29.虚言、その後の脅迫
「おいジジイ。俺はお前の名前すら知らねぇがな。お前がしたことは理解してる。しっかりと落とし前、つけてもらおうかぁ。」
ヴィトが床下の老人を睨み、手の骨を鳴らす。
【怪力】
グレコが最初に聞いたヴィトの能力はそれだった。
単純なその力で斧を持ち上げ、コルワの首を切り落とした。
【火炎】
次に見たその力も強力だった。
あの砦の一室を埋め尽くす炎。
何とか火傷は免れたが、あのまま部屋に残っていれば死んでいただろう。
【冷却】
確か砦で戦っていた時、ラストアはそれがヴィトのスキルだと言っていた。
実際に見たことはないものの、これまでに何度もヴィトと刃を交えていた男が言うのだから間違いないはずだ。
ヴィトが三つのスキルを持っているのか、その全てを実行できる広義的なスキルを持っているのか。
それはわからないが、今回はどれを使って戦うのだろう。
そう思いながらヴィトの話に耳を傾けていたグレコの五感に飛び込んできたのは、思いもよらないスキルだった。
「俺の【放出】、見せてやるよ。」
短くそう告げたヴィトの手から、何かが発射される。
弾自体は視認できないが、着弾点に空いた小さな穴と風を切る音からして間違いない。
セドナが持つ【放出】、あれと全く同じ空気塊が発射されている。
「おいグレコ、お前の奴隷ちゃんのスキル。確かこんなんだったよなぁ!」
ヴィトが両手を前に出し、空気塊を乱射する。
戦うために地上へ出てきた老人はその弾丸を必死に回避しようと右往左往。
弾が見えないと言っても掌の中心から真っ直ぐに発射されるのだ、避けようと思えば何とか避けられるだろうが。
グレコの関心は最早老人に向いていなかった。
同じスキルを持つ生物は存在しない。
それが揺るぐことのない真実である以上、同じスキルを使う存在が二人現れるなんてことは有り得ない。
あるとすればスキルの保有者が死んでいるか、いつかの賭場の三兄弟のように極めて似た効果のスキルを使っているか。
どちらにせよ、ヴィトは嘘をついている。
「あぁもう殺す気か小童ぁ!もういいわい、こっちも殺すつもりで行けばいいだけじゃ!覚悟せい!」
「やってみやがれクソジジイ!」
グレコが驚いているうちに、老人が壁に手を触れスキルを発動させる。
全く全人口の三割程度しかスキルは持っていないというのに、近頃は強力なスキルを持つ人間にあってばかりだ。
壁はどんどんと腐食していき、朽ち果てていく。
最初の攻撃で毒ガスを出すスキルかと思っていたが、どうやら周辺の空気を毒にしていただけ。
本質的には手で触れたものを毒物に変える、というスキルなのだろう。
「儂は単にお手製の薬を試しておっただけだ!小童共に咎めれる筋合いなどないわ!」
「お前の動機や事情なんて知らねぇ。俺達は奈落の治安を傷つける奴を殺すだけだ。ここは、俺の街だからなぁ。」
奈落を作ったのは、ヴィト・バルトラその人だ。
元々サイラス王国の地下に存在していた巨大な空間、かつて変異種の魔物が現れて空いたらしいその空間を、ヴィトは街に変えていった。
地上であぶれていた孤独な人々を説き伏せ、空間の中に生息していた魔物達を己の腕で討伐し。
かつての生活への憧れと、自分達を救ってくれなかった人々への恨み。
それだけをバネにこの奈落は形成された。
「お前がどれだけ強いかどうか知らんがな、儂は自分の毒への耐性を持っておる。このまま戦えば、死ぬのはそっちじゃぞ。」
「どうやらそうみたいだなぁ。柔な鍛え方はしてないつもりだが、流石にそろそろ堪えてきた。グレコ!お前の奴隷のスキルはちっとばかっし使いにきぃなぁ。」
大袈裟に頭を掻き、ヴィトが反対の手を前に伸ばす。
また空気塊を発射するのかと思った瞬間、彼の周りがどんどんと凍りついていった。
「やっぱ【氷結】の方が使いやすいな。そろそろ、ケリ付けさせて貰うぞ。」
「スキルを複数……?何じゃ、最近の若いモンはどうなっとるんじゃ!」
老人が大慌てで部屋の毒の濃度を上げていく。
それに対抗するかのように、ヴィトは部屋中の壁を、空気を凍らせていく。
どれだけ有害な空気が蔓延していようと、全て凍れば意味はない。
毒とは全く別の意味でグレコの肩が震えていき、息が荒くなる。
「寒い!寒すぎる!老人は寒さに弱いと知らんのか!」
「そんなものは知らねぇなぁ。俺はまだ若いからよぉ。」
あまりの寒さに凍えてしまった老人の肩をヴィトが掴み、手慣れた動きで拘束していく。
圧倒的な戦闘力。
なるほどダードが信望するわけである。
サイラス騎士団と密約を結んでおいて本当によかった。
これほどの男を殺して組織を奪おうなど、グレコ一人では到底無理な話である。
最も騎士団の力を借りたとしても勝率は五分を超えられるかどうか。
未知
たったそれだけの要素が追加されるだけで、ランベリー達勇者パーティの何倍も厄介な相手に感じてしまう。
「よし、仕事は終わりだグレコ。とっととこいつを連れてアジトに戻るぞ。俺達の仕事はまだ終わっちゃいねぇ。」
「あ、あぁ。運ぶのぐらいは任せてくれ。」
縄で縛られた老人を肩に担ぎ、グレコ達は歩き始める。
思った以上に、収穫のある数分間だった。
ある種の感心を抱きつつ、グレコは例の料亭へと戻る。
「ほれ、毒物ジジイの身柄を持ってきてやったぞババア。」
「お、仕事が早いねぇヴィト。ほれ、今回の報酬だよ。」
グレコに案内された家。
そこにはグレコも覚えがあった。
ベリオットを殺した際に力を借りた老婆、ルネの家である。
「ルネが今回の依頼主だったのか?お前家に引きこもって罠ばかり作ってる狂人じゃなかったんだな。」
「馬鹿言うんじゃないよ。あたしがそんなジジイを相手にするわけがないだろう。あたしゃただの仲介役さ。あたしが奈落の人々から金を貰って依頼を受け、それをヴィトに委託する。そういうビジネスだよ。」
「そうさ、俺は奈落の創設者ってことで大分有名になっちまったからなぁ。俺が直接依頼を受けるよりルネみたいなババアを間に挟んだ方が話が早いのさ。」
二人がそう説明しグレコの中の中で合点がいく。
要は地上でいう冒険者と冒険者ギルドのような関係性だ。
強大な力を持ち奈落全体から尊敬されているヴィトが人々から直接依頼を受ければ、玉石混交様々な依頼が舞い込んでくるだろう。
今回のような重要性の高いものもそうだが、中にはただ話を聞いてほしいだけのしょうもないものもあるはずだ。
そうした依頼をルネの所で振り落とし、重要な依頼だけをヴィトに耳に入れる。
その仕組みでこの組織は、この街は成り立っているのだろう。
「依頼を受けてるのはヴィト一人なのか?」
「基本的にそうだな。組織にはスキル持ちの戦える奴も多くいるが、この仕事は俺だけでやると決めてる。下手に任せて失敗されでもしたら俺の面子が潰れるからなぁ。」
髭を触るヴィト。
これに関してはグレコも同意する所だ。
賭場の人間を教育して冒険者に仕立て上げる際、随分と手を焼いた。
バルトラの人間、というか奈落の人間は基本的に頭が悪い。
働け!殺せ!ぐらいの簡単な命令ならばいざ知らず、依頼を臨機応変にこなすなんてことが出来る人間は殆どいない。
だからこそグレコは数にものを言わせたのだ。
「にしても、今日のお前は随分と勉強熱心だなぁ。俺やルネに質問ばかりで……。」
「当たり前だろ。出会った時にも言ったはずだ、俺は雑用でも何でもする。このバルトラの為に出来ることがあるなら何だってやってやるさ。」
恐らくヴィトからしてもバレバレであろう嘘を並べ、下手くそな笑みを浮かべる。
実際グレコのバルトラ内での地位は随分と上がっている。
恐らく賭場の労働者ぐらいなら今すぐにでも【掌握】で操作できるだろうし、バルトラの末端労働者にしても軽く嘘をつけば信頼を勝ち取れるはずだ。
「まぁお前が従順に働いてくれるなら何でもいいさぁ。そんじゃありがとなルネ。引き続き依頼があれば任せてくれや。」
「はいはい、分かったからさっさと帰りな。あたしゃ今からこのジジイの毒で遊ぶのさ。ほれ、さっさと毒を寄越しな。」
ルネが【毒薬】の老人の手を掴み、液体の中に突っ込む。
相変わらず危険物を量産する老婆だ。
奈落にまともな人間などいやしない。
「そうだ、グレコ。お前に一つ言っておくことがある。俺はお前がうちの組織で何をしようが基本的に咎めることはしねぇ。」
ルネの家を出た所で、ヴィトが頭を掴んでくる。
別に力を強く入れている訳でもない、スキルを使っている訳でもない。
ただ凄まじい威圧感だけを持って、ヴィトは続ける。
「だがな、万が一俺達を裏切ってみろ。その時は一切容赦しない。お前の細い体を引きちぎって奈落の入り口に晒してやる。それだけは、揺るぎない。」
普段の気怠げな話し方ではない。
奈落全てを取り仕切る男として、ヴィトは話している。
だが臆してもいられない。
グレコは直に、この男を殺すのだから。




