30.三陣営の思惑と覚悟
「と、いうわけでヴィトの明確なスキルは不明。思い描いたスキルを自由に使えるか、人のスキルを模倣している可能性がある。」
奈落を出て数分。
サイラスの城下町の中でもだいぶ寂れたところにある喫茶店で、グレコ達は密会していた。
「なるほど……。私達の方でもバルトラ構成員の情報はかき集めていたんだが、トップであるヴィト・バルトラだけは全くの空白だった。にしてもまぁ予想以上に……手強い相手だな。」
カッシルがコーヒーを啜る手を止め、思索に耽る。
ここ一週間程度、グレコはヴィトの仕事に同行し情報を集めていった。
毎日のように現れる無法者を処理していく中でヴィトの戦闘シーンも相応に見てきたが、結局のところ奴のスキルが何なのかは分からなかった。
戦う際に毎回スキルの名前を宣言して使う上に、【火炎】や【冷却】などの見た目が派手なスキルを好んで使っている所からして、恐らくヴィトは自分の意思でどんなスキルを使うか決めている。
だが全てのスキルを自由自在に扱える、という訳でもないようで【無視】や【掌握】などの強力なスキルを使ったことは一度もなかった。
「あくまでも俺が後ろで見ているとわかった状態での話だからな。まだ力を隠してる可能性は十分ある。それにあいつの配下にはダードもいる。あの爺さんはスキルこそ持ってないが相当な実力者だ。お前んとこの騎士を倒したのもあいつだしな。」
「その件については意識を取り戻したラストアから色々と聞いている。これを見てくれ。」
カッシルが分厚い書類を取り出し、机の上に置く。
騎士団の紋様が書いてある辺りサイラス騎士団の内部資料であろうが、そこに記された名前と似顔絵はダードのものであった。
「ダード・ラッツェル。私の前の前にサイラス騎士団長を務めていた男だ。ある日突然職を辞し、それ以降行方不明になっていた。当時から戦闘能力は凄まじく、我々が集団で相手をしているような変異種であっても単独で討伐していたそうだ。」
「騎士団長……あの爺さんそんな経歴だったのか。この姿を消した日、バルトラの結成記念日と同じだな。現職を捨ててそのまま奈落の新興組織に移籍したのか。全く、ヴィトのこと好きすぎだろ。」
ダードがヴィトに抱いている感情は尊敬とかそういう程度ではない。
あの男にとってヴィトは人生の全てみたいなものである。
どういう事情でそれほどの感情を抱いているのか知らないが、この二人の関係を引き裂くのは不可能だろう。
「で、どうなってるんだ騎士団は。そろそろ俺達が襲撃した時の傷も癒えてきたんだろ。」
「あぁ、ラストアも全快。その他騎士達も多少怪我は負っているものの戦闘においては問題がない。いつでもバルトラ壊滅作戦を実行できる。」
カッシルが小さいながらもハッキリとした声でそう話す。
バルトラを攻めるにあたってヴィトとダード、この二人を倒せるだけの戦力を用意しなければならない。
そこがバルトラ制圧における絶対条件である以上、この一週間は我慢の時期だった。
しかし全ての準備は整った、ようやく反旗を翻す時が来たのである。
「作戦を確認させて貰うぞ。俺はバルトラに帰り、『サイラス騎士団が襲撃してくる』という情報を流す。その話を聞いたバルトラは間違いなく先手を打ってお前らを攻撃するはずだ。しかしサイラス騎士団もいち早くこれを迎撃。一方的に攻撃するつもりだったが作戦が崩れて混乱したバルトラと、準備万全のサイラス騎士団で全面戦争をし、俺が内側から全てをぶっ壊す。」
「あぁ、この前のように潜入攻撃を仕掛けられては困るが、準備をした上での迎撃やそこからの追撃では我々に分がある。決戦の場は奈落と地上の間、あの広い地下通路だ。」
この作戦を最初に提案したのはカッシルだ。
ヴィトとしては奈落を戦場にしたくないからこの前のように先手を打った攻撃作戦を取る。
そしてサイラス騎士団としては防衛戦より攻撃戦の方が向いているが、奈落に住む無関係な民に戦火を降らせたくはない。
そうした意見を考慮して選ばれたのが、無人の地下通路である。
サイラス騎士団とバルトラがある程度削りあった所で、グレコは事前に【掌握】で自分の配下にしておいたバルトラ戦力の一部を操作。
内部と外部の両方からバルトラを叩き潰す。
「恐らくバルトラ側の攻撃部隊にはダードがいる。だから肝心なのはヴィトが騒ぎを聞きつけて援軍にやって来るより早くダードを殺すことだ。それが成功したのを確認した時点で俺は内部からの攻撃を始める。もしダードがいつまでも生きているようなら作戦は中止。さっさと退却して作戦を練り直すぞ。」
ダードとヴィト。
あの化け物達は絶対に各個撃破しなくてはならない。
それすら叶わないならグレコがいくら内部で暴れようと無駄である。
「任せてくれ……私の全てを賭けてこの任務を遂行する。奈落の民も地上の民も、全て私が守るんだ。決行は五日後。共に全力を尽くそう。」
カッシルが拳を握り、決意を示す。
グレコの中では、この作戦に続きが存在する。
内部と外部からの攻撃によって壊滅したバルトラ、そしてその戦闘で激しく疲弊したサイラス騎士団。
この機を逃す手はない。
残存戦力の全てを使ってサイラス騎士団を攻撃し、目の前にいる少女を打ち砕く。
全てを欺いた先に、やっとあの姉妹が待っている。
「ということで、サイラス騎士団が六日後もう一度奈落を攻めてくるそうだ。」
奈落に戻り、何食わぬ顔で報告する。
「六日後……思ったより早かったな。でかしたぞグレコ。俺らの情報網よりよっぽど優秀じゃねぇか。」
「密約を勝手に結んだのは俺だからな。サイラス騎士団の情報には常に注意してたんだ。騎士団の一人を【掌握】で操作して掴んだ情報だ、間違いない。」
わざとらしく手を動かし、情報の確かさを示す。
実際は騎士団長本人から【掌握】も使わず聞き出した事実であるが、そこを言うわけにはいかない。
あくまでも職務に忠実なバルトラの一戦力、そう認識して貰わねば。
「今回も前日に攻撃を仕掛けんぞ。流石に一回攻められて警戒はしてるだろうが、奈落でドンぱちやるよりはずっとましだ。ダードとグレコ、任せんぞぉ。」
「あぁ、前回は相性が悪かっただけだ。ダードにカッシルをどうにかして貰えさえすればどうにでもなる。」
予想通りに話が進んでいく。
カッシルの目的は全ての民を守るということだが、ヴィトの目的は奈落の民を守るということだ。
下手に助言などしなくともここまでの話は上手くいく。
「今回の作戦は賭場にいる俺の部下達を使ってもいいか。潜入作戦なら俺達だけでも良かったが、流石にそれで何とかなるほど甘くないだろ。」
「まぁ間違いなく全面戦争になるだろうなぁ。いいだろう、好きに動かせ。俺らは先に攻撃できるって点で圧倒的に有利だ。お前らは全力で暴れてこい。奈落は俺一人いれば十分守れる。」
ヴィトが己の胸を叩く。
全面戦争になって当然だ。
グレコがそう仕組んでいるのだから。
「よし、じゃあ決戦は五日後。全力を尽くせよお前らぁ。」
ヴィトが吹かしていた煙草を地面を足で潰し、笑みを浮かべた。
「と、いうわけで。俺達は戦闘の最中にバルトラを裏切り、バルトラとサイラス騎士団双方を叩き潰す。わかったか。」
奈落の路地裏。
【掌握】で周囲に人がいないことを確認しつつ、コルワに作戦の概要を伝える。
セドナは問答無用でグレコの命令を聴くが、この狂人はその限りではない。
しっかりと説明を施しておかねば。
「いやー!ベリオットのおじいちゃんを殺して以降、グレコも随分大人しくしてるからどうなることかと思ったけど……相変わらず性根が腐ってるね♪若い女の子を騙す罪悪感とか、長い間面倒を見てくれたバルトラへの恩義とかないのかなぁ!」
コルワが笑いながらクルクルと回る。
グレコがそんな人間らしい感情に左右される奴ではないことなどわかっているだろうに。
そう思いながらグレコは問いを投げる。
「何でもいいがコルワ、ランベリーは本当に現れないんだろうな。あいつが現れると全てが崩れるからな、そこをはっきりしておきたい。」
「大丈夫だと思うよ〜♪僕と戦った時に、最高の餌をあげたからね。ランちゃんはしばらくそっちにかかりきりなはず♪現に『最近勇者の野郎がいないから仕事が楽なんすよ。』って三馬鹿が言ってたからね。」
三馬鹿、賭場にいたあの三兄弟か。
なるほどあいつらは今も冒険者業務を続けているから、同業者である勇者パーティの動向には詳しいのか。
まぁ何にせよランベリーがいないのは極めて好都合である。
あの男はたった一人で全ての戦局を覆す力を持っている、何をするにしても奴の邪魔が入ればままならない。
「俺は今から賭場の労働者達を【掌握】しに行ってくる。今ならあいつらも俺の【掌握】で操作できるだろ。」
「まず間違いなく出来ると思うよ♪出会った頃は『ポット出のガキであり勇者の仲間』って感じでめっちゃ警戒されてたけど、今は『有能な経営者であり優秀な上司』ぐらいに上がってるはずだしね。今グレコを下に見てる人はあの賭場にいないんじゃないかな!」
実際問題、グレコによる賭場運営は非常に成功している。
労働改革をしたことで賭場全体が盛り上がり給料は増加しているし、暇を持て余す人間もいなくなった。
ついでに彼らはベリオットをグレコが葬るところを生で見ている。
戦闘能力が低かろうと策略一つで強者を倒す男。
そこまで尊敬して貰えば、簡単に操作できる。
「サイラス騎士団とバルトラを相手にする時、お前にもだいぶ働いて貰うことになる。決着は五日後。全力を尽くすぞ。」
「おっけ〜!コルワちゃんにまっかせなさ〜い!」
サイラス騎士団、バルトラ、そしてグレコ。
それぞれが決意を示し、戦いは始まっていった。




