55.イレギュラー
「わぉわぉ!凄い!凄い暴れっぷりだよ!」
グレコに担がれながら、コルワが感嘆の声をあげる。
いや、こいつに限っては感嘆(感心して、褒めること)よりも歓喜(非常に喜ぶこと、喜び)の方が正しいのかもしれない。
それぐらい、嬉しそうである。
「笑ってる場合じゃないぞ馬鹿。何であの野郎がこのタイミングで帰ってくるんだ……。」
グレコは足から滝のように血を流しつつ、荒野をひた走る。
つい先程までいた所からは、凄まじい爆音が上がっている。
ランベリーという男の襲来はそれこそ予想外な話だ。
「けどランちゃんなんかいつもと違わなかった?落ち着きがないというか正気を失っているというか……。」
「そこが問題なんだ。ただ俺を殺しに来ただけならいいが、あいつはただ暴れてるだけだ。このまま行くとアイラ、ライラが地に堕ちる前に世界が滅ぶぞ。」
ランベリーは理性的な人間だ。
先程のように見えるところ全てを破壊し尽くそうような真似は絶対にしない。
あの男は間違いなく気が狂っている。
「それに……やばいのはそれだけじゃない。あいつのスキルは何か一つしか【無視】出来なかったはずだ。だがさっきの攻撃は……。」
【無視】
ランベリーの持つスキルが【無視】出来るのは何か一つだけだ。
距離を無視すれば、攻撃力は出ない。
逆に武器の火力を無視すれば、距離は無視できず敵に当てることができなくなる。
しかし、先程のランベリーがやっていたのはそれとは全て違うものだった。
距離も、火力も、多くの物理法則やら何やらを一気に無視していた。
「あのランベリーは俺らが知ってる奴じゃない。後のことなんて一切考えずに逃げるぞ。」
幸いなことに、ランベリーはこちらを追いかけてきていない。
ただ遠く彼方で暴れているだけ。
死ぬ気で逃げれば何とかならないこともないはずだ。
「全く何がどうなってあんな感じになっちゃったんだろうねぇ……?ランちゃんといえば無駄な殺生をしないことで有名なのに。」
「こいつらも俺らと同じ異常者に成り下がったってことだろ。もうしばらく走れば街の外だ。セドナだけ回収して逃げるぞ。」
そう告げ、グレコは街の外へと向かっていく。
ランベリーという天災が現れた以上、一旦は全力で逃げなくてはいけない。
アイラ、ライラへの復讐ついでにランベリーも、なんて甘い考えは捨てなくては。
「ご主人……これは一体どういうことなんだ?」
「さぁなぁ。国内も国外もこの有り様とは……。」
街の外、つい先ほどまでコルワという生き餌によって魔物が暴れていた草原。
そこまで逃げ切ったグレコ達の前に広がっていたのは、これまた血みどろの光景だった。
辺りに転がる騎士団の死体。
そしてそれを取り巻くように蠢く魔物達。
グレコの計画では、コルワという生き餌が城に来た時点で、魔物による蹂躙は終わるはずだった。
魔物というものは目の前の敵を襲うのではなく、己に喧嘩を売ってきた生物をとことん追い詰める性質だ。
その喧嘩を売ってきた生物がいなくなれば、少し暴れた後巣に帰っていく。
だが今この場には未だ大量の魔物達が取り残されている。
「おいコルワ。お前こいつらになんかしたのか。」
「してない、してない!僕はグレコの指示に従っただけでございます!」
コルワが堂々と胸を張る。
普段から何かと信頼できないコルワだが、今回に限っては本当だろう。
魔物に喧嘩を売り民衆を襲わせ、即座に離脱してグレコを助けにくる。
その流れが実現していた時点で、コルワが無駄なことをする余地はないはずだ。
「とすると……これもあいつの仕業ってことか。」
「うーんそうだろうねぇ♪」
未だ先程の小高い丘付近で爆音を鳴らして破壊行為を続けている男。
ランベリーには当代魔王復活に関与した疑いがかかっている。
「僕らが倒したあの魔王とランちゃんの間に何があったのかは知らないけど……あの二人が協力関係にあれば付近の魔物を操るぐらいは訳ないだろうねぇ。」
「にしたって目的が意味不明だろうが……。街中でランベリーが無差別殺人、外では魔物が囲い込み漁って。やってることのレベルで言えば俺より悪どいぞ。」
ランベリー・レオナルが勇者として持て囃されていたのはその人間性も大きく関係している。
弱きを助け、強きを挫く。
根っからの悪人であるグレコとは正反対の人間性。
しかし今の状況を考えると、その性格など見る影もない。
グレコへ復讐の復讐をしたいのか、単に大暴れしたいのか。
目的は知らないが、このままいくとグレコは愚か世界が滅ぶのは明白だ。
しかしどうしたものか。
このまま街の中に止まっていれば、いずれランベリーが街全体を破壊し尽くす。
そうなった時、アイラ、ライラ両名への復讐がどう転ぶかはわからない。
だがグレコが死ぬことだけはほぼ確実だ。
ランベリーに殺される可能性もそうだが、隠れ場所を潰されれば市民に殺される可能性もある。
ランベリーの暴走を止めてどこかに身を隠すか、魔物が蠢く平原を抜け他国へ脱出するか。
最悪の二択を迫られた時、コルワが足を止める。
「仕方がない……。ここは僕に任せておきなよ!僕なら死なないからランちゃんをどうにか出来るかも知れないし!二人は街の外れで呑気に生活しておきな♪」
「なっ……あいつが説得なんて聞くわけがないだろ。精々ミンチにされて終わりだ。」
「ミンチにされてもお話するだけの価値があると思うんだよね♪ばいばーい♪」
コルワがそう言い残し、街に向かって帰っていく。
ついに来てしまった。
グレコはそんな思いを胸に秘め、遠ざかっていく背中を見送るのであった。
「ご主人……本当に馬鹿を行かせて良かったのか?」
街外れの小さな空き家。
グレコとセドナはそこに身を隠し、体を休めていた。
「絶対に駄目だった。だが俺にはあいつを止めるほどの力が残っていなかった。」
ベッドに転がり小さく呟く。
グレコはここまで逃げる際【掌握】で足を無理やりに動かした。
その疲労と傷は重く、コルワを止めることはおろか、向こう一週間まともに動くことすら不可能だろう。
「さっきからランベリーが暴れる音がしない。ということはつまりあいつの説得とやらが成功したんだろうが……。はっきり言って状況は悪化してる。」
セドナはグレコに洗脳をかけられているから、何を言おうと問題はない。
グレコはほぼ独り言同然に言葉を重ねていく。
ランベリーの鎮圧の成功。
コルワが成し遂げたであろうその行為は、二つの意味を持っている。
一つはアイラ、ライラへの復讐の成功。
いくらランベリーの超火力だろうと、あの短時間で暴れるには限界がある。
王政打破のクーデターが行われていたサイラス城。
あそこさえ生きていればアイラとライラが地位を失うのは間違いない。
二つはコルワの寝返り。
コルワは元来、「面白そうな所に着いていく」という性質の持ち主だ。
グレコの復讐に力を貸していたのも、地に堕ちたグレコがどのような暴れ方をしてくれるのか。
それが見たかっただけである。
そのふざけた性分を理解しているから、バルトラ壊滅の折にグレコの策が失敗続きだった際や、ベリオットへの復讐に時間がかかった際もグレコはできる限りコルワにエンターテイメントを提供した。
だが、今回は違う。
復讐に成功はしたがなす術なく逃げることしかできなかったグレコ。
突如現れこれまでとは全く違う暴れ方を見せたランベリー。
誰が見ても、「面白そう」なのは後者だ。
「万が一あいつがランベリー側に回るとなると……。全てが崩れるな。ちっ……。」
【不死】
コルワの持つそのスキルはグレコの知る限り最も厄介な力だ。
アイラやランベリーのように戦闘力が高いだけの相手というのは、策を巡らせればどうとでも出来る。
戦う間もなく寝首を掻いたり、身内を殺して精神を壊したり。
しかし、【不死】は違う。
殺すことも、拘束することも、眠らせることすら不可能である。
無論、裏切らないという可能性もある。
ただ純粋にランベリーを止めに行き、明日になればコロッとグレコの元へ帰ってくる。
普通ならその可能性を一番に考えるのだろう。
仮にもコルワは勇者パーティという世界で一番清く正しい組織に在籍していた。
幾度となく共に死線を超えたグレコのことを信頼し、体を張る。
それぐらいはあってもおかしくはないだろうが、それはあくまで普通の人間の話だ。
グレコは、コルワの本性を知っているからこそ警戒するのである。
コルワは普通の人間ではない。
女装男子でも、死にすぎて頭のイカれた人間でも、最も信頼のおける仲間でもない。
世界に存在するたった一つのイレギュラー。
「ったく……五人目の復讐対象はお前ってことか。先代魔王、コルワさんよぉ……。」
来る戦いに備え、グレコはゆっくりと目を閉じた。
次回からランベリー編が始まります。




