34.長い戦いの終わり
「作戦変更だ。あいつの動きを止めることなんて考えない。三人で連携しながら攻撃し、あいつを殺すぞ。」
グレコは殺意に満ちた目でそう語る。
これまでのグレコの思考は、未知への畏怖で鈍り切っていた。
作戦が崩れることを恐れるあまり、【掌握】を使うことに躍起になり。
だが最早それも過去の話。
ただ目の前にいる男を殺すためだけに戦うのみだ。
「どうやらカラクリに気づいたみてぇだなぁ。だが知ってるからといってどうにかなるほど、俺のスキルは甘くねぇ。」
そう呟くと共に、ヴィトの周りで風が吹き荒れ始める。
全くこれだけの傷を負って頭を覚ましてもまだ幻覚が見えるのか。
辟易とした思いを抱えつつ、グレコはカッシルに話しかける。
「お前にもあの幻覚は見えてるんだよな。炎や氷は一切守らなくていい、斧の攻撃だけ守ってくれ。」
「了解した。私の【障壁】は視認している範囲に自由自在に壁を張れる。死角には入らないように気をつけてくれ。」
「あぁ、わかった。コルワ!二人でひたすら攻撃するぞ。ランベリー達と違ってこいつは所詮【幻覚】頼りのペテン師だ。俺らでも殴れば勝てる。」
簡単に作戦を示し、ヴィトへ向かっていく。
それに反応して炎が放たれるが避けるまでもない。
どれだけ熱かろうと怪我をすることはないのだ。
そう思っていたグレコの頬から、血が流れる。
「くっ……【幻覚】を使いながら銃を撃ってるのか……。卑怯な真似ばかりしてるのはお前もじゃないか。」
「おいおい、小さな工夫と呼んでくれやぁ。俺はスキルを上手く使いこなしてるんだよ!」
辺りを取り巻く【幻覚】とその中に混じる現実の攻撃。
本来ならばこうした小細工に騙されて敗北するのだろうが、仕組みさえわかればどうにでもなる。
グレコは動かなくなった左手でスキルを発動し、空気を【掌握】する。
「コルワ、俺はお前のせいで左手が使えない。だからお前が俺の左側を全てカバーしろ。」
「うーんまぁそれぐらいはしてあげよう!」
左手で【幻覚】の中に隠された攻撃の位置を確認しつつ、右手に持った剣でヴィトを斬り付けていく。
ヴィトに触れることが叶わずとも、空気に触ることができればそれで構わない。
炎の中に隠された銃弾、【放出】のフリをして射出される石ころ。
目で見て避けるよりはワンステップ増える分反応が遅くなるが、攻撃自体の速度が遅いため問題ない。
実際に剣を当ててみると、あんなに重そうだった斧も小さく見えてくる。
仕組みさえわかれば、ヴィトなどただの大柄の男だ。
「このスキルを使ってダードや奈落の人々を騙くらかしてきたのか?あんなに頼られて、罪悪感とか抱かなかったのかよ!」
「お前も似たようなものだろうがぁ!自分のことを信頼してくれた賭場の従業員を操って無駄に殺して!俺らは所詮似た者同士なんだよ!」
少し気を抜いただけで、斧が巨大に見えてくる。
グレコが人を操るにはグレコのことを相当格上だと思って貰わなければならない。
それは恐怖でも信頼でも何でもいいが、かなり厳しい条件である。
現にラストアやベリオットぐらいの精神力を持っている人間は例え死にかけでも操作することができないし、セドナのようないわゆる「気の強い少女」程度でも相当に時間がかかる。
だがヴィトの【幻覚】はかなり条件が緩い。
例え格上の相手だと思っていなくとも、人は戦闘する際に少なからず相手を警戒する。
恐らく、たったそれだけの警戒であっても幻覚が見えるようになってしまうのだ。
例え戦闘力勝っていようと、この【幻覚】を攻略しなければ話にならない。
「面倒くさいな……おいコルワ!俺の両手両足を叩き折れ!」
「はぁ!?さっき横腹突き刺したので懲りてないの?痛み程度じゃ【幻覚】は見えたままなんでしょ?」
「あぁ、だから徹底的にやるんだ。多分三ヶ月ぐらい動けなくなるが……。ここでジリ貧になるよりマシだろ!」
「よくわかんないけど……。まぁ面白そうだからいいや♪カッシルちゃん!防御任せたよ!」
このまま戦っていてもほぼ確実にヴィトには勝利できない。
カッシルがいるからしばらくダメージを喰らう事は無いが、彼女は落盤を防いだことで相当スタミナを消費してしまった。
持ってあと一時間ほど。
その間に殴り合いでヴィトを倒せる保証などありもしない。
ならば犠牲を払ってでも決着を付けるべきだ。
「よーし、じゃあいっくよー!
「んぃ……!」
グレコが素っ頓狂な声をあげ崩れ落ちる。
四肢が叩き折られた痛みで意識が薄れていく中、必死に己の体を【掌握】する。
ダードと戦った際に思いついた作戦。
意識を失った自分を自分で操作する。
最早どういう仕組みなのかもわからないが、この方法であればヴィトにも勝てるはずだ。
意識がないのだから無意識下でヴィトを警戒し【幻覚】に魅入られることもない。
そして何より、自分の体の限界を突破して活動することが出来る。
「はっ!どういう体の曲がり方してんだグレコォ!そんなに俺に勝ちたいかぁ!」
「凄い凄い!おへそと頭が反対向いてるよ!最高!グレコ、一生その戦い方してようよ!」
「グレコ!?そ、そんなことをして大丈夫なのか!?」
あるのかないのかわからない意識の中にヴィトとコルワの笑い声が響いてくる。
カッシルだけは心配してくれているようだが、相変わらず非人道的な奴らだ。
グレコからすれば操り人形の紐を動かしているような感覚だが、側から見ると相当滑稽な動きをしているらしい。
だがそれが目的なのだ。
通常ここまで細かい操作を行おうとすると【掌握】の対象が一人であってもかなりの負担がかかる。
だがこれは自分の体だ。
【掌握】で操作している間は一切の負担なく、痛みもなく。
人智を超えた身体能力で他を圧倒できるのだ。
「よっしゃぁ!グレコ!このままぶっ飛ばそう!」
「はっ!やってみやがれ!この気狂い共が!」
コルワと連携しながら、ヴィトに攻撃を畳み掛けていく。
【幻覚】の通用しない相手に乱暴に攻撃され、反撃しようとすればカッシルに防がれる。
こうなればヴィトに勝ち目などあるはずもなく。
徐々にヴィトの体から血が噴き出していく。
遂には立つことすら敵わなくなり、倒れたヴィトの上にコルワが仁王立ちする。
グレコはその自慢げな体に身を委ね、自身の【掌握】を解除した。
直後に襲いくる激痛。
だが、グレコはどうしてもこの男と話しておきたかった。
「どんな気分だよ……。これまで騙し侮って来た奴にボコボコにされる気分は……。」
「はっ……。お前もボロボロな癖によく言うじゃねぇかぁ。とっとと殺せぇ。」
ヴィトが諦めたように笑い、目を閉じる。
その血まみれの顔をコルワが一思いに踏みつけ、鼻を潰す。
「僕もこのおじさんには多少恨みがあるんだよねぇ……!さっきも滅茶苦茶殺されたし、出会った時にも首を斬り落とされてるし!多分そっちは覚えてないだろうけど!」
「はっ!そんなこともあったなぁ……。思えばあの時お前らをバルトラに入れたのが間違いだった。俺の組織を、家族をぶち壊しやがって……。」
「安心しろよ。残ったバルトラの構成員や奈落の街は俺がちゃんと管理してやるからよ!全部俺の奴隷としてな!」
激痛の走る足を無理に動かし、ヴィトの顔を蹴る。
遂にヴィトの意識が途絶え、グレコは勝利を確信した。
その瞬間、グレコとコルワの体は木の葉のように吹き飛んだ。
何者かに横腹を蹴られたのだろう。
その犯人を確かめようと視線を向けた時、そこに転がっていたのはダードの死体だった。
「はぁ……?あの落盤をもろに食らって生きてたってのかよ……。しかも主の危機を察知して助けに来るって……。最早意味不明な忠誠心だな……。」
「ダード……。この男はまだ騎士団にいた頃、魔物の襲撃を受けて家族を失ったそうだ。騎士団長の立場にありながら身内すら救えなかったことに絶望し、奈落で生きる道を選んだらしい。己の無力感に包まれていた当時のダードにとって、自信満々に街を切り開いていくヴィトは唯一の光だったのだろうな。」
意味不明な状況に愕然とするグレコに対し、カッシルが淡々と説明をする。
折り重なるように息絶えた二人。
奈落を生み出し、奈落を守る為に奔走した二人の英傑はここで命を落とし。
グレコは深い傷と共に勝利を手にしたのだった。




