64.憎しみを込めた同盟
「また東の方で暴動が起き始めてる!さっさと鎮圧しよう!」
城の中を慌ただしく駆け巡る兵士。
背中に背負った紋章からしてサイラス騎士団の人間だろうが、その身なりは酷い物だ。
髪の毛には白いフケが乗り、すれ違うだけで鼻を裂くような悪臭が立ち込める。
恐らく、というかほぼ確実に長い間風呂に入っていない。
「国内の崩れ具合からしてサボってるのかと思ったが……こいつらなりに働いてはいるんだな。」
「当然よ。剣しか握っていなかった人達が急にペンを握って政治を担わされてるんだもの。昼夜を問わず働いいてるも時間が足りないだけよ。」
革命によって、フーネを筆頭とした王家に対する市民の反感は爆発した。
しかし、逆に評価が鰻登りになった組織もある。
それが、サイラス騎士団だ。
魔物に蹂躙される市民達を命懸けで守り抜き、被害を最小限に抑えた騎士団の姿は、民にとってさぞ魅力的に映ったのだろう。
手を差し伸べないどころか自分達を間接的に殺そうとした王家とは違う。
この組織になら政治を任せてもいい。
そう思えるほどに。
「市民政府と言いながらほとんどは騎士団連中が管理してる訳だしな。全くどこまでいっても一般市民ってのは他人任せだ。」
「仕方ないわ。彼らは生きることに必死なのよ。私達のように魔物への対抗手段を持っている訳でもない。民からすれば、明日のご飯を手に入れるのに必死で、国政なんて馬鹿げたことやってられないわ。」
隣を歩くアイラが唇を噛み締める。
グレコ達は地下牢を抜け、城の中を堂々と歩いていた。
勿論元の姿のままではない。
アイラ秘伝の変異魔法によって、その姿は全くの別人へと変化していた。
「にしても姿が変わっているとはいえ、本当に全くバレないわね……。城の中に知らない人がいる!とか思わないのかしら。それぐらいの秩序は早く取り戻して貰わないと……。まずは個人の管理から始めなきゃ。」
「おい、政治を始めようとするな。お前がやるべきはこの国の政治を正すことじゃない。悪虐非道の勇者と魔王を倒すことだろうが。」
「わ、分かってるわよ!私だってそれは分かってるけど……。一国の王女として混乱した国を見過ごせないのよ。」
「元、だろ。ちゃんと立場を弁えろ。」
軽く言い合いながら階段を登り、グレコ達は一つの扉の前に到達する。
この城でボディーガードをしていた頃、毎日のように訪れていた部屋。
サイラス王国、もといサイラス国の政治の中心地。
その扉を開き、グレコ達は中に入っていく。
「戸籍管理に財政処理……奈落もどうにかしなくちゃ……。あぁもう……。これを全部やってたフーネ様って何者なの!」
広い部屋の最奥に、目的の少女は座っていた。
大量の書類を捲りながら、普段のキビキビした口調とは違う子供っぽい話し方で文句を垂れるカッシル。
その姿を見ながら少しの微笑みを浮かべつつ、アイラは己の変異魔法を解除する。
「よく頑張ってるじゃないカッシル。あなたに政治は難しいでしょう?」
「え、誰?ってアイラ様!?何故こんなところに!」
「こいつに救われたのよ、幸か不幸かね。」
アイラがそう言ってグレコを指差す。
いつのまにかグレコにかけられた変異魔法も解除されており、グレコは口を開いた。
「どうみても幸の方だろ。俺が救いに来なかったらどうなってたことか。想像してみろ。」
「グレコ……!」
現れた素顔を確認し、カッシルが走り出す。
そのまま流れるようにグレコの頬を殴り、広い部屋の中に鈍い音が響く。
当然だ。
カッシル・ハルトマンという女は永遠にグレコから利用され続けている。
こと今回に至っては、民を守る気持ちを利用され冠までかぶらされてしまった。
怒りのままにグレコを殴り続けるカッシル。
しばらくするとその動きをアイラが制止し始めた。
「そこら辺にしときなさい。私達はそいつらを殺してる場合じゃないのよ。」
流石にアイラに言われるとカッシルも手が出ないらしく、ようやくグレコが解放される。
あれほど殴られたというのに、血の一つも出ていない。
やはりカッシルは無力な少女だ。
守ることしか出来ず、相手を傷つける手段を持っていない。
「まずはそこに座りなさい。あなたに話を理解して貰うには、かなり時間が必要だわ。」
そう言ってカッシルが椅子に座り、アイラの話を聞き始める。
この王女はランベリー達三人を全員知っているため話が早かったが、カッシルとなると話は別だ。
アイラによる長い説明が始まり、カッシルの顔が怒りから驚きへと変化していった。
「勇者殿が……先代魔王と当代魔王と手を組んで……?しかも先代魔王の正体がコルワ?一体、どういうことやら……。」
カッシルが小さい体を丸めさせ、頭を抱える。
横で静かに聞いていたグレコからしても、話は意味不明だ。
この情報量を一度聞いただけで処理できる人間は、この世にそうはいないだろう。
しかしこの少女は頭が良かったらしく、途端に本質を突き始めた。
「つまり悪いのは全てグレコではないですか……?勇者殿はこいつを憎んで暴走したのですよね?ならまずはグレコを殺して首を差し出し、勇者殿を落ち着かせた上で魔王討伐に協力して頂けばいいのでは。」
「なっ、確かにそれはそうね……。私とカッシルが居ればグレコぐらい殺せるし……。全てを丸く収めるにはその方がいいのかも。」
アイラの方も事の本質に気づいたようで、ジリジリとグレコへの距離を詰めてくる。
確かに、彼女達の言っていることは合っている。
グレコを殺してその首を差し出せばランベリーは落ち着くだろうし、その後魔王二人が暴れ続けてもランベリーが居れば容易に殺せるはずだろう。
だがしかし、ここで殺されるわけにはいかない。
「お前らは知らないだろうがな、ランベリーはテネトと契約を結んでいる。」
「契約?」
「あぁ魔族の能力の一つでな。人間側に何かしらの要求を飲ませ、その引き換えとして相手のスキルを強化するんだ。それを結んでる以上、俺を殺した程度じゃランベリーは仲間にならない。」
どっしりと構えながら、グレコは言葉を紡ぐ。
虚構と真実を混ぜ合わせながら、話を自分にとって都合がいい方向へ持っていく。
【掌握】を使わずともこれができるのが、グレコの強みである。
「その証拠にランベリーは複数のものを同時に【無視】出来るようになっていた。アイラは獄中だったから知らないだろうが、カッシルは情報が入ってきてるだろ。町外れに出来た荒地。あれはランベリーの仕業だ。」
「確かに話は聞いているが……。あれが勇者殿の仕業という証拠はないだろう。」
「その話なら俺が証言出来ますよ。団長にアイラ様。」
相も変わらずグレコの旗色が悪いのを察してか、一人の男が手を差し伸べてくる。
入り口から静かに現れた褐色肌の男。
その歪な体は、ここにいる誰もが知るところだった。
「ロッツ!?あなた……生きていたの!?」
「元々俺は体の殆どが作り物です。真っ二つになった所で死ぬ人間ではありません。」
ロッツが服を捲り、鍛え上げられた腹を見せつけてくる。
そこに存在する巨大な傷跡。
確かに普通の人間なら死ぬ傷であろうが、改造人間には大したことがないものなのだろう。
「こいつの言う通り、勇者ランベリーは突如街に現れ俺を殺して去っていきました。一瞬の事だったので詳しいことは分かりませんが、間違いなく元のランベリーとは比べものにならない強さだったように思います。」
思いがけない所からの支援により、アイラとカッシルの目から疑念が消えていく。
存在自体が怪しいグレコとは違い、ロッツは忠誠心の塊。
この男が言う事であれば、真実なのだと思って貰える。
「これで分かって貰えたか?魔族と契約したランベリーに対して甘い考えは通用しない。俺と手を組んであいつをぶっ殺すしか、お前らに手段はない。それに何より、俺に手を出したら酷い目に遭うことぐらいお前らなら分かってるだろ?」
軽く笑みを浮かべながらグレコはそう話す。
部屋の中に異様な空気が満ち、沈黙が流れ始める。
次に響いたのは、ロッツがグレコを殴る音だった。
「俺も貴様に言いたいことは山ほどある。だが魔王を討伐しないことにはフーネ様に危険が及び続ける。それもまた事実だ。だからグレコ、俺はこの一発で怒りを収めてやる。」
「それはそれはありがたい話だ。お前らもそれでいいか?」
口から垂れる血液を拭いつつ、グレコは奥で思案している二人に話を向ける。
ロッツは相当に御しやすい人間だ。
この男はフーネの幸せしか考えていない。
フーネを守ることに繋がるとなれば、魔王討伐でも何でもやってのける。
「はぁ……。まぁいいわ。改めてグレコに協力してあげる。ランベリーの現状に関する情報が少ない以上、カッシルの話は仮説に過ぎないみたいだしね。今一番平和にたどり着く可能性が高いのは、あんたと手を組むことだわ。」
「でしたら私も協力します。今はこんな立場に収まっていますが、私はアイラ様の判断を全面的に信頼していますから。」
残りの二人も首を縦に振る。
元王女、騎士団長、改造人間、そして復讐者。
こちらの陣営でも一風変わった同盟が結成され、打倒勇者に向けて動き始めたのであった。




