33.虚像と真実
「くそ……何がどうなったらこんな有様になるんだよ!。人が転がってるだけましか……。」
目の前に転がる大量の瓦礫。
これをグレコの細腕でどかすのは不可能と判断し、周囲に転がっていた死にかけの人々を【掌握】する。
正直先ほどネズミを動かした時ですら頭痛が苦しかったが、この際仕方ない。
賭場の労働者の【掌握】を解除し、その分そこらの人を操っていく。
死にかけの人間の精神などほぼ壊れかけている。
格下しか操れないという【掌握】の条件も簡単にクリアし、人々は瓦礫を動かし始めた。
すぐに見つかったのはラストアのものと思われる千切れた腕。
だが、目当ての方は絶対に生きているはずだ。
「いた!おい!カッシル!さっさと起きろ!」
瓦礫の下に空いていた謎の空間。
その中でカッシルは眠っていた。
【障壁】で死ぬことは避けられたものの、スキルをつかいすぎたことによる疲労で意識を失っているのだろう。
体を揺すったりして起こせないのが面倒だが、なんとしても起きてもらわねば。
しばらく【障壁】越しに必死で声をかけていると、彼女の目がゆっくりと開き始めた。
「グレコ……?はっ!ダードは!ラストアは!状況を報告してくれ!」
「説明してやるからまずこれを解除して外に出てこい!話はそれからだ!」
グレコの怒号に従い、カッシルが慎重に瓦礫から出てくる。
全くこれだけ凄惨な状況だというのに、カッシルの体には傷一つついていない。
この女もまた、コルワと同じ無敵の人間である。
「お前らの方で起きたことを俺は知らないが、恐らく二人とも死んでいる。ラストアはついさっき千切れた腕が見つかった。ダードの方は姿を見てないが、あのジジイが生きてるならすぐ出てくるだろ。」
「そうか……。ダードがラストアの攻撃を利用して地下通路を崩落させたんだ。【障壁】を張ろうとしたが私しか守れなかった……。」
カッシルが後悔を滲ませ、地面を俯く。
暗くなる気持ちはわかるが、まだ戦いは終わっていない。
「お前ら二人が消えた事で戦況はかなりバルトラに傾いている。このままではヴィトに全て殺されかねない。お前の力を貸してくれ。」
最早作戦を考える知能もない。
ただ少しでもヴィトに勝てる確率を上げるため、頭でも何でも下げてやる。
グレコは必死になって、カッシルに頼み込む。
つい先程までサイラス騎士団とバルトラ双方の壊滅を願っていたが、今はもうヴィトさえ殺せれば何でもいい。
そして勿論、カッシルの方もここで諦めるような人間ではなかった。
「あぁ、すぐに向かおう。私が守るべきものはまだ大勢残っている。行こう。」
立ち上がった騎士団長と共に、グレコは再び走り出した。
「ほぉ、面倒な奴を連れてきやがったなぁ。人様の手を借りないと何もできないなんてみっともねぇ。」
「悪いな、そういう性分なんだよ。」
コルワの頭でボール遊びをするヴィト。
本物を見抜いてコルワを差し向けてから、後ろを振り向きもしなかったがどうやらコルワは相当ボコボコにされたようだ。
何十回、いや何百回殺されたのかわからないが、辺りにはコルワの血が撒き散らされていた。
そのあまりの匂いに顔を顰めていると、コルワの生首が投げられてくる。
「まぁ誰が来ようと問題はねぇ。ほれ、そいつも返してやるよ。」
「ふぅ、遅いよ〜グレコ。もう再生させるのも面倒くさくなっちゃった。あのおじさんと戦うの、楽しくないんだよね。」
「い、生き返った!?な、何なんだ!?人間じゃないのか!?」
「カッシルちゃんお久〜♪そうだよ!僕は人間じゃありまっせ〜ん!」
新鮮な反応を見せたカッシルに対し、コルワがいつもの調子で戯け始める。
【不死】と【障壁】。
実質無敵とも言えるスキルを持った人間が二人も揃ったのだ。
後は自分がヴィトを殺すほかない。
「作戦は同じだ。お前らがヴィトを無力化し、俺が奴に触る。まずはスキルを把握してから殺すことを考えるぞ。」
「うーん、それもいいんだけどさぁ。グレコ本当にあのおじさんのスキルが何か分かってないの?」
コルワが不思議そうな顔でこちらを見てくる。
周囲で燃え盛る炎と、壁を埋め尽くすように張られた氷。
地下通路の中だというのに風は吹き荒れているし、ヴィトが担いでいる斧にしても人が持てる大きさではない。
先程の分身にしてもそうだが、考えれる可能性は山のようにある。
だが決定的な要素がない。
コルワの発言の意図を探っている間に、グレコの体は前に押し出された。
「後ろに篭っているからわからないんだよ。一回死にかけちゃえ!」
「はっはっー!仲間にも裏切られて、可哀想だなぁグレコォ!」
ヴィトの前に出されると最早どうすることもできず、振り下ろされた斧がグレコの肩を裂く。
千切れてこそいないが傷は深い。
左腕は動かすことができなくなり、息を荒げながらグレコは後ろに下がる。
「っ……コルワ!何のつもりだ!」
「あらあら派手にやられちゃったねぇ!カッシルちゃん、ちょっとグレコとお話しするからしばらく【障壁】をよろしく〜。」
怒りのままにコルワに近づき、ヴィトとの間に【障壁】が張られる。
致命傷ではないものの、左腕が動かなくなればヴィトを【掌握】することも難しくなる。
いつものおふざけで済まされる範疇を軽く超えている。
元々コルワは興味本位でグレコの味方をしているだけだ。
ここしばらくの失態を見てグレコを見限ったとしてもおかしくはない。
頭の中でコルワを殺す方法を考え始めた所で、コルワが再び話し始める。
「考えてみてよ。あの人が抱えている斧を振り下ろされて、何で腕が繋がってるのかな?それにいくら分身が見抜かれたからといって、どうしてグレコは逃げられたんだろうね。あのおじさんは炎や氷を操ってるんでしょ?それなら幾らでも引き止めようがあるんじゃないかな?」
「はぁ?何をいって……。」
「グレコ、大事なことは【掌握】で調べるんじゃない。自分の頭で考えるんだよ。」
コルワがいつになく真面目な顔で淡々と話を続けていく。
確かに、グレコの傷は浅い。
あの斧が地面に当たった時は、硬い石床を打ち砕いていた。
そんなものが命中したとなればグレコの腕どころか命まで消し飛んで然るべきだ。
炎や氷にしてもそう。
グレコは結構な回数ああしたものに囲まれているが、火傷の一つもしたことがない。
「まさか……全部嘘なのか……?」
「せいか〜い♪その証拠に、僕にはグレコの言う炎や氷が何も見えてませーん!斧も実際はごく普通のサイズ。分身に囲まれた?時も面白そうだから話合わせてたけど、僕にはただ前から右に移動してるようにしか見えてなかったよ♪」
コルワがそう語り、グレコの頭が冴えていく。
ヴィトが毎回スキルの名前を大袈裟に叫ぶ理由、炎や氷など視覚的に派手な力を好んでいた理由。
ヴィトの本当のスキルは……【幻覚】、そう呼ぶべきものなのだろう。
実際に氷に包まれていなくても、視覚的にそう見えていれば人は足が動かなくなってしまう生き物だ。
無意識下で自分を恐れている者にだけ様々な幻覚を見せ、翻弄する。
コルワに一切幻覚が見えていないというのもそれが理由なのだろう。
この女は、というか男は、自分以外の人間を一ミリも恐れていない。
グレコの【掌握】がコルワに効かないのと同じ理屈。
ヴィトを倒すために必要なのは確かな情報でも戦闘力でもない。
たった一つの精神力だ。
「存分に感謝したまえよグレコ!グレコがオロオロしてるの、面白くないんだからさ♪」
「あぁ、ありがとなコルワ。お前のお陰であいつを殺せそうだ。んっ……!」
動く右手で剣を抜き、己の横腹に突き刺す。
真相にたどり着いた今でも、ヴィトの斧は巨大に見えている。
冷静な頭では【幻覚】に騙される。
ならば痛みで冷静さを無くしてしまえ。
グレコは体の至るところから血を流しつつ、剣をヴィトに向ける。
最早【掌握】を使うために掌を開けておく意味はない。
ただ全てを見抜き、斬り裂くだけだ。
「やるぞコルワ……。散々俺のことを欺きやがったあのゴミ野郎を、地獄に落とす時間だ。」
「いいねいいねぇ!盛り上がってきたよ!ふっふぅ〜!」
これまでグレコの思考を鈍らせていたヴィトへの警戒心は既に潰えている。
ただ己を格下に見た男を殺すためだけに、グレコは前を見据えていた。




