36.曲者の妹
「サイラス王女姉妹、延いては王家を簒奪するにあたって最も重要なのは国に認められることだ。その為に俺はライラ、アイラのどちらかと結婚する。」
あれから一ヶ月。
サイラス王国城下、賑やかな大通りをグレコは松葉杖をつきながら歩いていた。
横にいるコルワの手には大量の紙袋が握られ、セドナも先ほど買った焼き芋を美味しそうに頬張っている。
城下町の視察兼、ショッピング。
グレコ達三人は各々の目的を抱えながら通りを抜けていく。
「結婚って言ったって難しくない?確かにグレコの評判は良くなったけど、グレコの悪行が消えた訳じゃないし。何より僕がいるっていうのに!?所詮遊びだったのね!」
「黙れ、お前のことなど遊び相手と思ったことすら無い。まぁ結婚は無理でも最悪王家のかなり近いところに入り込めればいいんだ。大臣でも側近でも、何なら騎士団長でも。」
抱きついてくるコルワを押し除け、グレコは辺りを見渡す。
話に聞いていた通り、街ゆく人のグレコへの視線は大分柔らかくなっている。
追放され奈落に移った際は、顔を隠しておかなければ今にも石が投げられそうな雰囲気だった。
それが今は若い女は色めきだち、壮年の男は感心するような表情で腕を組んでいる。
誰一人グレコの事を敵視していないどころか、憧れている。
「多少地位が上がることは想定していたが……これはやりすぎじゃないか?カッシルはともかくアイラやライラがこんな状況を放っておくとは思えない。こんなの、今すぐにでも【掌握】出来るぞ。」
「んー、そんなことないのかもよ。ほら、これ見てみなよ。」
疑問符を浮かべたグレコに対し、コルワが一枚の紙を手渡してくる。
『救国の英雄グレコ!
先日行われたサイラス騎士団による攻撃作戦。その対象となったのは地下都市ナラクの犯罪組織バルトラ。この鎮圧を手助けした英雄、それがグレコである(左上図)。バルトラの一員であるこの男は……。』
派手な見出しと、長ったらしい文章。
描かれたグレコの似顔絵と大きく押されたサイラス騎士団の紋章が目立つその新聞には、グレコの功績がひたすらに褒め称えられていた。
ナラクというのは、サイラス騎士団がつけた新たな奈落の呼び方だろうか。
「事件のすぐ後に頒布されたものみたいだねぇ。凄いじゃんグレコ!救国の英雄だってよ!」
「なるほどな……。あの馬鹿姫共、少しは頭が回るみたいだな。」
グレコ自身、こうした評判が出回ることは理解していた。
今回のバルトラ壊滅における功労者は間違いなくグレコ。
その功績をあの清廉潔白なサイラス騎士団が包み隠しておくとは思えない。
だがそれでも精々噂程度の評判に留めておくはずである。
そうでなければグレコが住民を全て【掌握】し、クーデターの一つでも起こしかねない。
それこそランベリーが最初に恐れていたような事態が起きる、それぐらいの想定は騎士団なり王家なりがするはずだ。
しかし、彼らはそれを逆手に取ったのである。
「あいつらは俺を国家全体で監視するつもりだ。国家の英雄という烙印、それを持って俺の牙を抜こうとしてやがる。」
グレコは新聞紙を丸め、壁に投げる。
【掌握】で人を操るには対象者の手に触れる必要がある。
その前提がある以上、大勢の人間を操作してクーデターを起こすには、奈落の労働者を操った時のように一人ずつに手を触れなければならない。
しかし、グレコが救国の英雄になったことでそれを不可能にされてしまった。
国民全員がグレコの顔を知ってしまったことで、秘密裏に国民に触れていくことが敵わなくなった。
『英雄と握手をした』その事実を人々は誇らしげに語るだろうし、実際に体に触れている場面を目撃される可能性も高まる。
【掌握】で情報を消そうにも、細かい指示をするとグレコの頭が裂ける。
もしそうした行為を感知したら、その時グレコを殺しに行けばクーデターは絶対に起こらない。
「悪評だけなら世情に疎い奴に伝わらないからな。国をあげて俺を褒めそやすことで、俺が徐々に国民を蝕んでいくことを避けてるんだろ。」
「なるほどねぇ〜。いいじゃんいいじゃん!アイラちゃん達やっる〜♪」
コルワが大層嬉しそうにグレコの周りを跳ね回る。
緻密に計算された作戦や圧倒的な力を見ると興奮するのがコルワという狂人の性分である。
だがしかしそれはグレコも同じこと。
相手が知恵比べを挑んでくるというのなら、相手をしてやるだけだ。
「まぁどの道国民操作によるクーデター路線はサイラス騎士団が生き残ってる時点で無理に等しいからな。結局やることは同じだ。王家に近寄って国の上層部だけを破壊する。」
「ご主人、前から騎士が来る。気をつけて。」
これまで芋にかぶりついて黙っていたセドナが急に口を開く。
セドナにはグレコを信頼するという洗脳の他にも様々な洗脳をかけている。
その一つが『指示以外のグレコの発言は全て気にするな』。
これをかけているがために、セドナはグレコの所業に一生気づくことがない。
忠実な奴隷であるセドナの話を聞いて前を向くと、遠くから二人の騎士が歩いて来るところだった。
「久しぶりだなグレコ。その様子だと動けるようにはなったようだが……治るのはまだ時間がかかりそうだな。」
「あぁ、悪いが救国の英雄の役目は果たせそうにない。表彰式なら後にしてくれ。」
「あの新聞の件か。元がどうであれグレコがバルトラ討伐に一役かったのは間違いないからな。大々的に褒め称えることにしたんだ。ラストアを失った今、国民には新たな精神的支柱が必要だからな……。」
カッシルの笑顔に影が落ちる。
ラストア・フーウェン。
今回の戦いで命を落とした男の役職はサイラス騎士団治安維持隊隊長。
街の治安を守る役目を果たしていた彼は、騎士団の中で最も国民の信頼が厚い男だったのだろう。
グレコがサイラス騎士団の事情を理解すると、カッシルの隣に並ぶ騎士が目に入った。
「そいつは?見慣れない顔だが騎士団の新入りか?」
「あ、あぁ。ラストア以外にも多くの団員を失ったからな。人員を補給したんだ。」
「はっ!アイン・コーカスと申します!救国の英雄グレコ様!お目にかかれて光栄です!」
まるでグレコがここにいることを知らしめるかのように、アインが叫ぶ。
グレコがカッシルの不意をついて攻撃を行わないよう衆人の目を向けたのであろう。
新兵とはいうが、職務に忠実で頭の回る男のようだ。
「そうかそうか、よろしくなアイン。そんなにかしこまらないでくれ、ほら。」
「も、申し訳ありません!自分潔癖症でありまして!遠慮させていただきます!」
「そうか、それならいいんだ。悪かったな。じゃあカッシル、また今度。俺の怪我が治ったら飯でも奢ってくれ。」
アインに握手を求めたが軽く拒否されたため、グレコはさっとその場を後にする。
まぁ事実アインの手は白い手袋で覆われている。
本当に潔癖症か、あるいはグレコが【掌握】で情報を仕入れようとしたのを察知したのか。
どちらにせよこれ以上の会話は探り合いになるだけであろう。
「中々イケメンだったね♪実に僕好みだよ!」
「本当にメンだといいがな。さっさと帰るぞ。この街は居心地が悪い。」
舌をペロつかせるコルワを無視し、グレコはいつもの薄暗い棲家へと戻っていった。
「予想通りまだ怪我が治るには時間がかかりそうね。」
グレコ達を見送った後、アインはそう呟く。
軽い指パッチンと共にアインの端正な顔はポロポロと崩れ落ち、本来の美しい女の顔が現れる。
「全く握手を求められた時は焦ったわ。魔法じゃ顔しか変えられないから手を見られただけで一発だし、何より【掌握】を使われたら全て筒抜けだもの。」
「だから止めてくださいといったんです。何故一国の王女ともあろう人がわざわざ自分を殺そうとしている人間に会いにいくんですか。」
カッシルが頭を抱え、アイラが首を振る。
変異魔法
恐らく世界中でアイラにしか使えないこの魔法は、顔だけ全くの別人になることができる。
アイラはこの魔法を使い、ここしばらくの間カッシルの部下として動いていた。
「けど作戦も成功してるみたいじゃない。民を守るにはやっぱり最善の策だったわね。」
「私としては民を利用している気分で胸が潰れそうです……。いつ何時民に危険が及んでもいいように【障壁】を構えておくのも疲れるんですから。」
グレコを救国の英雄と囃し立てる策はアイラが考案したものである。
自分より格下の人間を操作する。
凶悪なスキルを持ったグレコを無力化するには、グレコを評判を落とすのではなく上げる。
一国の王女たるアイラだからこそ実行出来た作戦である。
「けどこれでグレコはクーデターを起こせなくなったわ。奈落を正式な都市、ナラクとして認めたことでグレコが暗躍できる場所はこの国に無くなった。こうなるとあいつは絶対に王家に近づいてくるでしょうね。」
「王家ですか……。ご安心ください。この私の誇りにかけてお守りいたします。」
「いや、勿論本当に必要な時はお願いするけど今は大丈夫。それより、グレコの怪我が治り次第城に来るよう伝えておいて。お母様に謁見させるわ。」
「フーネ様にですか!?これ以上私の胃を締め付けるのはお辞めください!もうここしばらく食事が喉を通らないのです!」
「はいはい、なら流動食でも食べてなさいよ。じゃ、任せたわよ。」
文句を言いながら追いかけてくるカッシルを軽く無視し、アイラは人混みの中に消えていった。




