38.サイラス魔導研究所
「ご主人、食事を持ってきたぞ。」
「あぁ、そこに置いといてくれ。」
大きなお盆を持って部屋に入ってきたセドナに指示を出し、グレコは本をめくり続ける。
ここ数日、グレコはサイラス王家に関する本を片っ端から読み漁っていた。
サイラス建国史、サイラス交通論、サイラス魔導体系。
それこそ寝食を疎かにした状態であるため、セドナの献身的な世話がなければ過労で倒れているに違いない。
「ねぇねぇグレコグレコ〜!そろそろ遊びに行こうよ。本ばっかり読んでてもつまんないって〜!」
「これもあの姉妹を殺すためだ。お前も少しは知識を仕入れろ。」
グレコが本を読み漁っている間、同居人であるコルワは酷く退屈そうにしていた。
最初の頃はショッピングを楽しんでいたものの、すぐにそれにも飽き。
今やグレコの横でグダグダと寝転がるのみである。
「いや〜僕の仕事は考えることじゃないしぃ。そうだ!それなら僕に色々教えてよ!そんだけ本読んだんだから面白い話の一つや二つ見つかったでしょ?」
「はぁ?何で俺がそんなことを……。いや、まぁ一応作戦は決まっているしな。ここらで一旦説明しといてやるか。」
ここ数日座りっぱなしだった椅子からやっと立ち上がり、グレコは筆を握る。
まだ情報収集を辞めるつもりはないが、ある程度の作戦は固まった。
横でコルワが喚き続けるよりも、一度作戦を提示して黙らせた方が有益だろう。
「いいか、ここサイラス王国は世界の国々の中でも随一の歴史を持つ国家だ。肥沃な大地と恵まれた気候を武器に発展を遂げた農業国家だったが、魔族の襲撃を度々受けてその都度破壊的な被害を受けている。魔王が討伐され一時の平穏が築かれた今では、旅人達の通り道として活躍しているがな。」
広げた紙に適当な世界地図を記し、説明をしていく。
グレコ達勇者パーティがこの国に腰を据えているのもこの立地があるからだ。
魔族の出現率も高く、他国へ移動するのも容易なこの国は、冒険者達にとって絶好の狩場。
居住する場合においても、サイラス騎士団の絶対的な守りが存在するため命を脅かされることもない。
「現在の王であるフーネ・サイラスは、前王であり夫のケイン・サイラスの頃から商人として活躍していた女傑。市場の動向を先の先まで見通し、常に最善策を最速で考案する優れた頭脳を持っており、女王の座についてからも国政を一人で担う天才だ。」
「ケイン……その人なら知ってるよ!確か先代の魔王に殺されたんだよね♪」
「あぁ。先代魔王の襲撃で王を失い国自体も半壊した後、妻のフーネは夫の愛した国を守ろうと働き、娘のライラ、アイラは父の無念を果たすために戦いに出た。ここまでがこの国の大体の経緯だ。」
筆を置き、窓から見える城を睨む。
先代魔王
未だ魔族の細かい生態はわかっていないが、グレコ達が倒した魔王の前にも魔王は存在した。
歴史書によると当代の魔王が死亡した数十年後に新たな魔王が生まれるらしいが、先代魔王だけは例外。
ケインが死んだことをきっかけにアイラライラが魔王討伐に乗り出し、ランベリー達と出会ったりしている間に先代魔王は行方知らずになり、代わりの魔王が誕生した。
全てがイレギュラーであり謎に満ちた存在。
それが先代魔王である。
「で?何かいい作戦が見つかったんじゃないの?先代魔王や前王の情報をかき集めただけじゃ何にもならなくない?」
「そう急ぐな。勿論そっちの情報も掴んである。俺達の目的は王家を内側から破壊すること。そこで求められるのはこいつらとの接触だ。」
グレコは机の上に三枚の似顔絵を広げる。
それぞれに描かれた三人の老人。
この三人こそが、サイラス三羽烏と言われる国の重要人物である。
コルワがその似顔絵を一枚ずつ眺め、舌なめずりしながら眺めていく。
「ちょび髭、狸親父、老紳士……。圧倒的にこの人が好みだね僕は!ていうか老紳士以外あり得ないよこんなの!」
「お前の見合い相手を探してるんじゃないんだぞ……。けどまぁその男に注目したのは悪くない。サイラス王国魔導研究所所長、オリッツ・カイド。俺達はこいつの元で働くことにする。」
「いやはや良く来てくれたよ全く、救国の英雄グレコ君。それにコルワ君。」
作戦が決まってから、実際オリッツに会うまでは一瞬だった。
先日貰った勲章を見せびらかしながら『サイラスの魔導研究に協力したい』とカッシルに告げてから一晩。
招待はすぐに届き、グレコとコルワは魔導研究所に招待された。
少し前を歩く初老の男性こそが、目的の男。
この国の魔導研究を担うオリッツという人間である。
「確かグレコ君は空間を把握するスキル、コルワ君は不死身の体を持っているんだったかな。素晴らしいスキルだねぇ全く。私のようなスキルを持たないものからすれば羨ましい限りだよ。」
「いえ俺達は所詮スキルが強かっただけだ。魔導に関する知識も全くなく、こうして勉強しに来たわけだしな。」
グレコ達を出迎えたオリッツとそんなことを話しながら研究所の中を歩く。
勲章まで授与されたことで、名実共にグレコは国の有名人となったわけだが、依然としてスキルについての詳しい話は伏せられている。
あくまでも周りにあるものを感知することが出来るだけのスキル。
生物を操作する方の【掌握】に関しては、カッシルやアイラ、ライラなど共に戦った者にしか情報が回っていない。
広い研究所の中を歩いていく中で、オリッツの足が大きな扉の前でやっと止まる。
「この先は世界の魔道研究の最前線。我が国が威信をかけて開発している魔導兵の研究所だ。普段ならば誰にも見せないところだが、今回は特別だよ?」
「おっひょー!凄い凄ーい!」
扉の先に広がっていたのは凄まじく高い天井の研究室。
そしてそこの壁一面には、鎧を着た人型の兵器が所狭しと並んでいた。
「確かに凄まじいな……。これが一人でに動くのか。」
「あぁそうさ。大体フレア一発ほどの魔力を注げば丸一日稼働させることが出来る。一台一台が上級冒険者並の実力を持っていてね。サイラスの悪魔、なんて呼ぶ研究員もいるぐらいだよ。そうだ、試しに戦ってみるかい?」
「いいのか、ぜひ頼む。」
オリッツの提案に二つ返事で了承する。
大量の魔導兵を見て驚きながらも、グレコは焦っていた。
グレコの【掌握】で操れるのはあくまでも生物だけである。
非生物に関してはどうやっても動かすことができない以上、目の前の兵器は間違いなく将来グレコに牙を剥く。
そんな代物と戦わせて貰えるなど、願ってもない話である。
「いやはや若い者は勢いがあっていいね。そこの階段の下に実験室があるからそこで待っていてくれたまえ。なんなら二人がかりで挑んできても構わないぞ。」
よくわからない装置を弄り始めたオリッツをよそに、グレコ達は階段を降りていく。
その道中で人の目がなくなったことをしっかりと確認し、コルワが話しかけてきた。
「凄いだねぇ最新技術っていうのは!魔導研究所って言うからもっとジジ臭い学校みたいなところを想像してたんだけど。」
「昔はお前の言う通り魔導学校があったらしいがな。アイラが生まれてからはこの形式になったらしい。あいつは間違いなく世界で一番魔導に優れた人間だ。あいつの協力がある限り、サイラスの魔法技術は永遠に発展し続ける。」
「なるほどねぇ……。アイラちゃんって意外と凄い女の子だったんだ。」
「何でお前はそう人に興味がないんだ。あいつは魔法の腕もいいが頭もかなりいい。俺がこうして魔導研究所に招かれ、最新兵器と戦う機会まで貰えてるのは間違いなくあいつの差金だ。」
アイラの真意はわからない。
サイラスの技術力を見せびらかし、グレコの戦意を削ごうとしているのか。
それとも魔導研究所の兵器を使ってグレコ達に何かしらの仕掛けを施そうとしているのか。
どちらにせよ総戦力でグレコを叩き潰そうとしていないことだけは確か。
ならばこの与えられた猶予を存分に使ってやろうじゃないか。
「そういえば僕らってここで働くんだっけ?」
「あぁ、ここはサイラスの重要機関だからな。ここで働いておけば定期的に王家に近づくタイミングはあるはずだ。特にアイラにはな。そのうちに色々と策を仕掛ける算段だ。頼むから無闇に暴れたりするなよ。」
アイラ、ライラ姉妹に復讐する上でのハードルは幾つかある。
その中でも強力なのがカッシル率いるサイラス騎士団。
そしてもう一つがあの姉妹自身だ。
アイラは攻撃・補助・治癒と全ての魔法を無尽蔵に放つことができる化け物。
ライラは戦闘力こそないものの占星術で敵の攻撃を予知し、全てを見透かしてくる。
そしてこの国にはあの二人の力を利用した様々な組織が存在しており、この魔導研究所もその一つである。
「まぁまずはお手並み拝見だ。相手の実力を知らないことには、何も始まらないからな。」
「はいはい、今度は慎重になりすぎないでよね♪」
服を着崩し肩を回したグレコ達の元に、一つの兵器が降りてくる。
先ほど壁を埋め尽くしていたうちの一体。
サイラスの悪魔である。
「さぁ英雄達よ!貴重な研究データとなっておくれ!」
オリッツの声が響き、グレコにとって久々の戦闘が始まった。




