32.体を操るということ
「何だ今の音!?前線の方から凄い砂埃だ!ごほっ、ごほっ!」
セドナが大声をあげ、グレコ達は一斉に咳き込む。
散らばる瓦礫と巻き起こる煙、そして地面を走り抜けるネズミ達。
間違いない、前線で何かが起きている。
「ラストアだかダードだか知らないが相当派手にやったみたいだな……。だがまぁ、どうやら決着が着いた様だ。」
「お前ら逃げろぉ!地下通路が崩落してダードさんが生き埋めになった!俺達にもう勝ち目はねぇ!」
グレコが前線を見つめていると、そちらから大量の戦闘員が逃げ出してくる。
バルトラ側の最高戦力が潰え、完全に戦況は混乱。
逃げてくる人々の奥からはサイラス騎士団が追い討ちをかけてきているし、やるなら今しかない。
グレコは声を張り上げる。
「奴隷共!仕事の時間だ!目の前にいる奴を片っ端から攻撃しろ!」
指示に従い、【掌握】で操作していた人々が暴れ始める。
ヴィトが派遣した戦闘員は勿論、サイラス騎士団、ひいてはセドナやコルワまで。
無差別な人間を対象とした攻撃が開始され、辺りが血で染まり始める。
「ちょっとちょっと!?暴れるって聞いたけど流石に雑すぎない!?僕まで死にそうなんだけど!ぐぇっ!」
「仕方ないだろ。誰が敵で誰が味方かなんて判別してたら俺の脳が裂けるんだ。さっさと後ろに引いて機を窺うぞ。まだ作戦の第二段階だ。」
戦闘員に斬り落とされたコルワの首を掴み、グレコ達は撤退する。
ダードは倒せたようだが、ラストアやカッシルの生死はわからない。
何よりもう時期ヴィトが現れるはずだ。
ヴィトにしろラストア達にしろ、ここからどうなるかはわからないが、最後に立っていた者とグレコは戦わねばならない。
そこが間違いない以上、セドナとコルワは温存しておかねば。
グレコ一人で倒せる相手など、その三人の中には存在しないはずだ。
「お前ら落ち着け!俺らは味方だろうが!」
「奴らが仲間割れしているぞ!かかれ!」
両軍の兵士達が入り乱れ、戦場は混乱する。
しかしそうした無秩序状態はそう長く続かず、一人の男の叫びによって収束した。
「てめえらぁ騒ぐなぁ!バルトラの人間は俺の後ろについてこい!俺より前にいる奴らが全員敵だ!ぶっ殺せぇ!」
地下通路の奥から現れたヴィトに従い、バルトラ側の戦力は冷静さを取り戻していく。
炎を放ちながらヴィトが先陣を切って進んでいき、立ちはだかる騎士達とグレコの奴隷が薙ぎ倒される。
暴れていた労働者達を操っているのがグレコだとバレることはないだろうが、ここで見つかるわけにはいかない。
グレコ達はそっと身を隠しつつ、その様子を窺っていた。
「あらあら……グレコの奴隷達どんどん倒されちゃってるよ。やっぱ凄いねぇあのおじさん。」
「まぁ所詮考えることすらできないおもちゃみたいなものだからな。けどまぁヴィトが来るまでの間にそこそこ両軍の戦力を削げた。後はヴィトが残りの騎士団を蹂躙するのを待てば良いだけだ。カッシルもラストアも姿が見えない以上、この戦いはヴィトが勝つ。」
つい数分前までは明らかにサイラス騎士団側が優位を築いていた。
しかし今となっては真逆。
ヴィトという新たな強者が現れたことでバルトラ側に精神が生まれた一方で、サイラス騎士団はリーダー格の不在によって指揮系統が混乱。
最早この戦争は終わり、今行われているのは後始末だ。
「後はヴィトが怪我の一つでも負ってくれると助かるんだが……。カッシル達がどちらかは生き残ってヴィトと一戦交えてくれると思ったんだがな……。流石にあいつと正面切ってやり合うのは避けたい。」
「はっはー!誰とやり合うのは避けたいってぇ?グレコよぉ……。」
何者かに頭を掴まれ、グレコは深く息を呑む。
誰に掴まれているかなど考えずともわかる、目の前でバルトラを率いて戦っている大男。
ヴィト・バルトラ。
「お前は人を動かすのは得意でも、戦争は苦手らしいなぁ。策が拙すぎる。俺がお前の裏切りに気付かず背後を取られると思ったか?」
「……俺のスキルは状況を把握することしかできないからな。炎も氷も分身までやってのける男に比べたら、頭が回らないんだ。」
手を払い除け、ヴィトを睨みつける。
確かに、グレコの作戦は拙かった。
サイラス騎士団と手を組もうしたのもカッシル攻略を後回しにしたかったからであるし、バルトラまで潰そうと考えたのも単に都合が良かったからだ。
今こうして窮地に陥っていることに関しても、普段のグレコならば避けれたかもしれない。
全ては情報不足。
目の前の男についてグレコが本当に何も知らないが故に起きたことだ。
「お前が俺の仕事を手伝ってる時から怪しいとは思ってたんだ。お前、俺の体に触れようと頑張ってただろ。そりゃ知りたいよなぁ。俺のスキル。」
ヴィトのいう通り、グレコはこの男のスキルを知るために相当な努力を重ねた。
手でも体でもいい、どこでもいいからヴィトの体に触れれば全ては解明される。
だが、ヴィトの警戒心は人並みではなかった。
「セドナ!お前はバルトラの残りを片付けに行け!こいつは俺とコルワで殺す!」
「殺せると良いなぁ!グレコォ!」
ヴィトの手から炎が噴き出したのを見て、セドナを逃す。
不死身のコルワはともかくセドナはあまりにも未熟だ。
手負いならともかく無傷のヴィトと戦えば死にかねない。
「コルワ!何度死んでも良いからあいつの動きを止めろ!やることはダードの時と一緒だ!」
「も〜自分の計画が甘かったっていうのに、自分一人でお尻踏めないなんてみっともないなぁ。まぁいいや♪勝ったらまた洋服買ってね!」
コルワが駆け出し、ヴィトへ掴みかかる。
簡単に拘束できるわけもなく、コルワの頭は軽く消し飛んだ。
「二人掛かりだろうと何だろうとかかってこい。言ったはずだ、裏切りは許さねぇってなぁ!」
ヴィトがコルワの体を蹴り飛ばし、辺りは炎と氷と風に包まれる。
これまでに見た【火炎】や【冷却】だけでない。
多種多様なスキルを同時に発動しながら、ヴィトは大きな斧を取り出す。
「お前は自分のスキルのことをチートだと思っているだろうし、自分より格上の人間など早々居ないと思ってるだろ。だがなぁ、それは間違いだ。少なくとも、俺のスキルの方がチートだし、俺の方が格上だ。」
ヴィトが斧を担ぎ、グレコに笑いかける。
彼のいう通り、グレコは自分のスキルがヴィトより優れているなどはなから思っていない。
だがどれほどスキルを使いこなしているかと言われれば絶対に自分だと確信している。
「おいコルワ、さっさと起きろ。見ればわかる通りあいつは単純に戦っても敵わない。ダードやランベリーと同じだ。使えるものは全て使うぞ。」
「え、あぁ。はいはいお好きにどうぞ。それで?僕は何すればいいのさ。」
「お前のやることは同じだ。あいつの動きを止めろ。ただ止めたところで俺は何もしない。俺はカッシルを探しに行く。」
「カッシルちゃん?ダードのおじいちゃんと一緒に死んだんじゃないの?」
「いやあいつは【障壁】があるから無敵だ。あいつさえいればどうにでもなる。例え死にかけていても【掌握】で連れてくるからそれまで耐えろ。」
コルワにそう伝えたところで、目の前にヴィトの斧が降ってくる。
命中していないというのにこの衝撃。
この強力な攻撃を防げるのはカッシルだけだ。
本当ならば奴を助ける義理などないが、今回に限っては奴を使わねばどうしようもない。
カッシルを助ける場合だと、グレコにも彼女を殺せないのが問題だが今ここで死ぬよりはマシだ。
そう思えるぐらいには、目の前にいる男には敵いそうにない。
「悪巧みは終わったか?いくらでも考えろ、俺が全部打ち砕いてやるよ。この【分身】でなぁ!」
グレコの周りを取り囲むヴィト。
そうだ、こいつのスキルの中で最も面倒なのはこれだ。
恐らく本体以外の四人はハリボテ。
遠くの方でバルトラを率いているのが一人、グレコの四方を取り囲んでいるのが四人。
まずはこの中から本物を見つけなければ。
コルワがゾンビアタックしている間に逃走しようにも、本物を見つけなければ話にならない。
まぁ確実に奥で戦っている奴は偽物だろうが、グレコには他の四人の見分け方も思い付いていた。
「ほら、ヴィトに纏わりつけネズミ共。」
グレコは地面を這い回っていたネズミを【掌握】し、四人のヴィトに向かわせる。
体を這い回るネズミを払い除けようとする動き。
これを見るだけでグレコは本物を見抜くことができた。
【分身】だろうとなんだろうと結局はヴィトが動かしているのだ。
自分以外の存在を細かく操作することの難しさ。
それはグレコが最も知る所である。
「コルワ!右にいる奴が本物だ!任せたぞ!」
「おっけ〜♪カッシルちゃん救出、頑張ってね〜!」
本物のヴィトにコルワが飛びかかったのを見計らい、グレコはその場から離脱する。
例えどれだけ惨めだろうと、勝つためには持てる全てを使わなければ。
グレコの足は、駆け出していた。




