65.再来の王女と気狂いの研究者
「ということで、お前らにも協力して貰うぞ。」
古びた砦。
その地下深くに存在する一つの牢獄。
アイラがいた場所とは違い、厳重な警備体制が敷かれたその場所で、女王と王女は幽閉されていた。
「色々と突っ込みたいところはあるけれど……。傍にいる二人を見ると信じるしかなさそうだねぇ。」
「ええ、お母様。私達も色々と考えたけれど、グレコが言っていることは全て真実。今はこいつと手を組むのが最善策だと思うわ。」
「私からも保証させていただきます。フーネ様の御身をお守りするには、この男と手を組む他ないかと。」
横に立っていたアイラとロッツの援護が入り、フーネの警戒が緩くなる。
警備が厳重な分、アイラほど過酷な環境下ではないようだが、一国の王ともあろうものが牢に入れられていたのだ。
急に魔王や勇者の話を聞かされても、全てが疑わしく聞こえてくるのだろう。
牢の中に入り、二人につけられた手枷を外していると、ダンマリだった王女が話し始める。
「それならグレコさんにも印を描かせてくれないかな……。そうでもしないと……。」
お前を信じることは出来ない。
そう続きそうな口調でライラが話す。
確かにライラの占星術を施しておけば、グレコの監視は容易だ。
これまでのように裏で手を回すことも出来なくなるし、全てがライラに筒抜けになる。
最も今回はそんなことをするつもりがないが。
「描いてみるのは構わないが、多分意味がないぞ。俺の体は他人から干渉されないんだ。」
「それよそれ、コルワはともかく何であんたもライラの占星術を無効化できるのよ。あんたのスキルじゃそんなこと出来ないでしょ?」
「俺に聞かれてもわからん。昔からそう、ただそれだけだ。」
グレコは肩を見せつけつつ、そう話す。
占星術を無効化できる理由がわからない。
そこに関しては嘘をついていない。
だが、検討はついている。
かつてテネトと結んだ契約。
関係性があるとすればあれだろう。
ただの索敵能力でしかなかった【掌握】を、他人を操る力へと進化させる。
その代償として記憶と意識を奪われ、テネトの傀儡となる。
結果として代償の部分は阻止できたが、完全に阻止出来たわけではない。
あの契約以降、グレコの体は他人からの干渉を排除するようになっている。
「占星術が意味がないというなら、俺がグレコの横に居続けましょう。フーネ様、それでもよろしいですか。」
「うーんまぁ許してあげようじゃないか。国内にいた脅威が国外にいた脅威を倒しにいってくれるんだろう?それならロッツが私を守る必要も無さそうだからね。」
ロッツに肩を掴まれ、グレコに脅迫の視線が向けられる。
確かにサイラス国内に存在した敵は今回どちらかの陣営に集まっているわけで。
フーネを命懸けで守らずとも、彼女に危険が及ぶことはないだろう。
「で、戦力も揃った所でどうやってランベリーを倒すのよ。何かしら考えはあるんでしょうね。」
「勿論だ、と言いたい所だがまずは場所を変えよう。こんな薄汚い所で話し合いをする必要はないだろう。」
グレコの提案に従い、五人は地下牢を後にする。
こちら側に残っている戦力はあらかた味方につけた。
後はそのうまい使い方を考えるだけである。
「まず今回の戦いで動かせる駒を並べる所からだ。俺、ロッツ、アイラ、ライラの四人、ついでにセドナ。ここら辺は確定として他に思いつくものはあるか。」
かつてランベリーから逃れるために身を隠していた小屋。
五人はそこへ場所を移し、話し合いを始めていた。
脱獄したとはいえ、この五人はカッシル以外全員お尋ねもの。
迂闊に街を歩くことすら出来ない以上、日陰で活動する他選択肢は存在しない。
「私は今国家のトップにされているが、フーネ様がいらっしゃるのであればこの立場はお譲りするつもりだ。勿論名義上は私のままだが、実権はフーネ様に担っていただこうと思う。」
「ということはカッシルも参加だな。【障壁】があるのは心強い。」
「私が政治を動かすからにはこの荒れた情勢もすぐに元に戻る。カッシルちゃんの配下にいる騎士団は勿論、国家が運営してた機関も再び動かせるはずさ。」
元女王がそう語り、胸を張る。
国家が運営していた機関。
その言葉を聞いた瞬間、グレコの頭に三つの顔が浮かぶ。
サイラス三羽烏。
といっても一人は処刑されたが、あの三つの機関が仲間になるとなれば相当に心強い。
「相手は魔王だ。大量の魔物を相手にするのにオリッツの魔導兵は有効だろうが……。そもそもあいつは最近生きてるのか。」
「勿論元気に生活していらっしゃる。俺の体もオリッツ殿に直して頂いた。」
「じゃあまずはあいつに会いにいく所からだな。今は使えるものは全部使いたい。」
勢いよく立ち上がり、グレコは狭い家を出る。
戦争までの期間はまだ一ヶ月。
準備を怠ってはいけない。
「私とカッシルちゃんは国政をどうにかしてくるから。そっちは任せたわよ、我が娘達。」
「はいはい、分かってるわよお母様。この男の手綱はしっかりと握っておくわ。」
部屋にいた他の人間達もそれぞれの活動を始め、部屋の中に空間が生まれていく。
この戦争においては、これまでのグレコの戦いとは大きく違うところが一つある。
それは各々の意思。
全ての人間はグレコの掌の上で転がるのではなく、己の意思で最善の行動を取っていくのだ。
悪に染まったランベリーを倒すには、それが重要である。
「ここに来るのも久々だな……。」
サイラス中心部に聳える大きな建物。
一見すると図書館のような平々凡々とした見た目の巨大施設。
この国の文明と軍事を担い、グレコからすればかつての職場でもある場所。
そこの門をゆっくりと開き、グレコ、アイラ、ロッツの三人は中へと入っていく。
「うわぁ……城や砦もそうだったけれどここはここで酷い有り様ね。人っ子一人居ないじゃない。」
「ここの労働者は皆優秀ですから。今は研究を止めて国政の方に力を貸しているそうですよ。」
閑散としたサイラス魔導研究所を歩きつつ、王女と側近が言葉を交わす。
確かにグレコがここで働いていた頃、周りの労働者は皆優秀だった。
戦闘力的には蟻んこに等しかったため一切警戒はしていなかったが、あの頭脳は市民政府にとって大きな戦力であろう。
所々に張られている蜘蛛の巣を払いつつ奥に進むと、見慣れた部屋に辿り着く。
「門を開く前に言っておくが、オリッツ殿が元気なのは体だけだ。アイラ様は大丈夫だろうが……お前は覚悟しておいたほうがいい。」
グレコにだけ聞こえる大きさで、ロッツがそっと呟く。
言っている意味はよくわからないが、とにかく今はオリッツに会う所からだ。
扉をゆっくりと開き、中に居るであろう男を探す。
「オリッツー?いるなら出てきてちょうだい!私よ!アイラ!」
アイラがそう叫び、広い部屋の中に声が反響する。
相変わらず壁に立ち並ぶ魔導兵。
そのいずれも綺麗に掃除されている辺り、間違いなくどこかにはいるのだろうが。
人の気配すらしない部屋の中をグレコ達は散策していく。
その最中、突如として大きな音と共に何かがグレコに向かって突撃してきた。
「久しぶりだねぇ〜!!!グレコ君!!!」
一人の老紳士がグレコの腹部に抱きつき、細い体が壁に叩きつけられる。
加齢臭を香水で誤魔化したようなこの匂い。
オリッツ・カイド。
かつての上司であるはずのその男は、明らかに血走った目をしていた。
「聞いているよグレコ君の蛮行は!僕ら全てを裏切って国を崩壊させたんだろう!?最高じゃないか!」
とんでもない勢いで舌を回すオリッツ。
元はかなり落ち着いた人物だったはずだが、このテンションは一体何だ。
グレコは事情を知っていそうなロッツに視線を向け、説明を求める。
「オリッツ殿は色々と壊れてしまったのだ……。ある程度仕方ないものだと思って受け入れろ。」
ロッツにそう告げられ、グレコは頭を巡らせる。
信頼しているとは言えずとも長い間国家を繁栄させるため、共に努力してきた男がクーデターを起こし。
ある程度大事に育ててきた部下であるグレコとコルワに裏切られ。
愛すべき国家も女王も失った男。
考えてみれば、精神の一つや二つ崩壊してもおかしくはないだろう。
元から精神力の高いアイラやフーネなどとは違い、オリッツは極めて一般人だ。
「久々だなオリッツ。確かに俺は一度お前を裏切ったが、今回はお前の仲間だ。裏切るつもりも毛頭ない。どうだ、俺に魔導兵を貸してくれないか。」
「いいさいいさ魔導兵でも何でも貸してあげるよ!僕はいつだって、強さを求める者の味方だからね!」
テンションが高いのはまぁいいとしても、話し方がどことなくコルワに似ていることだけが非常に不快。
理解の早さにしても明らかに正常な人間の範疇を悠に超えている。
そう思った所で、目の前の男が一つの提案を持ちかけてきた。
「そうだ、強くなりたいならいい物がある。君は左手を僕作の魔導義手に変えたみたいだけれど……右手も変える気はないかい?」
「右手も……?何だ、俺が右手を捨てるのにふさわしいような義手が完成したのか。」
「あぁ、勿論だとも!これを見たまえ!」
狂気のマッドサイエンティストと化したオリッツが一つの腕を高く掲げる。
魔導義肢特有の歪な形。
筋骨隆々としてその右腕にグレコは見覚えがなかったが、横の二人は少し違うようであった。
「その腕の傷……。もしかしてそれって……。」
「あぁ!サイラス騎士団治安維持隊隊長!ラストア・フーウェン!君には!彼の右腕を移植させて貰う!」
オリッツがそう叫び、グレコの右腕が躊躇なく切り落とされた。




