は形を変え、そこにできたのは正真正銘の肉塊だった。
「くっ……人の体を弾丸にするなど……!流石はあの鬼畜の操り人形ということか……。」
引きちぎれる、と言うよりねじ切られた右肩。
テネトは流れる血を抑えつつ、息を荒げる。
長い戦いの中で初めて加えることが出来た有効打。
セドナ達からすれば歓喜の一撃は、テネトの本気を引き出すには十分だった。
「厄介な小娘め……。よかろう、妾がそなたに真実というものを教えてやる。」
移動系の魔法。
テネトは【疾風】にも並ぶ速度でセドナに近づき、頭を掴む。
そのまま首でも捩じ切るのか。
ロッツがそんな想像に至った時、耳に聞こえてきたのはセドナの悲鳴ではなかった。
「妾も一度洗脳をかけられておったのじゃ。解き方ぐらい、編み出しておる。」
「離せ……!」
「そう暴れるな小娘よ。よいか、其方はおもちゃではない。いい加減に、目を覚ませ。」
まるで母が娘に語りかけるような。
そんな優しい声がセドナの鼓膜を支配する。
緩やかな時間と静かな世界。
セドナの細い目は、自然に覚醒していった。
支配からの解放。
彼女の目に灯った生気は、それを意味していた。
「ふむ、セドナだったか。妾の問いに答えてみよ。お主が憎むべきは、どこのどいつじゃ?」
「……グレコ。あたしの家族を傷つけて……酷い目に合わせた男……。お父さん、皆……。」
涙が溢れ、セドナは膝を突く。
長い長い支配は終わりを告げ、少女は全てを思い出してしまった。




