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60.英雄の墓場

「ふんふんふ〜ん♪」


目の前を歩くコルワ。

その見た目は先日までとは大きく違っていた。

髪の長さや、服装の雰囲気という変化させやすい部分は勿論。

その顔すらも、全くの別人である。


「声は変わっていないんだ。下手に叫ぶなよ。」

「おーけーおーけー!勿論それぐらい分かってるよ!文字通り化けの皮が剥がれないようにしなきゃね!」


コルワが振り返り、自分の目元の皮を少し剥ぐ。

この魔王は今、人間の皮をかぶっている。

元より見た目は人間と全く同じだが、コルワの顔はサイラス全体に割れている。

それも相当悪い意味で。


そんなコルワが民衆にバレずサイラスを歩くため、ランベリーは一つの仕掛けを施した。

死んだ人間の皮を剥ぎ、マスクとしてコルワに被せる。

本来であればそれほど精巧なデスマスクなど製作不可能だが、人智を超えた力を持つ魔族の協力を得れば、意外なほど簡単に実現できた。


「にしても変わっちゃったねぇこの辺りも。ここらは王国が管理する庭園があったはずだけれど。」

「当然だろ。この国はお前とグレコによって消滅したんだ。この国の王政は終わった。市民が管理する国に庭園なんて必要はない。」


眼前に広がるゴミ捨て場。

街のど真ん中にこんなものがあるなど、以前の美しいサイラスの街並みであれば考えられない話である。

しかし、ここ数週間の間でサイラスはそれほどの変化を遂げた。


「これそこのお二人さん……。金を……恵んでくれやしなかい……。」

「くっ……。おい、財布をくれ。」


乞食に声をかけられ、ランベリーはコルワから財布を奪う。


グレコの策によって王家が崩壊したサイラス王国、もといサイラス国は秩序ごと破壊。

コルワが集めた魔物によって家族を失った人々が、街に乞食として溢れかえり、街は薄汚れてしまった。

これまでにも魔族の襲撃を受けた際には、似たような状況に陥ることがあったが、今回は違う。

困窮する人々に手を差し伸べる王家は存在せず、新たに樹立した市民政府にもそんな余裕はない。


そんな荒れ果てた国で、ランベリー達は一つの死体を探していた。


「ここが奈落の入り口か……。相変わらず汚い階段だな。」

「まぁまぁそんなこと言わずにさ。意外と楽しい所だったよ?住めば都ってやつだね。」


コルワがそう言って階段を降りていく。

一度ナラクとして正式な街と認められたこの場所は、今回のいざこざで再び非公認地帯へと成り代わった。

といっても政府が見捨てたわけではなく、奈落の住民達による自発的な離脱である。

政府としての役割を果たしていない組織に依存し続けるほど、奈落に住む人々の精神は弱くない。


「で、どこにあるんだお前らの闘技場は。」

「この長い通路をまっすぐ行って奈落に出るでしょ?そしたらすぐ見えてくると思うよ!」


グレコを倒すに当たり、ランベリーが持っている手札は三つ。


【無視】【死霊】【不死】


このスキル達の中で最も汎用性が高いもの。

それは間違いなく、【死霊】である。


「ここら辺にも死体は転がってるけど、これを持って帰っても仕方ないよねぇ。」

「そうだな。一人二人ならともかく、大量の死体を担いで帰れば怪しまれる。」


辺りに転がる死体。

その格好からして、バルトラとサイラス騎士団の戦闘の残り香だろう。

ランベリーが騎士団の詰所でコルワと対面して以降、この国では様々な事件が起きている。

概ねはコルワから聞いているが、こうして生で見てみると何とも歯痒い気持ちだ。

ここに転がる死体も全て、グレコさえいなければ積みあがらなかったものである。


「そういえばバルトラのヴィトとダードとかいう奴の死体はどこにあるんだ。」

「お城か魔導研究所にあると思うけど……。使い道はないと思うなぁ。ダードのおじいちゃんはスキルを持ってないただの人間だから、操ったところで役に立たないし。ヴィトのおじさんは腕をロッツに取られてるからねぇ。」


今回奈落に来た目的。

それは優秀な戦闘力となり得る死体の確保である。

テネトの【死霊】を使えば、どんな死体であろうと自由自在に動かすことができる。

自動操作で複数個体を適当に動かすか、テネトによる操作で単体を細かく動かすか。

どちらかの用法で、使い道のある死体。

その最大候補に向けて、二人は歩を進めていく。


「さっ、つきましたよーっと!う〜んこの汚い空気!中々気持ちがいいね!」

「おいてめぇら!余所者が入ってきてんじゃねぇよ!」


地下通路を抜け、薄暗い奈落に出た瞬間。

ランベリーの前に三人の男が立ちはだかる。

現状の奈落は住民達による集団統治が行われている。

そこに土足で踏み入ろうとするものがいれば、排除されるのが当然だ。

素性を明かすわけにもいかず、ランベリーが力ずくで門番を払い除けようとした時。

三人組の一人が鼻をひくつかせる。


「この芳しい匂い……。もしかしてお前コルワの姐さんの知り合いか?」

「え?あぁ、そうそう!僕、いや私達はコルワのお友達です!」


奈落に長い間住んでいたコルワだ。

知り合いがいてもおかしくはないと思っていたが、門番がそれとは何とも都合がいい。

当のコルワは知り合いだと気づいていなかったらしいが、まぁそれはそれだ。

最早隠す気があるのかすら怪しいコルワに話を合わせ、ランベリーは男達に話しかける。


「俺達はコルワに頼まれて物を取りに来たんだ。闘技場まで行きたいんだが、通してくれるか。」

「あの方の知り合いなら大歓迎だぁ!」

「あぁ!ただ、今の奈落は少し荒れてる。くれぐれも目立つことすんなよ!」


門番達に背中を押され、ランベリーは奈落に足を踏み入れる。

コルワのいう通り、適当に辺りを見渡しただけで目に入ってくる大きな建物。

あれがグレコの最初の根城。

賭場であり闘技場。


そして、ベリオットの死に場所である。




「これは……酷い有様だな……。」


賭場の中にある闘技場。

そしてその地下にある古びた牢屋。

その中に、目的の死体は転がっていた。


「まぁグレコが『死体は放置しておけ、その方が惨めだ。』とか言ってたからねぇ。」

「あいつにとってベリオットは仲間でもあり師匠のはずだろ。よくもまぁ……。」


朽ちた左手を掴み、ランベリーは力を込める。

最早肉と呼べる部位は残っておらず、かろうじて残った骨すらも所々欠けている。


かつて勇者パーティの精神的支柱として働いていたあの騎士は、殺されたのだ。


その事実を今更ながら噛み締め、ランベリーの頭に憎悪が溜まっていく。


「この死体でも動かせるのかなぁ?僕綺麗好きだから触りたくもないんだけど。」

「ある程度パーツが揃ってれば状態は関係ないと聞いている。ここらに落ちてる砂ごと袋に入れて持ち帰ればどうにかなるはずだ。」

「随分とさっぱりしてるねぇ。ランちゃんの倫理観的にはOKなの?かつての仲間の死体を弄ぶような真似をしてさぁ。」


コルワが首に手を回し、顔を覗き込んでくる。

質問の内容だけ聞けば「自分は良くないことだと思うのだが、辞めておかないか?」そう言っているようにも聞こえる質問。

しかし、問いを投げているのはコルワだ。


「俺はこれを死体を弄ぶ真似だと捉えていない。ベリオットはグレコに騙され、殺されたんだ。その無念を死後に果たせる。これは、慈善活動だ。」

「うふふ……。そうそう、そうだよねぇ!いい感じにぶっ壊れてるねぇ!!」


コルワが満面の笑みを浮かべ、踊り始める。

この魔王に、まともな感覚なんて存在しない。

あるのはただ狂気だけ。

そんなことは、分かりきっている。


「最後に聞いておきたい。ベリオットはどうやって殺されたんだ。」

「ん?ギャンブルにハマって闘技場のファイターになって……。その後グレコと戦闘したり何だりして最終的に自分の娘に殺されたんだっけ。確かそんな感じだよ!」

「娘……。孤児院に預けられてると聞いていたが、グレコが引っ張り出してきたのか。」

「いやたまたま出会ったから利用しただけ。グレコの横に小さい女の子がいたでしょ?あの子がベリオットの娘さんだよ。」

「そうか……あんなに愛していたのにな……。ベリオットらしい、死に方だ。」


転がった骨と砂をかき集めつつ、小さく呟く。

グレコは仲間とコミュニケーションを取りたがらなかったから知らないだろうが、ベリオットはよく娘の話をしていた。

決していい父親ではなかったが、憎まれる男でもなかったはずだ。


全ての骨を袋に詰め、ランベリーはゆっくりと立ち上がる。


「行こう。俺達は、これ以上無駄にできないんだ。」


担いだ袋の重さを足に乗せ、一歩一歩しっかりと。

ランベリーは、地上を目指し始めた。

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