66.凶行的強化
「なっ、なんなんだこいつ!本気で気が狂ってるのか!!」
切り落とされた右手を押さえつつ、グレコは叫ぶ。
かつて左手を失った際は、事前に痛み止めを飲んでいたし凄まじい激痛も覚悟していた。
しかし、今回に関しては完全なる不意打ちである。
一切思いも寄らないタイミングで失われた右手。
その激痛は、グレコの目を潤ませるのに十分だった。
「はっはっは!力が欲しいんだろう?それならこれが一番の近道さ!僕の作った魔導義肢を信頼してくれたまえ!」
「うるせぇ!近寄るなこのイカれ野郎!おいアイラ!治癒魔法!治癒魔法をかけてくれ!」
グレコに近づき傷口を撫でようとしてくるオリッツ。
その手を必死で払いのけつつ、アイラに助けを求める。
その凶行に驚いていたアイラもそこでやっと冷静さを取り戻したようで、すぐに右腕へ魔法をかけてくれた。
「やっぱりこうなったか……。薄々こうなると思ってはいたが。」
「オリッツ!てめぇ知ってたなら何故はっきり言わなかった!」
「あくまで推察の話だったんだ仕方ないだろう。それにこうは言ったはずだ。覚悟しておけ、とな。」
確かに言われていた。
『アイラ様は大丈夫だろうが、覚悟しておけ。』
その言葉を聞いた時は多少無礼なことをされるぐらいのことしか想像していなかった。
アイラだけ別にしたのも、頭がおかしくなったオリッツであっても元王女にはふざけた真似をしない。
そういうことだと思っていたのだが。
実際は違った。
警戒すべきは無礼な発言ではなく、他人の腕を切り落として義手をつけようとする蛮行。
アイラを別にしたのは、身分がどうという話ではなく、単にアイラには対抗手段があるから。
基本的な無力な一般人でしかないグレコには、常人のナイフであっても避けることが出来ない。
「流石に私も驚いたわね……。オリッツと言えばサイラス三羽烏でも一番人畜無害だったはずなのに。」
「俺も長いことそう思っていたがな……。真面目な奴ほどおかしくなりやすいってのはどうやら本当らしい。」
グレコの止血を終え、アイラがオリッツの身柄を拘束する。
右腕を一本奪っておきながら、犯人の目は未だ血走ったまま。
この男を放置しておけば、ここにいる全員の四肢が奪われかねない。
至極当然の判断だ。
「くそっ……治癒魔法も所詮止血程度か……。切断面も汚ないし痛みが引くのすら当分かかりそうだな。」
「これまでどれだけの人や魔物がグレコを殺そうとしたかわからないけど、こんな反撃に成功したのはオリッツが初めてじゃない?」
確かに、アイラの言う通りである。
魔王討伐までの道中や、勇者パーティへの復讐の過程。
大なり小なり傷は負ってきたが、今回は一段と大きな傷だ。
これと同レベルの傷となると左腕を失った時が思いつくが、あれはあくまでも作戦のうちだ。
辺りを【掌握】で索敵し、己への攻撃をコルワで防いできたグレコにとって、初の生傷である。
「おいオリッツ。俺の大事な右腕をぶった切ったんだ。お前の用意してる義手ってのはよっぽど俺のとって有効な武器になるんだろうな。」
「勿論だともグレコ君!」
縄で縛られたオリッツの顎を掴み、グレコは脅迫する。
腕の痛みで忘れかけていたが、オリッツは魔導義肢を用意している。
この激痛に見合う魔導義肢であれば、多少なりとも許すことができるはずだ。
費用対効果を手にするべく、オリッツの首を締め上げていく。
「いたた……。そう怒らないでくれたまえよ。取り敢えずそこに寝転がっておくれ。」
これ以上縛り上げていても仕方がない。
この男を生かすか殺すかを決めるのは義手の性能を見てからだ。
浮き上がったオリッツの体を地面に叩きつけ、グレコは近くのベッドに寝転がる。
「左腕の調子はどうだい?あの手術をしたのは僕じゃなかったけれど、いい出来だっただろう。」
「中々だな。機能もそうだが体によく馴染む。」
「そうだろうそうだろう。君が望むと言うなら足や腰も変えれるよ?脳みそさえ残っていれば、人は人足り得るからね。」
手術を受けながら、グレコは横に立つ男へ目を向ける。
オリッツが製作しているのは何も義手だけではない。
傍に立つロッツのように、腕から足、腰から尻に至るまでほぼ全ての器官を人工で作り上げている。
単純な肉体強化を考えれば全身改造というのも一考の余地があるが、残念ながらお断りだ。
ロッツをみれば分かるように、魔導義肢は他人の体を移植する関係上、肉体がかなり歪な見た目になる。
しかし、グレコはスキルの関係上できる限り一般人のような見た目でいたいのだ。
確かに見た目が歪であれば相手に恐怖感を抱かせることが出来るだろうが、見た目程度で威圧できない手合いというのは案外多い。
普段から戦闘を行っている相手に畏怖を抱かせるには、見かけだけではなく確固たる作戦が必要だ。
そのためには、普通の人間を装っていた方が都合がいい。
「それが俺の右腕になるのか……。随分と、立派なもんだな。」
「ラストアって騎士団にいたあの大男よね。あの太い腕がグレコに付くと思うと……ちょっと面白いわね。」
グレコの細い体を眺めつつ、アイラが笑う。
グレコ自身も相当に不快な気持ちを感じているが、何よりも今怒り狂っているのは死後の世界にいるであろうラストアに違いない。
手を下したのこそグレコではないが、奴が死んだのはグレコの作戦によるものだ。
そうして命を落としたというのに、あろうことかグレコ自身にその体を利用されている。
「流れで移植されてるが……カッシルを連れてこなくて正解だったな。あいつがこの場にいたら大変なことになってるぞ。」
「まぁ彼女を騎士団長まで育てあげたのはラストアと言っても過言じゃないからね。けどカッシルがいればグレコが右腕を切り落とされることもなかったでしょうから。どっちがいいかって話ね。」
十七歳で騎士団長まで登り詰めたカッシル。
彼女には親も居なければ信頼できる身内もいない。
そんな彼女に剣術を教えたのは他でもない、ラストアだ。
騎士団内では団長とその部下という立場を貫いていたが、あの二人の間には家族のような情が存在しているはずだ。
次カッシルに会うことがあれば、グレコが再び殴れることはまず間違い無いだろう。
「よし!装着完了したよ!どうだい?動かしてごらんグレコ君!」
オリッツがそう声をかけ、グレコは新たな右腕を動かす。
明らかに存在する違和感。
肩から腕にかけて太さが何割か増しになっている辺り、どこからどうみてもこれは他人の腕だ。
「これは……スキルはどうなってるんだ。俺の【掌握】は使えるままなんだろうな。」
「勿論さ!そうだ、実際に使ってくるといいよ!例の実験施設を貸してあげるからさ!オープン!」
掛け声と共に部屋の片隅の扉が開く。
かつてコルワと共に魔導兵の実験をした場所。
グレコは再びそこへと歩き始める。
「相手は私がしてあげるわ。魔導兵と違って私は手加減が出来るから。」
「手負いでもお前程度には殺されないがな。」
軽口を叩きつつ、アイラとグレコは階下に降りる。
相手がアイラとなるとこちらも本腰を入れなくてはならない。
グレコは新しくなった右手に力を入れ、アイラと向き合った。
「殺し合いとなると歯止めが効かなくなるし、そっちが私に触れたら勝ちって事でいいわよ。【掌握】を持ってるあんたにとって相手に触れるのはほぼ勝ちに等しい事でしょ。触れたか触れてないかの判断は……そうね、私の身長でも叫びなさい。」
「了解だ。俺の方の敗北条件は、そうだな。俺の足元を氷魔法で固めろ。」
グレコは左手を前に出し、指を飛ばし始める。
アイラに手を触れて【掌握】を発動させる。
それが勝利条件であるならば、左手の力で十分だ。
右手の方は問題なく動くことさえ確認できればそれでいい。
「こんな小細工が通用すると思ったら!大間違いよ!」
飛んでくる指をアイラが一瞬で焼却し、続け様に氷魔法を放ってくる。
その素早い攻撃を即座に回避し、グレコは指を飛ばし続ける。
回避の際に右腕で体を押し上げてみたが違和感はない。
それどころか、グレコは一つの力に気付いていた。
「聞こえてないだろうが、オリッツ!どうやらお前のことは許してあげられそうだ!」
そう叫びながら、グレコはアイラの周りを走り回る。
足元を凍らせる。
そういう勝利条件で戦っている以上、アイラはこちらにしっかりと狙いを定めなくてはならない。
こうやって走り回れば、いつかきっと痺れを切らす。
「あぁもうめんどくさいわねぇ!さっさと固まりなさい!」
いつも通り短気なアイラがこちらと距離を詰めてくる。
ちまちまと遠距離で魔法を打つから当たらない。
そう判断したのだろうが、グレコはこのタイミングを待っていた。
「解除。」
そう短く呟き、グレコの頭に大量の情報が流れ込んでくる。
「156cm。どうだ、必要なら体重も言ってやるぞ。」
「え、何!?私触られてないわよ!?」
アイラが驚き、攻撃の手を止める。
確かにグレコはアイラに一切触れていない。
飛ばした指が当たったわけでも無い。
だが、【掌握】を発動できたのだ。
「俺のこの右腕はラストアのものだ。つまり、俺は【掌握】の他にラストアのスキルも使えるようになった。」
「ラストアのスキルって……【固定】だったかしら。」
「あぁ。俺は自分が触れた所や飛ばした指に、【掌握】の効果を残すことができるようになった。これは、かなりのパワーアップだぞ。」
思いがけない力の強化。
グレコはそれを実感し、笑い声を上げた。




