44.憎き姉妹との対面
「どうしたんだ?いつもお城に引きこもってるお姫様がこんなところに出てくるなんて。珍しいな。」
目の前に現れたライラを嘲笑うように、グレコが話しかける。
ライラ・サイラス
グレコの復讐対象であり、サイラス王国第一皇女。
はっきり言って、この女は恐るるに足らない。
グレコはそう感じている。
「えっと……アイラちゃんからここにいるって聞いて……。」
この王女は妹のアイラがいないと文字通り何もできない。
寡黙で人見知り。
コミュニケーション能力というものが著しくかけている彼女は、元仲間であるグレコとも殆ど会話したことがない。
戦闘能力にしても皆無と言えるレベルであり、グレコからすればライラはアイラのおまけにも等しい存在である。
それはコルワにしても同じようで、ライラの肩に手を回してペラペラと喋り始めた。
「オーガと戦った時以来だねぇライラちゃん。相変わらず可愛いじゃーん!」
まるで獣に囲まれた小動物のように震えながら、ライラが下を向く。
その内に、泣きそうなライラの後ろから警戒すべき相手が姿を現す。
「ライラ!何で先に行ったのよ!殺されたらどうするの!」
花の香りと共に食堂に駆け込んでくるアイラ。
いくらサイラス王家直属の魔導研究所だからといって、王女が二人こんな所に集まっているのも珍しい。
グレコは一歩後ろに下がり、警戒の体制を取る。
「さっさとそのダンマリ王女を引き取ってくれ。俺はお前らと喧嘩するつもりはないんでな。」
「こっちもそんなことしたく無いわよ。今日はあんた達と話にきたの。そしたらライラが先走ったってだけの話よ。」
サイラス姉妹の話の通じる方が現れたことで、会話は加速する。
アンソムやオリッツと近寄れたため、最早この二人と結婚するつもりはないが、今刃を交えるつもりもない。
グレコはあくまで、心を入れ替えてサイラス王家のために働く男を演じるだけである。
「話って何々??グレコに告白でもするの??」
「なっ、そんなわけないでしょ!今日はあんた達を勧誘しに来たのよ。オリッツから聞いたわ、あんた達真面目に働いてるらしいじゃない。」
「あぁ俺だってサイラス国民だからな。こんな素晴らしい組織で働けるとあれば汗の一つぐらい流してやるさ。」
「よくもまぁそんなに思ってもないことを言えるわね。どう?私達とパーティを組み気はない?」
落ち着いた表情のままこちらに手を差し伸べるアイラ。
全く相も変わらずの知恵者ぶりである。
こちらが策を弄すれば、相手もそれに応じて策を弄してくる。
ベリオットを殺そうとした時には味わえなかった感覚。
グレコは、心躍っていた。
「どういうつもりだ?お前らが俺を追放したんじゃないか。」
「あれももう昔の話じゃない。今のグレコは悪人とは思えないし、【掌握】を悪用するとも思えないわ。」
何をふざけたことを。
一ミリもそんなことは思っていないだろうに、よくもまぁ。
グレコは笑いそうになるのを必死で堪え、平静を装う。
「それに……ランベリーとベリオットが居なくなったことでこっちも困ってるのよ。あんた達がいたバルトラから来てた人は半分以上冒険者を辞めたし、冒険者ギルドは今深刻な人手不足なの。」
こちらの方は本当の話だろう。
バルトラを裏切るに辺り、冒険者業に就かせていた労働者は完全に放置してきた。
あの不真面目な輩がバルトラ解散後も真面目に働くわけがない。
「そういえば行方不明らしいなぁ。ランベリーもベリオットも急にいなくなって。一体どこに行ったんだか。」
「さぁ……?なんだかんだ真面目な人間だし急にいなくなるなんてことはないはずだから。誰かに何かしらされたんじゃないかしら?」
「はっ、さぁ誰なんだろうなぁ?」
互いに互いの全てを知っている。
だがそれを理解した上で、互いの目的のために動くのだ。
「まぁお前の提案は魅力的ではある。俺としては別に構わないが、俺は今サイラス魔導研究所の人間でもある。その前提がある以上すぐには答えは出せない。」
「そのことなら大丈夫よ。私が一声かければいつだって仕事を辞めさせてあげるわ。もしここでやり残したことがあるなら、それも気にしないで。いつでもここには入れるようにオリッツに頼んでおくから。」
どうやら何が何でもグレコ達を仲間に引き摺り込みたいようだ。
流石の手回しの早さである。
「何にせよ結論は後だ。今日のところはその大人しい姉貴を連れて帰ってくれ。」
「はいはい、分かったわよ。そうだ、最後に握手しない?」
アイラが思いがけない提案をし、こちらに近寄ってくる。
ここで断るのも怪しまれるだけ。
そう判断してその手を取り、笑みを浮かべる。
「いい返事が貰えることを期待してるわよ。ライラ!あなたも握手しときなさい。」
「え、あ、うん……。」
促されるままにライラもグレコと握手を交わし、怯えながら去っていく。
握手の流れはコルワにも続く、と思ったところでコルワはアイラに抱きついた。
「うーん!やっぱ女の子はいい匂いがするねぇ!これからも仲良くしようね、アイラちゃん!ライラちゃん!」
「はいはい、正直あんたはパーティに来なくていいんだけど。まぁついでだし仲良くしといてあげるわ。」
軽く抱擁し、今度はライラに抱きつくのか、と思った所で動きが止まる。
どうやらライラとハグするつもりはないようで、コミュニケーションは終わりとなり二人は去っていく。
昼休みもそのタイミングで終わりを告げ、奇妙な対話の時間は幕を下ろした。
「ふぅ……。で、どうするの?」
その日の夜。
家に戻ったコルワが早速質問をしてくる。
その前に、グレコにはやることがある。
「おっととあぶなーい!」
「へ?何何何!?」
床にブルーシートを敷き、いつも使っている剣をコルワに向かって振り下ろす。
そのままの勢いでコルワの両腕を切り落とし、千切れた腕を窓から放り投げる。
「おい、お前の腕って置いといたら勝手に消えるんだったよな。」
「そ、それはそうだけど……。どうしたの?急にそういう性癖に目覚めたの?」
困惑するコルワを他所に、グレコは淡々とブルーシートを片付けていく。
アイラとライラに出会った段階から、こうすることは決めていた。
最早当然の動きである。
「お前もライラの占星術は知ってるだろ。あいつは肩に印を描いた相手の未来や現状を見れるんだ。そう簡単に印が描けるとも思えないが、用心するに越したことはないからな。」
「それは知ってるけどさぁ……。そう思って僕アイラちゃんとしかハグしなかったよ?肩に触れられるのはマズイんだもんね!」
コルワが自慢気に胸を張る。
流石のコルワといえどそれぐらいのことを考える頭はあったようだが、まだ考えが浅い。
グレコはその一手先を見透かしている。
「これはまぁ俺の推測だが、あいつらは多分アイラじゃないしライラじゃない。」
「は?なんかのとんち?」
「そのままの意味だ。あいつらはアイラの変異魔法をそれぞれに施してる。多分アイラがライラになって、ライラがアイラになってたんだ。だからお前がハグしたのはライラ、印を描かれていてもおかしくはない。」
変異魔法
アイラが勇者パーティにいた頃からよく使っていた魔法である。
顔だけ全くの別人になることができるその魔法は、人を欺くために生まれたものだ。
「声は通信機みたいなものを使ってたんだろうな。魔道具の類で思考を口に出さずとも使用者の声として音にするものがあったはずだ。多分喋りだけは本人だろう。」
「え、ってことはあのキラキラした笑顔のアイラちゃん、ライラちゃんだったってこと?」
「変異魔法で別の顔になっていても、表情は自分で動かさなきゃならないからな。あの根暗王女が必死こいて笑ってたんだろ。」
ライラがあんなに綺麗に笑える人間だとは思わなかったが、奴らとしても必死なのだろう。
グレコから国を守る為に、自分の命を守る為に。
「ところで何で二人が入れ替わってるって分かったの?あの二人顔と雰囲気以外そっくりじゃん。声でも見分けがつかない様にしてたんでしょ?」
「匂いだ。ライラは匂い系の小物を集めるのが趣味だと聞いたことがある。入れ替わるにあたって香水の類は配慮してきたんだろうが、部屋で焚いてる香炉の匂いまでは消さなかったらしい。普段何の匂いもしないはずのアイラからやたらと花の匂いがした。」
グレコは【掌握】で辺りの全てを把握することができるが、そもそもの五感も優れている。
こと匂いに関しては一級品。
というか嗅覚が鋭いが故に色々な食事を口に出来ず、パンばかり食べているのだ。
「で、パーティの件はどうするの?こっちを騙してくるような人達の仲間にはならない?」
「いや、その提案には乗ろうと思う。あいつらはアンソムの件までは知らずとも、俺らが暗躍してることを知ってる。それを知ってる上で俺らを誘うってんなら乗ってやるまでだ。」
グレコは喧嘩を売られたら買う主義である。
アイラとライラが何を考えて自分達をパーティに招いているのか知らないが、こちらに喧嘩を売っているのは間違いない。
王家に近づくという目的を考えれば、アイラ、ライラと冒険者をやる事に利はないだろう。
アンソムやワジルもそうだったが、あの姫達が未だに冒険者業をやっていることを王家の役人は嫌っている。
だがどうせグレコ達は今暇である。
アンソムがクーデターを起こすのを待つ間の暇つぶしをしながら、あの聡い姫達の動きを監視できるのならば一石二鳥。
「久々の魔物退治は不安だがな。勇者パーティ再結成と行こうじゃないか。」




