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57.契約と計画

「ふわぁ……。それで、妾を復活させたというわけか。お主も随分と酔狂な奴じゃなぁ。」


ランベリーの前に転がる藍色の棺。

そしてその中に寝転び、軽く体を起こしている少女。

足まで伸びたその髪はふよふよと空に浮かび、誰が見てもわかるレベルで魔力が溢れ出ている。

可愛らしい顔面とは裏腹のその気迫が、彼女が魔王であることを証明していた。


「いいから黙って俺に従え。命でも何でも机に乗せてやる、俺と契約して俺を強くしろ。」

「なんじゃ久々の再会だというのに忙しいのぉ。口調もそんなに荒々しくなってしまって……。敵ながらいい男だと思っていたというのに。」

「軽口を叩くな魔族風情が。お前に発言権はないと思え。」


棺から身を乗り出し、ベラベラと舌を回す少女。

その首筋に刃を突き立て、脅迫を行なっていく。

相手は魔王だ。

グレコへの報復を抜きにしても、ランベリーにとって、いや人間にとって憎むべき相手である。

手加減は必要ない。


「いいのか〜?妾を殺すと契約も出来んし、グレコとやらの情報も得られんぞ〜。」


魔王の発言を聞き、ランベリーの手が下がる。

この女は人類が憎むべき相手でありながら、グレコの変化を知る相手でもある。

敵を倒すには情報を仕入れる所から。

他でもない、グレコから学んだ話だ。


「グレコに操られていたと聞いたが、その間の記憶は残っているのか?」

「無論残っておるぞ。操られたというよりも洗脳されておっただけだからの。当時はまともな思考もできなかったが、一度死んだ今なら自分が何をされていたのかも把握できておる。」

「じゃあ契約の前にまずはそこを話せ。お前の情報には価値がある。」

「まぁよかろう。ただ一つ、妾は『お前』ではない。テネト、という立派な名があるのじゃ。そこをしっかりと弁えろ。」


そう言ってテネトは立ち上がり、近くの切り株に腰掛ける。

服すら着ていない状態でやけに偉そうだが、今は何もいうまい。

ランベリーも刃を納め、土に座った。


「まず、妾がグレコと契約をした所からかの。知っての通り、妾達魔族は『面白いこと』が大好きじゃ。つまり、存在自体が悪に満ちたグレコという人間は、最高のおもちゃに思えた。おもちゃを見つけたら遊んでみる。当然のことじゃろう?」

「随分と偉そうな語り口だな。おもちゃにされたのはお前じゃないか。」

「そ、そのことは言うでない。とにかく妾はあの男に契約を持ちかけたのじゃ。『妾の仲間になれ。人類を裏切れば、そなたに世界の半分をやろう』となぁ。」


間違いなくグレコなら二つ返事で乗りそうな提案である。

グレコは、昔から負けることが嫌いだった。

ランベリーと共にスラムで過ごした幼少期。

あの頃から自分の上に立つ存在に対して強い嫌悪感を示し、平和的手段で報復を行なっていた。

思えばあれはグレコの性格が優しかったからではなく、攻撃的手段を取ることが出来るほど自分に力がなかったからなのだろう。


強い野心を抱えた小動物であっても、強力な牙を手に入れられる。

そうなった場合、グレコが裏切りの選択肢を選ぶことは十分に考えられる。


「契約は簡単に成立し、妾は奴のスキルを強化。そしてその代償として奴の記憶と意識を奪おうとしたんじゃ。思えばそれが間違いだった。力を与える前に代償を奪うべきだったのであろうなぁ。」

「そうだろうな。グレコは甘い部分を見逃さない。」

「あぁ。代償を奪おうと奴の頭に触れた時、不意打ちをされた。」


先ほどまで余裕そうな表情を浮かべていたテネトの顔が険しくなる。

この表情の切り替えも魔族の特徴なのだろうか。

感情の浮き沈みが激しく、プライドが高い。

今まで出会った魔族は大体この性格だ。


「洗脳されたということはグレコを恐れたんだよな。仮にも魔王ともあろうお前が何をそんなに恐れることがあったんだ。」

「一つ言っておくがの、妾は何もあの小倅を恐れたわけではない。お主らの仲間!コルワを恐れているのだ!」


テネトが焦ったように膝を叩く。

現在進行形を使った所からしてこの女は未だにコルワを恐れているらしい。

確かにコルワは見方によっては恐ろしい人間だ。


強力な再生能力を持ち、常に明るく隙を見せない。


そこまで考えたところで、ランベリーはふと気付いた。


「その顔は……気づいたようじゃのう。恐らく魔法の類で気付かれないように細工されていたんじゃろうが。あまりに気付くのが遅すぎじゃ。」

「コルワは、人間じゃなく魔族っていうことか。」

「半分正解だが半分足りておらん。あの男だか女だかわからん奴は魔族。それもかつて姿を消した先代魔王じゃ。」


テネトが汚らしく唾を吐く。

対するランベリーの頭は、理解が追いついていなかった。


「先代魔王はサイラス襲撃の直後に姿を消したことになっているが、正確には一度死んでおる。と言っても妾のように殺された訳ではない。周到に用意された自殺によってじゃ。」

「自殺?【不死】のスキルを持つあいつがか?」

「そのスキルを持っておるからじゃ。ただでさえ魔族は再生能力を持っているというのに、奴は【不死】。奴以上に自殺に向いた者はおらん。」


話を聞きながら、ランベリーは全く合点がいかなかった。


コルワが先代魔王。


そこまではまだ理解できる。

コルワの正体自体はランベリー達も知らないし、奴の奇行も魔族だとすれば頷ける。

だが、そうすると目の前にいるテネトの存在が理解できない。


「同じ時代に二つの魔王が存在することがあっていいのか?魔王が完全に死ぬのを数十年待ってるぐらいだ、普通ならあり得ないことだろう。」

「そこが周到な用意をした部分じゃな。魔王というのはそもそも多くの魔力を使って半人工的に作るものなんじゃ。絶命した魔王の亡骸を利用してな。コルワは自殺をすると共に、代わりの亡骸を用意して全てを偽装した。」

「死体を偽装?」

「うむ、同族殺しという禁忌を犯してのぉ。端的に言えば、奴は妾達魔族を騙して逃げ出した裏切り者じゃ。と言ってもそれに気づいたのは奴がお主らの仲間として現れたからじゃがな。」


魔王が誕生する過程やら、魔族同士に同士討ちが許されない程度のモラルがあることも。

ランベリーからすれば知らないことばかりだが、事情は理解できた。

魔族の中で死んだことになっていたコルワが、あろうことか勇者の仲間として現れた。

そうなればテネトが混乱し、目の前にいるグレコとコルワを恐れたとしてもおかしくはないだろう。


「お前が洗脳された経緯はわかった。その後のことをさっさと教えろ。」

「せっかちな奴じゃのう。その後は操られていただけじゃから大した話はない。『人間は絶対殺す。』そんなステレオタイプな魔王像を押し付けられておっただけじゃ。」


一通り話したいことを話し終えたらしく、テネトがだらけた体制に変わる。

確かにその後のことはランベリーもある程度把握している。

なんせこいつはランベリー達自身が全力を賭けて討伐した相手なのだ。


「そうじゃ、一つだけお主らも知らない事もあるぞ。洗脳されていた間、妾は自分のスキルを使えなくされておってな。どれ、見せてやろう。」


テネトの言う通り、テネトとランベリーが剣を交えた時スキルを使った様子は一切なかった。

単に肉体強化系のスキルで側からわかりにくいものなのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。

テネトは近くにいたタヌキに向けて指を差す。


「ほっ!」


指から放たれた氷の弾丸がタヌキを貫き、死体がそこらに転がる。

テネトはというと、そこにゆっくりと近づいて死体を一掴み。

その瞬間、項垂れていたタヌキが再び動き出した。


「妾のスキルは【死霊】。屍を好き勝手動かすことができる能力じゃ。どうじゃ?便利じゃろう。」


タヌキがランベリーの膝に乗ってくる。

元気に動いてはいるが、体は血まみれだし内臓が潰れているらしく酷い悪臭がする。

間違いなくこのタヌキは死んでいるはずだ。


「それで、俺にこのスキルを見せつけてどうするつもりだ。」

「妾と交渉をしようではないか。お主も妾もグレコを憎んでいることに相違はない。妾と正式に手を組み、奴に地獄を見せてやろう。見ての通り、正気を取り戻した妾は強いぞ。」


提案としてはフーパと全く同じ。

だが、魔王自身による提案であれば聞く価値がある。


「勿論契約もしてやる。それも代償なしで最強の契約をじゃ。加えて妾が旗印になっておれば配下にいる魔の者達も支配下における。そして何より、グレコが死んだ後が楽じゃ。」

「グレコが死んだ後?フーパの提案だと、仕切り直してお前ともう一度戦うって話だったが。」

「妾はそんな面倒なことはせん。そもそも妾はフーパのように人間をどうこうしようという気持ちがないからの。妾は人間をおもちゃにして遊びたいだけじゃ。どうせ一回死んだんじゃ、お主が望むと言うなら再び封印されてやってもいいぞ。」


フーパにせよコルワにせよ。

魔王という立場の存在は『面白いこと』に対する執着が人一倍強い。

人間と対立し暴れているのはフーパのような配下の者達ばかり。

魔王が人を殺すときはそれこそ殺人ショーのような大掛かりなものだけである。


「いいだろう。お前らと手を組んでやる。お前はフーパと違って多少は信頼できそうだしな。」

「うむうむ良い判断じゃ。妾、嘘つかない!」

「だが覚えておけ。グレコの味方以外の人間に手を出したり、俺を裏切ったりしてみろ。その瞬間、俺は持てる力の全てを使ってお前らを根絶やしにする。」


ランベリーは再び魔族の手を取り、決意を示す。

それに呼応するようにしてテネトが口を大きく開き、鋭い牙をランベリーの首に突き立てた。


「これからよろしく頼むぞ、勇者よ。妾達は今から、運命共同体じゃ。」


首から血が流れ、冷たい感覚が肌をつたう。

勇者と魔王。

本来ならば絶対に相慣れないはずの二人が身を寄せ合い。

たった一人の人間を殺すための同盟が成立したのである。

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