4.憎しみの問答
「距離無効。」
ランベリーが放った短い言葉と共に、グレコの目の前に斬撃が飛んでくる。
地上に立っているランベリーと、オーガの上に立つグレコ。
それだけの距離があれば斬撃など届くわけがないのだが、それを可能にするのが世界最強、勇者という男だ。
「相変わらずふざけたスキルだよなぁ!俺のスキルよりお前のスキルの方がよっぽど強力なんじゃないか?」
「スキル自体が問題なんじゃない、お前の性格が問題なんだよグレコ!」
グレコも負けてはいない。
【掌握】によって操作したオーガを操作し、斬撃をガード。
派手な戦闘音を鳴らしながら、二人は叫び散らす。
【無視】
ランベリーのスキルであるそれは正真正銘最強のスキルである。
距離、重力、速度、ありとあらゆる物理法則を無視することができ、ナイフを振るだけで大地を割ることができる。
あまりにも強大な力と、偉大な血筋、それこそがランベリーが勇者たる所以だ。
しかし強いからといって何だというのだ。
相手が誰であろうと、己の地位を下げてくるものは全力で叩きのめす。
それがグレコという男だ。
「全くあんまりオーガを傷つけたくはないんだがな!ふざけやがって!」
「いつもの冷静さはどうしたんだよグレコ!そんな程度で俺に復讐できると思ってるのか!」
ランベリーは明らかに戦闘用ではない果物ナイフを振り回し、グレコに攻撃を重ねてくる。
刃渡り10cm程度しかないというのに、斬撃の大きさはドラゴンの切り裂き程。
いくらグレコが復讐に燃えていようと、実力差は歴然。
グレコが搭乗しているオーガはどんどんと弱っていき、巨体に生傷が増えていく。
「グレコ、子供の頃を覚えているか。俺とお前は共に孤独な時期を、絶望の一時を過ごし、魔王討伐を誓ったじゃないか。それなのにお前は……変わり過ぎてしまった。」
「なんだ回想パートにでも入りたいのか?ガキの頃なんて覚えてもねぇよ。俺は今お前を殺したい。その気持ちに正直に生きてるだけだ。」
勝ちを確信したのだろうか、ランベリーは足を止めて地を見つめ始める。
腹立たしい気持ちを抱えながらオーガの腕を振り回しても意味はない。
ランベリーはオーガの腕が己の体に触れた瞬間、その質量を【無視】し、まるで鳥の羽でも振り払うように無効化された。
「変わったのはお前もだろ。【無視】を使いこなせるようになってからは防御も攻撃も全部一人でこなせちまう。勇者パーティとかほざいてるがお前は俺含め仲間を一ミリも頼ってない。果たして俺とどっちが勇者パーティに必要ない存在なんだろうな!」
オーガをできる限り傷つけないようにするため、拳の代わりに地面からもぎとった岩石を投げつけつつグレコは言い返す。
盾役のコルワも治癒役のアイラも、ベリオットやライラを支援するだけ。
勇者ランベリー・レオナルは幾人もの仲間を抱えながらも常に孤独に戦ってきた。
「魔王を倒すためなら確かに俺だけでも良かったかもしれない。けど俺達は勇者パーティなんだ!民を守るためには信頼できる仲間が必要だったんだ!」
「そうだよな、だからその仲間にそぐわない俺を追放したんだしなぁ!常に正しく民を導く、勇者様はほんと立派だよ!」
今度は岩石の質量を【無視】しまたも攻撃を完全に無効化したランベリーを煽り続ける。
この調子だ、グレコは引き続き石を放り投げつつ言い争いを繰り広げていく。
「グレコ、俺を憎むならいくらでも憎め!俺はいつでも相手になってやる。俺は民も、仲間も決してお前に【掌握】させない!」
「本当に悪者扱いなんだなぁ!あんな馬鹿共の為に命張って、可哀想なやつだよ全く!」
そろそろ頃合いだ。
ランベリーは完全に熱くなっている。
言い争いに夢中になり、割れていく地面に気づかないぐらいには。
「言っただろ?お前を殺すのはもっと先だ。無敵で最強の勇者様はお空で待っておいてくれ。」
グレコが不敵な笑みを浮かべた瞬間、ランベリーの足元から轟音が鳴り始める。
全てはこのための布石だ。
ランベリーの能力を理解しているのにわざわざオーガで殴ってみたのも、冷静さを欠いたような声色で叫び散らしてみたのも。
全てランベリーの注意を逸らすため。
大地を【掌握】した時に見つけた水脈を掘り出す作業を実行するための偽りである。
「くっ!水の勢いが強すぎる!」
「お前の【無視】は何か一つしか無視できないんだったよなぁ!水の勢いと体に入るダメージ、どちらかしか【無視】できないだろ!」
噴き上がった水に押しあげられ、ランベリーが空へと舞い上がっていく。
正攻法でこの男は不可能、そう判断しての作戦である。
しかし、ランベリーはそんなに柔な男ではない。
「この程度……受け止めればいいだけだ。」
「はっ、お前は俺のことを狂ってると言うが、お前も相当だな。正義に狂い過ぎてる。」
ランベリーは水圧のダメージではなく、浮き上がっていく己の体にかかる勢いを無効化した。
全身を水に打たれたことで、所々皮膚の色が変色し動くのもやっとのようだ。
例え自分が傷を受けることになろうと、決して諦めないのが勇者ランベリーだ。
グレコは動けなくなったランベリーに近寄り、見下しながら唾を吐く。
「お前は俺に復讐してもらいたいんだろ?俺が民を傷つけるよりは自分が犠牲になった方がいいもんな。俺もそこには不満がない。俺は俺の地位を下げようとしたやつを絶対に許さない。お前ら勇者パーティを地獄の底に叩き落とす。今ここでそう宣言してやるよ。」
ランベリーは単純な人間だ。
色々と考えてはいるが思慮が浅く、短絡的。
だからこそグレコのような周到な知恵者が横にいたのである。
「だがな、俺はお前の思うようには動いてやらない。俺はお前に復讐するためだけに大量の民を犠牲にしてやる。お前が抗えば抗うほど、お前の愛する民達が【掌握】されていくんだ。お前の最大の失敗は俺を追放したことだ、とっとと殺せば良かったんだよ。」
「そんなことはさせないし、してたまるか。俺は……全てを守ってみせる……。」
「その全てってのには俺も入ってるんだろうな。この甘ったれが。」
地面の上で意識を失っていくランベリー。
こうなった状態でもランベリーは【無視】を扱える。
どうせ殺せないのだ、こいつの全てを奪い絶望を味わわせてやる。
決意の元にランベリーの頭を軽く蹴り、グレコはその場を後にする。
「おう、ちゃんと倒したみたいだな。」
「おっかえり〜♪随分時間がかかってたみたいだけど大丈夫だったの?」
乗ってきた馬車の辺りまで引き返し、グレコ達は再会する。
コルワが死ぬことは有り得ないが、コルワが倒し損ねたメスオーガを相手しなければならないことぐらいは覚悟していた。
グレコはゆっくりと息をつけることに喜びを感じつつ、荷台に腰掛ける。
「ランが現れたから少し思い出話に花を咲かせていただけだ。それよりオーガの死体は?ヴィトに俺らが討伐した証拠を示さなきゃならないんだが。」
「運ぶのは大変だったから角だけ持ってきたよ。これ持っていけば何とかなるでしょ。」
「上出来だ。さっさと帰るぞ。風呂に入りたくて仕方ない。」
グレコもオーガの角を引きちぎってきたし、救助対象である商隊の人間にも顔を見せた。
ここまで完璧に仕事を達成すればヴィトもこちらを認めるはずだ。
これで奴の資材や奈落の人間を利用して復讐を行える。
今日ランベリーが地面を這う姿を見れただけでかなりの興奮を感じられた。
こちらを侮ったやつの裏をかき地に落とす、それがグレコにとって最高の愉悦。
これから感じられる喜びを想像しただけで、彼の頬は緩んでいた。




