46.馬鹿と魔法は使いよう
「ご主人!街が!」
サイラス王城の方を見ていると、家に残しておいたセドナが駆け寄ってきた。
『自宅に騎士が詰めかけてきたりクーデターが始まったりしたら教えろ。』
そういう指示を出したのグレコだが、状況からして確実に後者の連絡だろう。
セドナが着ているボロいワンピースにも、かなりの土汚れが付いている。
騒動を感知し、全力で走ってきたに違いない。
だが目の前にはアイラもいる。
あくまでも何が起こってるかわからない体で話さなければ。
「何がどうなってる。何であんなに黒煙があがってるんだ。」
「わからないけど……。ナラクの人達が一斉に動き出して!」
「ナラクが……?ライラ!」
しっかりとグレコの意図を察し、さも自分達が無関係かのように報告をするセドナ。
それを聞いてアイラは素早く指示を出し、ライラが地べたに座る。
「暴れてるのは古い服を着た一般市民と……。あれこの人って街の学校の先生じゃ……?」
「先生?ってことはもしかしてアンソム!?何でそんなことに!」
ライラの占星術は危険を教えてくれるアラームであり、監視カメラでもある。
印をつけた相手に危険が迫れば無条件に察知でき、今回のように印をつけたところの映像が見たければいつでも見れる。
大方サイラス城下にも印をつけた人間を置いているのだろう、ライラは次々と詳細な情報を教えていく。
「襲われてるのはお城だよ……。兵士ではなく一般人が暴れてるからサイラス騎士団が上手く動けてないみたい。早く行かないと……。」
「ますますアンソムが首謀者らしくなってきたわね。あの男はスピーチの天才だから、ナラクの人々にそういう教育を施してクーデターを起こしたんでしょう。」
サイラス騎士団は民を守る組織だ。
故に民に手を出せず、一般市民によるクーデターに対処できない。
グレコとしてもそれは承知の事実であるため、かつてはライラ、アイラへの復讐には市民を使うつもりだった。
アイラによってグレコが賞賛されたことで不可能になった話だが、まさかそれをアンソムが成し遂げるとは。
グレコはひっそりと舌を巻き、地面に手をつく。
「国のことを考えるのもいいが、まずは目の前の敵に集中した方がいいぞ。こいつら、また動き始めるみたいだ。」
「あぁもう、めんどくさいわねぇ!」
オーク達が何度目かの蘇生を遂げ、ゆっくりと立ち上がる。
しかし、今回のアイラは本気だった。
「国が大変だっていうのに手加減なんてしてられないわ。魔王だか何だか知らないけど、覚悟しなさい!全員ここから離れて!悪いけど、細かく狙えるほど今の私は冷静じゃないわよ!」
アイラがそう叫び、グレコ達は一斉にサイラス王城に向かって走り出す。
クーデターを止めたいのは何も姉妹だけではない。
グレコとしても当初の予定通りクーデターを止め、英雄としての業績を積み上げなくてはならない。
そうやって走り出したすぐ後ろで、アイラの大声が上がる。
「全てを凍てつかせし終焉の悪魔よ!その神なる剣をここに振るえ!ニヴル!」
長い詠唱と共に、空気が凍る。
冬や氷室の寒さとは桁が違う、それこそ全ての生物が死滅する氷河期のような。
絶対的な寒さが辺りを覆い、空から文字通り巨大な剣が降りかかる。
召喚魔法
大量の魔力を犠牲とし、神を呼び出す究極の魔法。
張られた氷は全てを固め、オークは周囲の地面ごと氷結した。
「この氷は何が起ころうと溶けないわ。これなら蘇生も関係ないでしょう!」
「うっひょぉ〜!アイラちゃんかっくい〜!!」
「うるさいわよコルワ!さっさと走りなさい!」
魔力の使いすぎでフラフラになったアイラがそう告げ、グレコ達と共に走り出す。
「ひどい有様ね……。」
城下に帰ってきて最初に目に入ったのは、視界を埋め尽くすような人間達だった。
老若男女、貧富問わず様々な人々がサイラス王城に詰めかけ、騎士団に向かって突撃している。
街が燃えたり、血が流れたりはしていないものの、そう簡単に収拾はつけられない状況だ。
「アイラ様!ライラ様!お戻りでしたか……!」
「カッシル!今すぐ状況を報告しなさい。一体何が起きてるのよこれは!」
「少し前に突如サイラス王城の武器庫が爆破されました。我々がその後処理を行い始めたところ、この通り大量の市民が暴れ初めまして……。首謀者はサイラス学術院、アンソム・カイロニーと思われます。」
カッシルが素早く報告し、アイラ達は慌ただしく動いていく。
最早グレコなどに構っている暇もないようだ。
コルワ、セドナと身内しかいなくなったところで、グレコ側も作戦会議を始める。
「全く予想以上に派手にやりやがったなあの男……。」
「あんなに平和そうなおじさんだったのにねぇ。実は凄い人だったんだ。」
アンソムにクーデターを起こさせる。
そう決めた時点ではここまでのことを起こせる人間だと思っていなかった。
なんせグレコ本人がこのクーデターを止めなくてはならない。
強力な兵器を保有するオリッツや、莫大な資金力で武器や人を無尽蔵に集められるワジルと違って、アンソムにはクーデターを起こす力がない。
そう判断した上でアンソムを利用したのだが、どうやらあの男はグレコの思う何倍も聡い男だったようだ。
「けどこれってアンソムおじさんにグレコがちょっと指示を出したら解決する問題じゃないの?今から鎮圧するからわざと負けろー!ってさ。」
「この民衆がスキルで操られてる場合はそうだろうがな。こいつらはあくまで自分の意思で動いてる。頭をぶっ倒しても意味はないだろうな。」
アンソムがやっているのは元々グレコがやろうとしていたことと同じだ。
民衆に『サイラス王家を潰せ。』と洗脳を施し、暴れ回る。
グレコが【掌握】を使ってやろうとしていたことを、アンソムは話術一つで行っている。
「グレコさん!?グレコさんじゃないっすか!」
「姐さんも!お久しぶりです!」
「うぉぉ!久々だぁ!」
人混みの中から三人組が声をかけてくる。
この頭の悪そうな顔、グレコは微かに見覚えがある。
賭場にいた三馬鹿、アンバ、ポンド、タンリだ。
バルトラ壊滅作戦の時に死んだかと思っていたが、生きていたのか。
「お前らこのクーデターに参加してるのか。これは何がどうなってる。」
「これはクーデターじゃないっすよ。革命っす革命!俺達の力で国を変えるんすよ!」
「そうそう!兄貴の言う通り!俺達はアンソムさんに救われたんです!」
「んだんだぁ!貧民の俺らでも国を変えられるってことを証明してやるんだぁ!」
極めて頭の悪い話だ。
さしずめアンソムに『君達はこんなところで貧しく生きている人間じゃない!』とでも唆されたのだろう。
こいつらは永遠に誰かに利用されている。
「どうする?こうなったら三馬鹿と一緒にアイラちゃん達を殺しにいく?」
「いやそれは無理だな。アンソムは文官だ、人を説得するのは上手くても兵の使い方が下手すぎる。こんな乱雑に民衆を動かしてもサイラス騎士団は突破できない。俺達が何もしなくてもこのクーデターは直に鎮圧される。」
グレコが民を動かすとすれば、こんな一斉突撃みたいな真似はしない。
民をいくつかの大隊に分け、同時多発的に国家の主要施設を叩き潰し、アイラやカッシルなどの主要戦力を分散させる。
こんな一箇所に民を集めてしまっては、それこそアイラが魔法を放てば全員終了だ。
「戦力的にも俺達がやるべきはここの鎮圧じゃない。出来る限り小さい仕事で賞賛を得ることだ。」
グレコはそう言って再び走り出す。
この大量の兵士達は、カッシルとアイラがどうにかする。
とすればグレコの役目は別にある。
「フーネ・サイラス。この国の頭を守りに行くぞ。」
「フーネは王に相応しくない!市民による議会がこの国を統治するのだ!」
城の中では、グレコの予想通り激しい衝突が起きていた。
そもそもグレコはアンソムに『フーネは王に相応しくない』という洗脳をかけている。
その前提がある以上、狙われるのは確実にあの女王なのだ。
「俺は単独でフーネの元にいく。お前らはここにいる民共をどうにかしろ。」
「りょうか〜い♪頑張ってね〜!」
この国を救ったのはグレコだ。
それをフーネに強く印象付ける必要上、出来る限りセドナやコルワの力を借りたくはない。
首謀者がアンソムである以上このクーデターではそれほど血が流れていないが、女王付近となれば違うだろう。
フーネを力づくで退陣させようとする戦力を退ける。
グレコはその目的を抱えて城の廊下を走り抜けていった。




