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56.変わりゆく友

『グレコは魔族に魅入られてあの力を手にしたんだよ♪』


頭に残るコルワの高い声。

ランベリー・レオナルはこの言葉をずっと反芻していた。

彼女のいう通り、グレコはある時を境に大きく変わってしまった。

元々は虫も殺せぬ好青年。

魔王を倒すべく旅に出た際も、あくまでも索敵役として付いて来ていただけ。


「一体何がグレコを変えたんだ……。」


騎士団の砦でコルワと戦ったすぐ後。

ランベリーは魔族の拠点を目指して直走っていた。


もっとも今も魔物が住み着いている場所ではない。

ランベリー達がかつて制圧した場所であり、グレコが初めて【掌握】で魔物を操作した場所。

全ての真実を知る為に、ランベリーはそこへ戻ってきていた。


「ふむ?お客さまですかな?」


草木が鬱蒼と生い茂る森の中を歩いていると、頭の中に声が響く。

話しかけられたのではない、頭の中へ直接声を入れられたような音。

そしてランベリーはその声に聞き覚えがあった。


「何故お前がここにいる!?」

「まぁまぁそう慌てずに。心配しなくとも暴れたりはいたしませんよ。勝てる見込みがないのはわかっておりますから。」


一見すればただの紳士。

だが尻から生えた尻尾と頭の角から、一瞬で人ならざるものだと分かる見た目。

間違いない、魔王が代替わりする度にその監督役を担っている魔族。


フーパ。


そんな名前の旧敵である。


「事情を伺いたいのはこちらですがねぇ。私達はあなた方勇者に滅ぼされ、向こう数十年は隠居する身なのですよ?そんないたいけな者達の住処にやってきて何をするというのですか。」

「俺は……探し物をしに来ただけだ。」

「探し物、もしかしてお宅のお仲間に関することですかな?」


フーパはそう言ってゆっくりと距離を詰めてくる。

形こそ人型だが、一切の無味無臭。

並の人間なら気を失いそうな殺気を見に纏うその男は、パチンと指を鳴らす。

すると付近に椅子と机が現れ、フーパはそこに腰掛けた。


「図星、という表情ですねぇ。いいでしょう、どうせ私は暇ですから。あなたの知りたいことを何でも教えてあげますよ。」

「信じられる訳がないだろうそんなこと。お前ら魔族の言う事が八割嘘だというぐらい俺でも知っている。」

「酷い言いようですねぇ……。いいじゃないですか、嘘だとわかって話を聞くのも一興というものですよ。それに二割は本当なんですから。」


フーパがそう語り、どこからともなく取り出した器具でコーヒーを注ぎ始める。

勿論カップは二つ。

どうやら今すぐ戦う気はないと判断し、ランベリーは警戒しながら椅子に座る。


「信頼して貰う為に、手早く欲しい情報を差し上げましょう。お宅のお仲間である、グレコ・アラッド。もっとも今はただのグレコですね。あの方は我々魔族と契約しております。」


コーヒーを啜りながら、さも足し算の答えでも教えるかのような気安さ。

フーパの話を聞き、ランベリーの戦意など既に消え失せていた。


「魔族と契約……。そんなことが出来るのか?」

「えぇ、一部の強い力を持つ魔族であれば。契約した対象は己のスキルを大幅に強化することができます。失うものといえば……寿命の半分と苗字ぐらいでしょうか。最も苗字の方は形式的な物ですから、あくまで私は魔族と契約しましたよーという証のようなものですね。あ、ちなみに私は無理ですよ。私は魔力も何もかも人並み、一般魔族並みですから。」


確かに、グレコが苗字を名乗ったところは長らく耳にしていない。

元より孤児であるためそこまで気になっていなかったが、あれにそんな意味があったとは。

ランベリーは驚嘆する。


「それはお前らに何のメリットがあるんだ。寿命の半分とは言うが、お前らは普段から大量の人間を殺しているだろう。」

「メリット……確かにありませんねぇ。言ってみれば面白いからですよ。愚かな人間が仇敵である我々の力を借り、一体何を為すのか。非常に興味を唆られると思いませんかな?」


魔族は面白いことを好む。

それは人間側の研究でも明らかになっていることである。

知能の低い魔物であれば生存競争という理由で人間を殺すことがあるが、高い知能を持つ魔族にその必要はない。

魔族によって無差別的に村が襲われるような場合、殆どはその死体が弄ばれている。

彼らの生存理由は面白そうなものを探すこと、ただそれだけだ。


「お前は……何故その話を俺にするんだ。」

「復讐したいからですよ。あの憎き人間に。」


先ほどまでニコニコとしていたフーパの顔が豹変し、持っていたコーヒーカップが割れる。


「あの男、グレコが契約したのは我が主である魔王様です。」

「魔王!?」

「えぇ、この拠点にたまたま足を運ばれた魔王様は『何やら面白そうな人間がいる』と仰り、グレコと契約を結ばれました。魔王と契約しているにも関わらず、仲間と共に魔王討伐を目論む。確かに面白そうなストーリーでした。」


確かにこの拠点を襲撃した時、グレコは少しおかしかった。

いつものごとく作戦前に【掌握】で敵の数を把握したタイミング、そこでグレコは魔王の存在に気づいたのだろう。

次々と語られていく真実を脳で処理しきれず、ランベリーが困惑しているとフーパが再び大声を上げる。


「ですがあの男はそれだけでは飽き足らず!あろうことか魔王様を自身の力で操り始めたのです!意思をなくし、あの男の傀儡となった魔王様は為す術なく……。あなた達勇者パーティに討伐なされました。」

「じゃ……じゃあ俺達が倒したあの魔王はグレコが操ってたってことなのか……。」

「えぇ、自作自演だとバレないようにわざと苦戦を強いたりと小癪な真似をしていましたが。魔王様は強いだけで頭の悪いお方でしたからね、さぞ操りやすかったことでしょう。」


これは完全なるランベリーの想像であるが、魔王は途中でグレコを裏切らせるつもりだったのだろう。

命懸けで魔王城まで到達し、刃を向ける勇者達。

そこで突如信頼していた味方が裏切り、自分達に牙を剥く。

その後人間界をグレコが、魔族界を魔王が支配し、世界は悪に満ちていく。

それがシナリオだったのだろうが、グレコはその上を行ったのだ。


おそらくまた何かしらの策を弄したのだろうが、魔王に自分を恐れさせ。

自分の【掌握】を強くするために利用した。

魔王を倒したという名誉が手に入ればグレコのスキルはこれ以上ないほど強化される。

魔王のシナリオに乗っ取っても同じぐらいスキルは強化されただろうが、グレコはその道を選ばないだろう。

グレコという男は、自分より上に立つ存在を絶対に許さない。

それが魔王であろうと勇者であろうと。


「ですから、ランベリー・レオナルさん。あなたには我々と共にグレコを殺す手伝いをしていただきたいのです。魔王様を封印したのはあなた達、あなたなら魔王様を復活させられるでしょう?」

「魔王を復活させ、グレコを殺し。その後仕切り直して再び戦おうという訳か……。」

「そういうことです。何なら我々は人間との和平に応じてもいいでしょう。下等な魔物までは制御出来ませんが、魔族ぐらいならば言うことを聞かせられますよ。」


フーパの言うことはある程度筋が通っている。

そして何より、グレコを殺したいという気持ちは、同じだった。


「わかった。お前達に協力しよう。魔王に施された封印は俺が解いてやる。」


フーパの細い手を取り、ランベリーはそう呟いた。

ランベリーは元々、民や仲間を守るためにグレコと戦っていた。

だが、今はそうではない。

グレコは、ランベリーから全てを奪い、自身の全てを賭けて復讐を行っている。

そこに立ち向かうのに、慈悲も、信念も必要ない。

必要なのはただ純粋な殺意。

たったそれだけだ。




「そうだ、後はその魔術を解除すればいい。それぐらいは魔法が使える奴なら誰でも出来る。」


場所を魔王城に移し、ランベリーは魔王の封印を解くための指示を出していた。

鎖が何重にも巻かれた小さな棺。

この中に、悪しき魔王が封じられている。

にしてもあれほどまでに血を流し合った魔族と手を組み、魔王を己の手で復活させようなど。

つい数時間前のランベリーからすれば考えられない話である。


「ふぅ……。後は待つだけですねぇ!魔族の再生能力といえど完全に元の力を取り戻すには時間がかかりますから。」

「あぁ……。そうだ、一つ聞いておきたいんだが魔族との契約ってのはどうやるんだ。」

「契約ですかぁ?互いに首を噛み合うんです。こう、ガブリと。それだけで契約は成立します。契約の程度は色々ですが……捧げるものによってはかなりの力を得られましてねぇ!」

「そうか、ありがとうな。」


ランベリーはそう呟き、目の前にいる魔族の首を斬り落とす。

ニヤついた表情を浮かべたまま地面に転がるフーパ。

そちらを一瞥することもなく、ランベリーは棺を抱える。


「な、何をするんですか!?グレコを殺すんじゃなかったんですか!?」

「何だ、その状態でも喋れるのか……。言っただろ、俺は魔王の封印を解くだけだ。ご丁寧にお前らの作戦に従ってやる義理はない。」


希望と信念に満ちていたランベリー。

その二つの赤い眼に深い影が落ち、常に微笑みを浮かべていた表情はピクリとも動かない。


「魔王様を……どうするおつもりですかぁ!」

「力が戻るのを待ち、俺と契約させる。命でも差し出して契約すればそれだけスキルも強化されるんだろう?」

「そ、それはそうですが。そんな重い契約を結べばあなたもただでは生きていけませんよぉ!体の支配権は魔王様に奪われますし、それこそ強力な生物兵器になるだけで……!」


フーパが饒舌に舌を回す。

この魔族が魔王の代替わりにおける管理者を担っているのは、積み上げられた知識と強力な再生能力があるからだ。

首を斬り落とした程度で命を落とすようでは、管理者は務まらない。

そのことは、ランベリーも分かっている。


「そんなことは俺には関係ない。都合が悪いことは全て【無視】すれば良い。俺は全てを利用し、グレコを殺す。それが俺の正義であり、友情だ。」


長い剣をフーパの眉間に突き立て、ランベリーはゆっくりと呟く。


「待っていろよグレコ。俺が、お前を止めてやる。」

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