47.王女と側近
「お、やっぱり来たじゃないグレコちゃん!」
王の間でまず目に入ったのは大量の兵士達だった。
全員サイラス騎士団の紋章を背中に背負ってはいるが、その剣は中央にいるフーネに向けられている。
「兵士まで籠絡してやがんのか……。スキルもねぇのによくもまぁ……。」
「おや、久しぶりですねぇグレコさん。あの会議以来ですか。」
兵士達の奥から例のちょび髭が現れる。
グレコはアンソムを洗脳する上で、グレコ達が襲いに来た一件全ての記憶を消失させた。
アンソムからすればグレコは三羽烏の会議で一度会っただけの若造である。
「フーネ!ちょっと待ってろ!この俺が助けてやる。」
「よろしく頼むわよ。流石に万事休すって感じだったからねぇ。」
近くにいた兵士を蹴り飛ばし剣を奪いながら、目的の女に声をかける。
カッシルやヴィトだから勝てないのであって、グレコは一般の兵士などに負ける器ではない。
己が力を誇示するため、できる限りストレートに倒してやろうじゃないか。
「アンソム、お前の悪事もこれで終わりだ。残念だったな。平和な革命なんて実現不可能なんだよ。」
「勿論そんなことはわかっていますよ。最後に戦いが起きることぐらい、想定済みです。」
そう言ってアンソムが左手を上げ、グレコ達の元に影が落ちる。
人の背丈の半分。
古代の人形のような形をしたそれは、グレコがここ最近で最も恐れたものであった。
「魔導兵……!?何でこんなところにいやがんだ。」
「オリッツさんは普段から研究室に篭りきりですからね。あの方はもう少し部下に気を配ったほうがいい。不満を抱えている方はいっぱいいらっしゃいましたよ。」
アンソムのいうことはもっともだが、それにしてもおかしい点はある。
あの研究所にある魔導兵は全てオリッツの研究室に保管されている。
あの部屋にオリッツが篭りきりな時点で、いくら部下を懐柔しようが魔導兵を連れてくることは不可能なはずだ。
そう思った時、グレコは一つのことに気づいた。
「その腕……。はっ、試作品を持ってきていきがってんじゃねぇ。」
「流石に気付かれますか。ですが試作品だろうと、この数がいれば関係ありませんよ。」
目の前にいる魔導兵の腕は、最初から剣が装着されている。
本来の魔導兵であれば、魔法を放つ時用の手があり、それを外して剣が出てきていたはずだ。
つまりこの魔導兵達は魔法を放つ機能を持たない試作品。
魔導兵と言いながら魔法が使えない、魔法で動くだけのガラクタだ。
大方アイラが旅に出ている間に作られたものだろう。
「兵士が四十と魔導兵が六。無駄な手傷は追いたくないな……。」
「グレコ、加勢しよう。我が国の裏切り者は俺が蹴りを付ける。」
浅黒い肌の男がグレコの横に飛び込んでくる。
妙な動き方をする瞳とつぎはぎの手。
左手の形状が以前見た時と大きく違うが、それ以外はフーネの付き人、ロッツの特徴と一致している。
「俺一人で十分と言いたいところだが。まぁ花を持たせてやるよ。お前もあのフーネに気に入られたいんだろ。」
「フーネ様だ!この痴れ者が!いいか、俺はお前を助ける訳でもフーネ様に恩を着せる訳でもない。ただ、己を救ってくれた方を、守り抜くだけだ。その為には共闘するのが最適解と判断した。」
グレコはこのロッツという人間の情報を、何も知らない。
王家に近しい人間のことは一通り調べたつもりだが、この男の経歴どころか名前すら、資料には一文字も刻まれていなかった。
未知とは脅威である。
ヴィトの件で痛いほど思い知った事実を噛み締め、グレコはロッツの動きをしっかりと確認しながら剣を振るう。
「お前は剣を使わないんだな。俺は拳で戦うやつを見てるだけでイラつくんだが。」
「戦闘中に喋るな呆け。俺の武器はフーネ様から頂いた、この体だ。」
軽口を叩きながら魔導兵を一体叩き斬ると、軽やかな音が耳に響いてきた。
人が走る音のようだが、あまりにも速度が速すぎる。
さながらマシンガンのような足音を立てているその男は、目にも止まらぬ速さで裏切り者の騎士達を蹴り飛ばしていた。
「移動速度が上がる系のスキルか……。大したものだな。」
「見くびるな。その程度で終わるほど俺は弱くない。」
大盾を持った騎士の前でロッツの動きが止まり、一度盾を蹴って身を翻す。
蹴りで倒すのは無理と判断し、魔法の一つや二つ放つのだろうか。
グレコがそう思いながら二機目の魔導兵を潰した時、今度は耳を裂くような爆音が響き渡った。
「きぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「なっ、何だこの超音波!」
イルカかコウモリかというような高音が響き、騎士達がバタバタと倒れていく。
守りが硬い相手を崩すのに音を使う。
その発想は逞しいが、仕掛けがわからない。
ロッツは詠唱もしていないし、そもそもグレコはあんな魔法を見たことがない。
ということはつまり。
グレコの頭にいやな想像がよぎり、額から汗が垂れた。
「グレコ。一時的に肩を並べる身として教えておこう。俺の体はサイラスの技術の粋を集めた特別仕様だ。欠けた部位にスキル持ちの犯罪者の体をあてがう事で、元となった人間のスキルが使用可能になっている。」
「はっ、何なんだその無茶苦茶な設定は。」
「足が【疾風】、今の攻撃は喉の【咆哮】だ。この他にも俺は体の各種部位に、十以上のスキルを有している。」
何とか三、四機目の魔導兵を倒しつつも、グレコは困惑してた。
魔導兵もそうだが、このロッツという男も将来戦うべき相手である。
どの程度の実力なのか気になるところだったが、これは予想以上だ。
ロッツは、ヴィトが【幻影】で成し遂げていた複数スキルの使用を実際に成し遂げている。
「遊びは終わりだ。さっさと片付けるぞ。」
ロッツがそれだけ告げ、半分ほどになった敵を片付ける作業が始まった。
「いや〜ありがとねグレコちゃん。私戦闘は苦手だから助かったわ!」
敵を潰し、アンソムを捕縛した後。
広さを取り戻した王の間でフーネが近寄ってくる。
どちらかというと活躍したのはロッツのような気がするが、感謝してくれるならそれでいい。
「やっほ〜王女様〜!お城で暴れてた人達、片付けておいたよ〜!」
「ご主人、こいつは何もしてない。活躍したのは私だ。」
そのうちにコルワとセドナが王の間に現れる。
セドナが言う通り、コルワは一切血を流した様子がない。
本当に遊んでいただけで戦っていないのだろう。
まぁ相手が民だから血まみれになられても困るのだが、土汚れすらないのは問題だ。
「一番に私を助けに来てくれてありがたいわね。うちの娘達よりよっぽど役に立つじゃない。」
「お前の娘達も働いてはいるはずだぞ。外の民達が落ちつき始めてる。あれはあいつらの仕事だ。」
部屋の窓から外を見ると、先ほどまで暴れ回っていた民達が大人しくなっていた。
国民には手を出せない。
その前提がある以上どうするのかと思っていたが、どうやらアイラが自分の口で民達を説得し直したようだ。
グレコの【掌握】による洗脳と違って、この民達はアンソムに感化されただけだ。
より権威ある人間が知識と落ち着きを持って説得すれば簡単に正気を取り戻す。
そしてアイラはそれを実現するほどの知性を持ち合わせている。
「まぁ落ち着いた所で……ロッツ!アンソムが何かできないように拘束しなさい!」
「かしこまりました。」
ロッツが縄で縛られたアンソムに剣を突きつける。
フーネを救出して感謝されるという任務は果たした。
後はただ座して待ち、フーネからの恩賞を待つだけだ。
「アンソム。何でこんなことをしたの?国家への叛逆が大罪だってことぐらい、あなたなら理解しているわよねぇ?」
「黙れこの女狐め!ケイン様を見殺しにし、金を優先した守銭奴が!貴様のような女に国を支配されてたまるか!これは正義による改革だ!」
「貴様フーネ様を侮辱する気か!殺してやるっ!」
「待ちなさいロッツ。アンソムには色々と聞きたいことがあるんだから。」
今にもアンソムを殺そうかという気迫のロッツを押さえ、フーネがゆっくりと歩く。
「さぁアンソム。全部話してもらおうか。【解除】」
「……フーネ様?何故私はこんなところに……?」
「ふむ、やっぱり誰かに術をかけられていたみたいだねぇ。アンソム、誰かに魔法やスキルを使われた覚えはないかい?」
「いえ、最後の記憶といえば家で妻と本を読んでいた辺りですが……。」
【解除】
フーネのスキルであるそれは、グレコの天敵とも言えるものである。
対象にかけられた術やスキル、洗脳や毒まで全ての効果を無効化することが出来る。
本来ならばグレコの【掌握】も解除され種明かしをされてしまうところだが、勿論対策済みだ。
フーネの【解除】はフーネ自身が把握しているものしか無効化できない。
つまり『アンソムが革命を起こそうとする』という部分の洗脳は無効化できても、『グレコに関する直近の記憶を消されている』ということはフーネにも想像が及ばないため解除できないのだ。
『誰かに記憶を消されている』ということは把握できても、誰にどの部分の記憶を消されたかまで把握しなければアンソムの記憶は取り戻せない。
事前にその仕様を把握しておいたことで無事グレコが嫌疑をかけられることはない。
その想像通りフーネは一旦事情聴取を諦め、グレコ達の方を向き直る。
「まぁこの革命事件の闇はまだ深そうだけれど、取り敢えず感謝しておこうじゃない。グレコちゃん、コルワちゃん。それと……セドナちゃん?」
「言っただろ?俺は世のため人のため生きてるんだ。女王を助けるのなんて、当然の責務だろ。」
「その言葉を信じておくわ。今回の後処理が落ち着いたらそれ相応の立場と報酬を用意してあげる。」
こうしてグレコの作戦は、若干の予想外と概ねの計画通りを孕んで終了したのであった。




