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「逃して良かったのかな……アイラちゃん。」


城に残された二人の姫は、グレコが出ていった窓をじっと見つめていた。

間違いなく、戦いには勝利した。

あれほどの傷を負ったグレコに今からできることなどない。

それだけは間違いないはずだ。


「今すべきことはあの死に損ないを追いかけることより、外の騒ぎを収めることよ。何がどうなってるのか分からないけど、私達は王女だもの。」

「そ、そうだね……。私はお母さんに会ってくる。色々と情報を集めたいから……。」


この手の暴動が起きた際、やるべきことは二つ。

暴徒の鎮圧と重要人物の保護。

互いの性格を考慮すれば、アイラが前者、ライラが後者の役を担うのが適切だろう。


「グレコがいくら国民を動揺させようと、所詮は戯言に騙されてるだけよ。私達がしっかりと説得すれば民はわかってくれるわ。何としてもこの国を守るわよ。」

「うん……。」


姉妹は短く言葉を交わし、二手に分かれていく。

アンソムによって引き起こされたクーデターで要領は学んでいる。

ただ国を守るためだけに、二人は足を動かし始めた。




「何としてもこの国を守る、とか何とかほざいてるんだろうなあの馬鹿共は。」


共に逃げ出してきたセドナに傷の手当てをして貰いつつ、グレコは笑みを浮かべていた。


「そんな大怪我負いながら言われてもなぁ……。それで?これで本当にこの国は滅びるんだよね!?」


傷だらけなのはグレコだけではない。

グレコを助けに来たコルワにしても体全身を血で染めていた。


「もちろんだ。その為にお前を街の外に送ったんだからな。後は寝とくだけで国が滅び、アイラもライラも底辺まで落ちてくる。」

「で、その落ちてきた二人を拉致って復讐すると。じゃあそうなることを信じてアイスたーべよ♪」


コルワがいつもの調子で踊り始める。

グレコが城で囮になっている間、コルワも囮として働いていた。


街の外を徘徊していた魔物達に片っ端から喧嘩を売り、己の身を餌にしながら多くの敵のヘイトを一身に背負う。

そして集まった魔物達に、街から逃げてきた民を襲わせる。

それがコルワに与えられていた役割だ。


「けどさぁ、グレコがそんなに血まみれになるぐらいなら、僕が城に行ったほうがよかったんじゃない?アイラちゃん達に敵わなくても、魔物にならグレコでも勝てるでしょ。」

「それはそうだが、そうもいかない。俺が城に行ったのは単に民から目を逸らす為じゃない。俺は民に姿を見られてはいけないからな。」

「姿を見られちゃいけない?」

「あぁ、説明するより見た方が早い。城の様子を見にいくぞ。」


手当を受け、何とか立てるようになったグレコ。

寝ている間に復讐は終わると言ったものの、どうせなら国が滅ぶ様をこの目で見ておきたい。

グレコのような策士にとって、己の策が綺麗に回っていく瞬間ほど楽しい時間はないのである。




「民衆を死に導く王家に死を!」


グレコ達は城から少し離れた丘の上に立ち、顔をフードで隠しながらクーデターの様子を眺めることにした。

城の前に再び集まり、大声をあげる民。

前回のクーデターと違うところがあるとすれば、罵声以外にも石ころや家具が飛び交っている所だろう。

そしてその中心では、アイラが必死に彼らを説得していた。


「ほぉー大変そうだねぇアイラちゃん。ねぇもうちょっと近く行かない?ここからじゃよく見えないよ。」

「見えないじゃない、見られちゃいけないんだ。俺ほどじゃないにしろ、お前もしっかり顔を隠しとけ。俺達は今民衆からこれ以上ないほど恨まれてるはずだからな。」

「え!?そ、そうなの!?」


コルワが仰天し、腰を抜かす。

アイラ達がグレコに対して行った作戦。


敢えてグレコを英雄化することで【掌握】を無効化する。


グレコはこの作戦の対処法をずっと考えていた。

どうせなら策を無効化するだけでなく、己の目的の為に利用したい。

そうして編み出された作戦が、今回のものである。


「俺達はつい先ほどまで国家の英雄だった。その英雄に『街の外へ向かって走れ』と言われ、逃げてみたら魔物に蹂躙された。そうなった時民衆は俺らのことをどう思う。」

「やっぱり最低最悪のゴミ野郎だった!って思うだろうね、間違いなく。」

「あぁ、そしてそのヘイトは最終的にサイラス王家に向かう。何てったって俺らを英雄視し、女王のボディーガードにまで出世させたのはあいつらに他ならないからなぁ。」


遠くで暴れる民達を眺めつつ、グレコは大きな欠伸をする。

グレコはこの為に城へ行ったと言っても過言ではない。

もしグレコがコルワの役を担った場合、民に姿を見られることは間違いないだろう。

そうなると策の効果は一気に薄まってしまう。

あくまでもグレコは国民を危険に晒した悪虐非道の王家の回し者。

その役を演じきらなければいけなかった。


「よくもまぁここまで考えたもんだねぇ……。本当悪いこと考える才能は一級品だね!どう?次の魔王にでもなっちゃったら!?」

「今の魔王も倒しきれていないのに馬鹿を言うな。俺は与えられた手札をフル活用しただけだ。」


グレコが今回利用したのはアイラの作戦だけではない。


魔族に民を襲わせようと考えたのは、アイラと冒険者をした期間があったからだ。

冒険者の不足によって、サイラス周辺は魔物で溢れかえっていた。

加えてグレコ達が体感した魔物の無限蘇生。

これを利用しない手はないと判断し、コルワを餌に使った。

あの数の魔物がいれば、民が激昂するには十分すぎるほどの被害が出る。


カッシルに関しても、今回は完璧に利用している。

【障壁】を持つあの女を崩すことは出来ない。

そのため今回はグレコが戦いに勝利する必要がない作戦を取ったのである。

カッシルが城に残っても、グレコ敗北後、王家の味方と判断して民が勝手に断罪してくれる。

そして民を救いに行った場合は、反逆の旗印となるのだ。

サイラス騎士団団長という立場にありながら、王族ではなく民を守りにきた本物の英雄。

国家も、グレコという偽りの英雄も、全て信頼できなくなった民にとって、カッシル以上に信頼できる人間はいない。

サイラス王国が滅んだ後、次の指導者になるのは間違いなくカッシルである。


そしてアンソムのクーデターにしてもそうだ。

一度クーデターを阻止したという実績。

それはアイラとライラの判断力を鈍らせる。

最初に起きたクーデターがグレコのものだった場合、事態はもっと簡単に収束していただろう。

民を説得するのではなく、魔物を蹂躙することに徹したり、治癒魔法を片っ端から民に施したり。

考えられる策は山のようにあるが、あの姉妹はそこに思い至らない。


体に染み付いた成功体験は、時に自分を縛る鎖になる。


そのことをグレコはバルトラで学んでいた。


「あいつらは無駄に頭がいいが、それが良くなかったな。本気で俺を殺したいならば作戦など考える前にぶっ殺せばいいんだ。あいつらはそれが出来る力を持ってる。」


グレコを処刑することは確かに難しい。

だが単純に殺害するだけなら簡単だ。

グレコが誰かを【掌握】する前に、細胞レベルで燃やし尽くせばグレコは何も出来ない。

アイラ達がそれをしなかった理由はグレコには想像の及ばぬところであるが、彼女達にミスがあったとすれば間違いなくそこだろう。


「このまま国が滅ぶとして、アイラちゃん達はどうするの?性悪グレコのことだからただ殺すだけじゃないんでしょ?」

「そうだな……ライラは占星術を金儲けに使うとして、アイラはどうするか。腕をぶった斬れば魔法も使えなくなるだろうし、胴だけにして城の前にでも設置するか。あんだけ顔がいいんだ、穴さえあれば使()()男はいるだろ。」


過去一汚い笑いを浮かべ、グレコは唾を飛ばす。

しかし、そこに一つの足音が近づいていた。


「そうだ、忘れていた。コルワ、俺達にはもう一つ仕事があるぞ。『女王を守る』とか言っておきながら何も出来なかった馬鹿の処理だ。」

「げー……もう戦わないと思って新しい服を着てきたのになぁ。ま、ちゃちゃっと片付けますか♪」


背後を振り返り、そこに立っていた男を睨みつける。

歪な四肢と浅黒い肌。

戦闘力で言えばサイラス一かもしれない男と向き合い、グレコは白い歯をギラつかせた。


「グレコ……。貴様ぁぁぁぁぁ!!」


日が傾き始めた赤い空に、ロッツの咆哮が響いていた。

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