2.悪党達の初陣
「はっ!?ここはどこ!」
「お、起きたか。お前女装してるくせに筋肉付けすぎなんだよ。重たくて仕方ねぇ。」
馬車に揺れながらコルワが目を覚ます。
先ほどまで切り落とされていた首も元通り、元の綺麗な痩身でゆっくりと起き上がる。
「相変わらず便利なもんだなお前の【不死】は。お陰でヴィトの信頼をある程度勝ち取れた。」
「別に殺すのはいいんだけど事前に言っておいてよね……。突然死ぬと流石にびっくりするからさぁ。」
【不死】
殺されようが病にかかろうが飛び降りようが。
たちまち体が再生し永遠に生きることができる。
コルワが勇者パーティにいたのはこの強力すぎる力のおかげである。
あまりにも強く不気味な能力であるため巫女などという曖昧な職業を名乗っていたが、盾役兼囮役としてこれ以上ないほどの仕事を果たしていた。
【掌握】の操作能力を隠し単なる索敵役を演じていたグレコといいコルワといい、勇者パーティはその影響力の高さを理由として、大衆に対して多くの秘密を抱えていたのである。
「で?今どこに向かってるのさ。ヴィトの信頼を勝ち取れた記念にピクニック?」
「ヴィトからの試験でここらにいる魔物を狩りに来たんだ。そいつを倒したら晴れてあいつらの仲間になれるらしい。」
馬車から見える平原の景色を背にグレコが事情を説明する。
それを聞いたコルワはというと不満げな表情を浮かべて手遊びをするばかりだった。
「思うんだけどさぁ。何でこんな回りくどい作戦なのさ。ヴィトの下につかなくても騎士団なりなんなり兵隊は手に入れようがあるでしょ。」
「考えてみろよ。相手は勇者だぞ。お城の真ん前に磔にされてるより、汚い地下で貧乏人に奴隷扱いされてる方が面白いだろ。その様を見るためなら何だってやれる。」
相変わらずの邪悪な表情でグレコが嘲笑う。
魔王討伐の旅に出る前も出る後も、勇者は奈落なんかとは縁遠い生活を送っている。
そんな男だからこそ復讐のしがいがあるというものだ。
「そんなことより、見えてきたぞ。今回のお相手だ。」
広い原っぱの中心、逃げ惑う商隊に囲まれてターゲット達は佇んでいた。
二本足ではあるが山並みの大きさを誇る体と立派な角。
目の前で暴れ狂う二匹の怪物達もグレコ達からすればかつて倒した相手にすぎない。
「あーオーガだね久々に見たや。これは確かに僕らに頼んで正解かも。」
「所詮残党だから俺らが倒した奴より小ぶりだけどな。つがいみたいだしメスの方はお前に任せたぞ。」
「おーけーおーけー!いってらー♪」
グレコはそう言い残して馬車から飛び降りる。
あくまでこれは勇者達へ復讐するための前段階の前段階。
さっさとこの化け物を叩きのめさなければ。
「おぉ!助けに来てくれたのか!俺は何としても商品を運ばなきゃなんねぇ!任せたぞ!」
「あぁ任せとけ。絶対に守り抜いてやるよ!」
ヴィトのような悪党達には侮られないよう、素の荒い口調を使っていたが今回は違う。
助けを求めている人間にはなるべく頼り甲斐のある男を演じる。
自分への評価が能力に直結するグレコが学んできた、独自の処世術だ。
逃げていく商隊を見送り、オーガへと向き直る。
「一応【掌握】使っとくか。こんな雑魚のこと覚えてねぇしな。」
近づいてきたグレコに気づいたらしく、オーガが大きな手を振り下ろしてきた。
十メートルはありそうな背丈から繰り出される攻撃を軽く避け、グレコはその手に軽く触れる。
オーガ
身長:9.8m 体重:543kg
弱点:角 スキル:なし
必要な情報はだいたいこの辺りだろうか。
グレコの脳内にはもっと詳細なデータが入ってきているが今は戦闘に関するものがあればいい。
いつかこの世界にやってきたという異世界人が使っていた単位による表記なのが少し気に食わないが、まぁ十分な情報量だ。
「グゴォォォォォォ!!!」
唸りながらグレコを執拗に攻撃してくるオーガを軽くいなしていく。
弱点は角とのことだったが、これだけのサイズだとそこまで到達するだけで一苦労だ。
加えてグレコの剣術の腕では、角までいったところで致命傷を与えられるかわからない。
グレコは攻撃による勝利を選択肢から外す。
「グゴォ!グオォ!グガァァァァァ!!」
「いいぞいいぞもっと苛立てよデカブツ!そして俺を恐れろ!」
オーガの攻撃をひたすら交わしつつ、定期的に攻撃動作を取る。
普段やっている繊細な剣術の構えではなくもっと大仰で派手な構え。
それこそヴィトやベリオット辺りがやっていそうな構えを真似しながらも、決して攻撃は放たない。
こちらの攻撃は一切当たらないが、攻撃をしなければとてつもない威力の反撃が来るかもしれない。
オーガにそう思わせることが大切なのである。
「お前にもう少し頭があれば良かったんだろうがな!魔物程度の頭じゃこんな虚勢にも気付きやしない!」
「グガァ……グァァァァ!!」
そろそろ頃合いだ。
グレコは一度も攻撃していないというのにオーガは怒り狂っている。
怒るということは俺を脅威と認識しているということだ。
そこらに生えた雑草に怒るやつはいない、蚊なり毒草なりそれがもつ力に畏怖するから怒るのだ。
そして怒りが限界に達した時、生物はそれを格上と見なす。
「お前の体、ありがたくいただくぜ。」
「グァ……。」
地響きを起こしながらオーガが膝をつく。
【掌握】による操作完了。
グレコはオーガの頭に登り辺りを見渡す。
「さて、コルワの方は随分と苦戦してそうだな。」
「お前の方は相変わらず圧倒的だな。」
遠くで戦っているコルワの方を眺めていると、下から声がかかる。
爽やかな金髪、すらっとした背丈。
見るからにヒーローというような見た目の男。
憎い相手というのは往々にしてよく遭遇するものだ。
「昨日ぶりだなラン、いやもう仲間でもないしランベリー様とでも呼んだがいいか?」
「ランのままでいいさ。追放することになってしまったが俺はお前のことを友達だと思ってる。」
オーガの頭上で揺られながら、ランベリーと会話をする。
グレコの復讐心を抜きにすれば、二人はただの幼馴染。
奇妙な空気感のまま会話は続く。
「冒険者協会からの依頼で来たんだが、どうやら一足遅かったみたいだな。」
「俺も一応勇者様の仲間だからなぁ。困ってる人がいたら放って置けないんだ。ま、追い出されたから今はニートだけどな!」
正義漢を演じてはみるが、ランベリーはほぼ確実にこちらの事情に気付いている。
元より勘の鋭い男だ、グレコがパーティを追い出された後復讐のために動き出すことなどお見通し。
全てを理解した上で、ランベリーはグレコを見つめる。
「じゃあその死体を俺に渡してくれ。冒険者協会に持っていって処理して貰わなきゃいけないんだ。お前が逃げ惑っている間にオーガが疲れて倒れたように見えたが、まさか操ってなんていないよな?」
「はっ、俺が魔物の死体をどう処理してたか知ってるくせによく言うぜ。俺だってこいつの死体は必要なんだ。持っていかなきゃならないところがあるからなぁ。」
共に旅をしていた頃から、ランベリーはグレコが魔物の死体を横流ししていたことに感づいていた。
咎められることすらしなかったが、知っていたからこそランベリーは丁重に死体を弔っていたのだ。
グレコの悪行から目を背けていたのか、改心することを信じていたのか。
どちらかは知らないがどちらにせよ今は気にする必要がない。
ランベリーはグレコに怒りの眼差しを向け、二人の間に緊張が走る。
「グレコ、俺はお前が何を企んでいようがどうでもいい。俺を憎んで復讐するというのならいくらでも受け入れよう。だがな、関係のない人々に危害を加えようというならば、遠慮はしない。」
「はっ!本当はもっと周到に準備を重ねてから殺るつもりだったが乗ってやるよ。ガキの頃ぶりの喧嘩と行こうぜ!」
グレコはオーガの角を掴み、その巨体を操作する。
勇者と追放者。
想定よりずっと早い復讐戦が幕を開けた。




