35.策を弄する者達
「おいセドナ。俺の鼻拭いてくれ。」
「任せろご主人。」
横にいたセドナに声をかけ、垂れていた鼻水が拭かれる。
セドナがいてよかった、コルワに頼んだら恐らく笑いながら舐め取られる。
グレコは平和に感謝しつつ、ベッドに寝転がった。
しかしその上に、問題の変人が上半身を乗せ腹をさすって来た。
「全く呑気に介護生活されちゃってさぁ。いいの?アイラちゃん達を殺すんじゃなかったんですか〜?」
「仕方ないだろ。俺はこの様だ。回復しないことにはネズミも殺せん。」
バルトラとの戦闘を終え、グレコは体の自由を奪われていた。
自分で指示した部分もあるとは言え、両手両足の骨折と腹部の切創、加えて左肩も叩き斬られた。
到底動けるものではなく、グレコはここしばらくの間自室で平和に暮らしている。
しかしそんなグレコとは裏腹に、コルワはひどく不機嫌そうだった。
「何よりさぁ。バルトラだよバルトラ!操って戦力にするんじゃなかったの!?結局騎士団も倒せてないし得たもの何もないじゃん!」
「あれはあれでいい。俺が直接管理しなくてもあそこの奴等は俺を既に恐れてる。なんせ親玉を殺したんだからな。恐れてさえくれればいつでも【掌握】で動かせるんだ。面倒な仕事は騎士団に任せとけ。」
ヴィトを撃破後、カッシルが生き残りの兵士を取り纏めてあの場は治められた。
ヴィト、ダード両名の死体は騎士団が回収。
セドナと戦闘中だったバルトラ構成員の身柄も確保され、奈落に残っていた非戦闘員も含めバルトラはサイラス騎士団の管理下に置かれた。
その後は奈落をサイラス王国の正式な街の一つするべくカッシルが頑張っているらしいが、まぁグレコの知るところではない。
今は傷を癒すことに専念。
とはいかないのがグレコである。
グレコは既に次の悪事について考え始めていた。
「今は俺は何もしない方がいい。カッシルがとにかく頑張り、俺は後からその力を借りて王家に接近する。この際サイラス騎士団は徹底的に利用してやろう。次に奪い取るのはサイラス王国そのものだ。」
「凄い手のひら返しだねぇ。サイラス騎士団を、ぶっ壊す!って豪語してたのはどこの誰なのさ。」
「無理だったんだから仕方ないだろ。サイラス騎士団とバルトラを壊滅させて恐怖で国を支配する。その作戦が崩れただけだ、まだ負けたわけじゃない。」
現在グレコの世間的な地位は多少向上している。
勇者パーティ内で悪事を働いた大悪党という汚名はほぼ払拭され、今流れているのは悪の組織バルトラを裏切り正義を果たした男という評判。
どちらかというと後者の方が嘘なのだが、評価が上がっているのならばそれでいい。
今ここでグレコが何か事を起こせば、せっかく手に入れたその功績が失われてしまう。
そうなるぐらいならば大人しく寝ておくべきだ。
「このままカッシルが俺のことを褒め称えてくれればあのうざったい女王にも会えるだろ。あいつには特に何もされてないがシンプルにムカつくからな。ついでにぶち殺してやる。」
「女王様?この国って女の人が治めてるの?」
「お前……あれだけ世話になっておいてよくそんなことが言えるな。フーネ・サイラス。このサイラス王国を一人で統治する化け物だ。」
サイラス王国女王フーネ・サイラス。
アイラ、ライラ姉妹の母親であるその女はランベリー達にかなりの支援を行っていた。
グレコが追放を宣言されたあの部屋もそうだが、武器をはじめとした装備品の調達。
移動用の馬車や薬品などの支援もあり、グレコ達が勇者を倒すことができたのは彼女のお陰と言うほかない。もっとも普段から女王への謁見などという面倒な作業を全てランベリー達に押し付けていたコルワは知るよしもないだろうが、グレコ自身もフーネには色々と助けられている。
「それで?その女王様に何されたのさ。聞いてるだけだと滅茶苦茶いい人じゃん。」
「まぁ……それは直にわかる。何にせよ俺が動くのは傷が治ってからだ。じゃ、俺は寝る。」
話し続けるコルワを無視し、目を閉じる。
バルトラ関連では大分拙い策を披露してしまった。
しかしアイラライラ姉妹を殺す場合はそうもいかない。
綿密に考えられた作戦を用意し、徹底的なまでに二人を辱めなければ。
グレコは反省と決意を胸に目を閉じる。
「ライラ!二人はまだ見つからないの!?」
「うん……。ベリオットさんは反応がないし、ランベリーさんは生きてこそいるみたいだけど多分スキルで私の監視を【無視】してるみたいで……。」
グレコが深傷を負った日の翌日。
広いライラの居室の中で二人の姫は水晶を見つめていた。
彼女達の仲間、ベリオットはもう長い間行方不明。
ランベリーの方もしばらく忙しそうにしていた後、突如姿を消した。
取り残された二人はただ、彼らを探すのみである。
「本当……うちのパーティには協調性ってものがないのよね。ランベリーは人道的に見えて自己中だし、ベリオットはギャンブル中毒だし、グレコは性悪だし、コルワは意味不明だし……。」
「まぁ皆強い人達だから。きっと大丈夫だと思うな。」
アイラが深いため息をつき、ライラが笑いかける。
気が強く苦労人のアイラと、気が弱く温厚なライラ。
この二人がいたからこそ勇者パーティ内の雰囲気は保たれていたと言っても過言ではない。
暗い雰囲気が流れ始めた所で、部屋の扉がノックされる。
「ライラ様、カッシルです。グレコの件でご報告に上がりました。」
凛とした女性の声が響き、アイラが扉を開く。
「久しぶりねカッシル。中へどうぞ。」
「アイラ様もいらっしゃったのですね。失礼致します。」
カッシルが深く頭を下げ、部屋の中へ入る。
誘われるままに椅子に座り、カッシルはこれまでの流れを説明していく。
「グレコと共に行ったバルトラ壊滅作戦は成功。我々騎士団もラストアを失う結果となりましたが、ダード、ヴィトのバルトラ中心戦力を撃破致しました。グレコに関しても作戦通り我々を裏切り、コルワと共にヴィト撃破に寄与。現在は両手両足骨折等の重傷を負った為、奈落にある自室で療養中です。」
「そう……グレコのことだからサイラス騎士団も裏切ってどっちの組織も壊滅させてやる!ぐらい考えているかと思ったけれど。意外とすんなり話が済んだわね。」
カッシルが若くして騎士団長という地位につくことができたのは、スキルの強力さや人格もあるが何よりもこの二人の姫と仲が良かったことが大きい。
歳が近くそれぞれに優秀なこの三人は、身分の壁を超えて親交を深めてきた。
今回のバルトラ壊滅作戦に関しても、事前に姫達の指示を受け、カッシルは情報を共有していたのである。
「グレコが重傷ってことは占星術を使うなら今でしょうけど……。どうせコルワが待ち構えてるでしょうし、どうしようかしら。」
「そうだね……。騎士団に協力してくれても、私達のことは敵視しているだろうし。」
相変わらず困ったような表情を浮かべる二人。
ランベリーからグレコが勇者パーティの命を狙っていることは聞いている。
特にアイラはコルワから直接殺害予告じみたことを伝えられているのだ。
ランベリーのように積極的に足を動かしたりはしていないが、彼女達なりに対応策を考えていた。
「一つお聞きしてもいいでしょうか。占星術というのはどういった仕組みなのですか?魔法、とは少し違うのですよね。」
「うん……。占星術はサイラス王家に伝わる秘術で、魔法ともスキルとも違う力。事前に印をつけた人の現状や未来を確認することができるの。」
占星術。
ライラ・サイラスが勇者パーティにいるのはこの力を持っている為である。
対象の肩に印をつけておく事で、魔物の襲撃を察知したり将来の怪我を予測したりすることができる。
自発的に手を触れなければならない【掌握】と違い、簡単にではあるが危機回避を行えるため高い知能で卑劣な策を講じてくる魔物相手にはかなり役立っていた。
水晶を通じてしっかりと占えばより細かな情報を得ることもでき、唯一無二の役割を果たしていたのである。
「だからグレコが動けないうちに印を描きに行きたいのだけど……。色々と問題が多いのよね。」
「問題、というのは?」
「グレコもコルワも私達の元仲間。一度は印を描いたのだけどいつの間にか消されてたのよ。コルワはまぁ腕が千切れたんでしょうけど、グレコはどうやって消したのか見当もつかないわ。ベリオットもいつの間にか消されていたから、多分誰かしらの手によって解除されているんでしょうけど……。」
占星術の印は基本的に術師以外が消すことは不可能である。
コルワのように腕そのものが千切れたりすれば別だが、グレコのような一般人が消せるものではない。
しかし、グレコに描かれたものもベリオットに描かれたものも削除されている。
この事実が、姉妹に状況の理解を難しくさせていた。
「誰かしらの手によって……。グレコの周囲の人間というとダード、ヴィト、コルワ、そして奴隷と思われる少女ぐらいでしょうか。バルトラの二人はそういった力は持っていないようでしたし、あり得るとすればあの少女。……こちらでも情報を集めておきます。」
「ありがとうカッシルちゃん。それと……もしよければカッシルちゃんにも印を描いていいかな。グレコさん達の動向をもっと詳しく知りたいの。」
「かしこまりました。どうぞ、お願いします。」
ライラの頼みを軽く受け入れ、カッシルが肩を見せる。
筋肉を感じさせる硬く細い腕にライラが筆を当て、特殊なインクを用いて印を描いていく。
ライラが現在占星術で状況を把握できるのはアイラのみ。
今は一人でも多くの人間に印を描き、情報網を拡大していきたいのである。
「いい、カッシル。今あなたにはグレコがいい人に見えているでしょうけど、あいつは実際そこまで善良な人間じゃないわ。しっかりと覚えておくことね。」
「でもアイラちゃん……前からグレコさんのこと放っておけないって……。」
「ライラ!今は黙ってなさい!いい、あいつはきっと私達を殺しに来る。それもとびきり悪質な作戦で。だから私達も全力で頭を動かし戦うのよ。私達の命を、この国を守るためにね。」
アイラが軽く怒りながらそう話し、机を軽く叩く。
聡明で美しい姉妹の瞳は、未だ光り輝いていた。




