54.誇りのサイボーグ
「大事な大事な女王様のお守りは良かったのか?俺らみたいな野良犬退治よりよっぽど意義のある仕事だろ。」
「その女王様に言われてきたんだ。今に限って俺の仕事はフーネ様の護衛ではない、野良犬駆除だ。」
ロッツと会話しつつ、グレコはコルワの後ろに身を隠す。
内心、グレコは焦っていた。
ロッツとの戦闘はグレコの策に組み込まれていない。
アンソムが起こしたクーデターの折も、ロッツはあの城から一歩も外に出ていなかった。
ただ直向きにフーネを守る。
それが心情であるこの男が出てくるのは、完全に予想外である。
「おいコルワ、俺はこの通りボロボロだ。基本的にお前が暴れろ。」
「はぁ〜仕方ないなぁ!ま、任せておきなさい!」
ひそひそと作戦会議をし、コルワが己の腕を叩く。
ロッツはこのサイラスという国家においてトップクラスの戦闘力を持つ人間だ。
その男と手負いのグレコが戦うとなると少々荷が重い。
頼みの綱は、コルワ一人だ。
この女がいれば、少なくとも蹂躙されることはないはずだ。
「コソコソと作戦を考える時間は終わったか?俺に勝つ策を考えるより、辞世の句でも考えた方が合理的だぞ。」
ロッツがそれだけ告げ、突撃をしてくる。
目にも止まらぬ速度。
義足に付けられた【疾風】のスキルだろう。
この速度だとグレコ達のような常人では対処不可能。
そう考えてコルワを前に蹴り飛ばす。
「不死身の肉壁か……。この程度、大した問題ではない。」
「え、ちょっと何する気!?」
瞬時に距離を詰めてきたロッツは、コルワの腹を踏みつけて動きを止める。
静と動の切り替え。
およそ人間業ではない動きをしたその男は、コルワの顔を右手でぶん殴った。
続け様に放たれようとする二発目の拳。
それを避けようとコルワが右腕を注視した瞬間、その腕は姿を消す。
見えなければ避けられる訳もなく、コルワの細い体は軽く吹き飛ばされる。
「ぶっはぁぁ!!!何!?何で見えなくなったの!?」
「ちっ……コルワ!一旦退け!そいつの右腕は【透明】だ!」
グレコはロッツの体に所々見覚えがあった。
彼のその歪な右腕も、その一つである。
細身な腕に巻き付いている細い筋。
間違いない、グレコがかつて討伐した変異種のワーム。
ロッツの右腕は奴の筋繊維を利用したものに違いない。
奴の義手はグレコの物とは違う、人の体をそのまま切断して結合した生きた義手。
そこに魔物が混じっていても全くおかしくはない。
「流石に討伐者だけあって察しがいいな。そうだ、俺の作り物の体は人間の体だけを使って作られたのではない。魔物でも何でも、強い者全ての力をかき集めたのが俺だ。」
「はっ、どうやらお前のことを人間と呼ぶのはやめたほうが良さそうだな!」
顔面が歪に凹んだコルワの再生を待つ間、グレコは必死でロッツの相手をする。
やはり体全身が酷く痛む。
ロッツは正真正銘の化け物だ。
本腰を入れて倒さなければ、ここで殺される。
「さて、本気で行かせて貰うぞ。スキル、全開放だ。」
グレコが覚悟を決めたところで、ロッツが目を閉じる。
その瞬間、辺りに氷と炎が立ち込めグレコの体から汗が流れた。
ロッツの体で一番見覚えがある場所。
それはあの筋骨隆々とした左腕であった。
「ねぇグレコ……。もしかしてあれって……。」
「あぁ、間違いなく俺達が死に物狂いでぶっ殺した相手。ヴィト・バルトラの右腕だろうな。」
【幻覚】
グレコが知る限りトップクラスに凡庸で強力なスキル。
相手に反強制的に幻覚を見せ、五感を左右する。
このスキルと、ロッツの多種多様なスキル。
これが合わさった場合の相乗効果など、幼児でも想像がつく話だ。
「俺のスキルである程度【幻覚】は見破れる。だが俺の肉体ではそこまでが限界だ。勝つことは諦めろ。何とかしてこいつから逃げるぞ。」
「おっけ〜……。今回は国が滅んでしまえば僕らの勝ちだもんね!」
コルワの言う通り、この戦いには勝つ必要がない。
後数時間もすればこの国は滅び、ロッツの大好きな王女も断頭台に登るだろう。
まずは一旦逃亡し、そのタイミングまで身を隠す。
それが出来れば御の字だ。
「俺の力は偽物ではない。逃げられると思うな。」
【幻覚】で自身の分身を作り、ロッツが素早く近づいてくる。
ヴィトがこのスキルを使っていた時は、ヴィト自身の戦闘力が低かったのが弱い点だった。
だがロッツが持っている場合は違う。
【疾風】によって放たれるロッツの格闘は、そもそもかなりの高火力。
それを避けるだけで一苦労だというのに、そこに本物を見抜く工程まで加われば避けることはかなり難しい。
だが、逃げるが勝ち。
そこだけは変わらない。
「ちょこまかと逃げるなこの腰抜けが!男なら覚悟を見せろ!」
「そんなに鬱陶しいならその右腕を切り落として殲滅系のスキルを持ってきたらどうだ!?」
コルワをかつてないほどに雑に扱いつつ、ロッツの攻撃を必死にいなしていく。
戦闘開始から数分。
ロッツの持つスキルはほとんど知ることができた。
足の【疾風】
左腕の【透明】
右腕の【幻覚】
瞳の【視野】
耳の【直感】
五つのスキル全てが一線級。
瞳と目で辺りの情報を一気に仕入れ、腕と足で素早く攻撃をする。
人工的に得たスキルだけあってよく練られたコンビネーションである。
一つ課題があるとすれば殲滅力だろう。
この男は、アイラやランベリーのような圧倒的広範囲を叩き潰す力を持っていない。
「というかお前、少しは自分の頭で考えたらどうだ?お前のご主人様は俺を殺せと指示したらしいが、そんなことしても意味はないぞ。俺をぶっ殺した所でこの国は、滅ぶだけだ。」
「そんなことは知るか。これはフーネ様の指示であり、俺の意思だ。フーネ様を利用した貴様を生かしておく理由など必要がない。」
命懸けの攻防の中、言葉を交わし続ける。
そんな中、グレコの【掌握】の範囲内に一つの影があることに気づく。
急速にこちらへ接近するその影、というか男。
グレコはその異様な動きを確認した瞬間、冷静さを失った。
「コルワ!何が何でも逃げる必要が出てきた!起きろ!」
「ぼぇ?何々、こんなに僕をずたずたにしておいてまだ何かあるの?」
あまりの連続死で完全に意識を失っていたコルワ。
その体を必死で揺さぶり、グレコは走り始める。
「確証があるわけじゃないが……さっさとここから逃げないと死ぬ。俺の予想が正しければ、間違いなく俺達は死ぬ。というか俺達だけじゃない、この辺り全部が吹き飛ぶぞ。」
「え〜竜巻でも来るのぉ?僕死ぬのはいいけど、髪型が乱れるのは嫌なんだよなぁ。」
コルワが長いツインテールをくるくると回し、不貞腐れる。
こいつはいつだって悠長だが、グレコにそんな余裕はない。
「おいロッツ!お前が命をかけて俺を殺したいってんなら別だが、単に俺の首を土産にしたいっていうなら逃げたがいいぞ!」
「何を馬鹿なことを……。何があろうが俺は問題ない。手早くお前を殺して逃げるだけだ。」
【疾走】があるからこその自信なのだろうが……。
グレコはそんなものが無意味になることを知っている。
「ま、俺だけは逃げさせて貰うぜ。じゃあな。」
グレコは己の足を【掌握】し、最後の力を振り絞る。
まともに走ることができない体であっても、【掌握】があれば少しは動かせる。
この後しばらく何も出来なくなるから本当ならば使いたくなかった策だが。
やるしかない。
グレコが覚悟を決めて走り出したその時。
空から一人の男が飛来した。
「久しぶりだな、グレコ。」
「こちらこそ……。久しぶりだな四人目」
降り立った男が剣を軽く振り。
男の周り三百六十度。
見える範囲全てが更地になっていく。
何とか回避することは出来たが、下にいたロッツは胴体が真っ二つに割れている。
距離も、火力も、何もかもを【無視】したその攻撃。
紛れもなく全世界最強の男。
ランベリー・レオナル。
その男が、グレコの前に立っていた。




