28.報告、そして初仕事
「それで、逃げて帰ってきたってわけかぁ?」
奈落、例の料亭へ足を運び、グレコはヴィトと対面していた。
明らかに不満げ。
いつもの強面により一層皺が刻まれている。
「……普通なら間違いなく却下する提案だが、あの騎士団長が厄介すぎた。俺じゃあの【障壁】は壊せない。あのまま手詰まりになるよりはいい案だと思ったんだ。」
「まぁそれはそうかもしれねぇが……。密約って言ったって信頼できるかが問題だな。変異種を一瞬で討伐しましたー、奈落を攻撃しまーす!って言われても困るからなぁ。」
「その点に関しても多分問題ない。ラストアはダードが瀕死にしたし、相手が変異種ともなれば騎士団も無傷じゃ済まないはずだ。ランベリーもどっかへ行ったって話だしな。」
何とか情報を並べ、ヴィトの不安感を拭う。
この男の目的は、奈落ひいてはバルトラを守ることだ。
騎士団は間違いなく戦力減少する、そういった説明をしておかなければ。
グレコがそう思って言葉を並べていると、ヴィトが膝を叩いて立ち上がる。
「よし、取り敢えず今回の作戦失敗に関しては不問にしてやる。一応バルトラ防衛という目的は果たしたわけだしなぁ。」
「あぁもしまたこっちを攻めようという動きを見せてきたらその時はもう一回対処すればいいだけだ。」
「まっ、取り敢えずはそういう認識でいくかぁ。ただ、一つお前に命令がある。これから暫く賭場じゃなく俺の仕事を手伝え。」
ヴィトがグレコの頭を掴み、髪を乱す。
「さっきも言ったようにサイラス騎士団が協定を破って攻めてくる可能性はゼロじゃない。それで俺が死にでもしたら100%お前の責任だ。だからそうならないようにお前が俺を守れ。」
「ボディーガードかよ……。まぁそれはいいが、賭場はどうするんだ。」
「あっちは放っておいても何とかなる。お前が大分改革してくれたみたいだからなぁ。」
嫌そうな表情をしながらも、グレコは楽しくて仕方がなかった。
カッシルにバルトラの情報を掴むとは言ったものの、ヴィトにどう近づくかが問題だった。
賭場の管理という普段の仕事もあるし、そもそもこれまでヴィトに会う機会が少なかった。
だからこそヴィトの方からボディーガードの任務を押し付けてくれるなど、願ってもない話である。
「今日は家に帰って寝るとして、明日からは俺の後ろについてこい。じゃ、そういうことでなぁ。」
ヴィトが眠そうに欠伸をしながらグレコに手を振る。
話は終わり、出て行け。
そういう意味であろう。
グレコは意図を察し、部屋を退出した。
「と、いうことで。今日の業務を始めんぞぉ。」
翌朝。
ヴィトの号令でグレコの新たな業務が幕を開けた。
何やら高そうなスーツを見に纏い、笑みを浮かべるヴィト。
よく考えればグレコはこの男が普段何をしているかろくに知りもしない。
これまでに見た姿といえば偉そうにふんぞり返って酒を飲んでいるか、煙草を吹かしているかだ。
「グレコ、もしかしたら戦闘になるかもしれねぇ。そうなったら頼むぞ。」
「はぁ?一体何をしにいくんだよ……。」
「まぁまぁそりゃぁ行ってからのお楽しみだ。ほれ、黙ってついてこい。」
ヴィトと二人、奈落の暗い道を進んでいく。
賭場の辺りも料亭の辺りもある程度発展しているから、こういうスラム街を歩くのは久々だ。
細い道の横にはやつれた老人が転がり、立ち並ぶ家々はどこも大小様々な穴が空いている。
「おいこんなとこに何の用があるんだ……。」
「俺達の組織において、魔物の素材を密売したり賭場を運営したりってのはあくまで副業だ。本業は、馬鹿の処理。おいジジイ!さっさと出てこい!」
そう叫びながらヴィトが民家の扉を蹴破る。
ボロ家だけあって扉は簡単に崩れ、ヴィトが一切の躊躇なく中へ足を踏み入れる。
蜘蛛の巣とゴミに塗れた家の中に人の気配はなく、見るからにも抜けのから。
その様を見て、ヴィトは唾を吐く。
「ったく逃げやがったか……。」
「おいなんなんだよこの汚い家は。いい加減に仕事の内容を教えてくれ。」
「あぁ、この家に住んでいる奴はここらの住民に怪しい薬を売りまくった野郎だ。今日はそいつをとっ捕まえて叩き潰す。」
なるほど奈落の治安維持。
それがバルトラの主要な仕事らしい。
恐らく奈落一帯の治安を守る代わりに、住民から税金のようなものを巻き上げているのだろう。
やっていることは大分悪どいが、騎士団も力を貸してくれない奈落では意義のあることに違いない。
現に今もこうして悪人の家に押しかけている。
そこまで考えたところで、グレコはヴィトの意図を理解した。
「もしかして俺を連れてきたのはボディーガードじゃなくてその悪党を捜索するためか。」
「お、気づいたかぁ。この家のジジイ、各地に隠れ家を持ってるらしくてな。お前のスキルを使ったら一発だろ。」
そもそもボディーガードと言われた時点でグレコは怪しいとは思っていた。
サイラス騎士団が奈落に攻め込んできたからといって、守るべきはヴィト個人ではなくバルトラ全体だ。
いつものごとくグレコを賭場に配置して防衛に当たらせる方がよっぽど効率的。
何せヴィトの戦闘力は恐らくグレコより上。
索敵と条件付きの操作しかできず、出会い頭の戦闘にめっぽう弱い男をボディーガードにつける意味など皆無である。
「わかったらさっさとジジイを見つけてくれやぁ。さっさと倒して俺は酒が飲みてぇ。」
「分かったから黙ってくれ。いつも思うがお前は酒を飲み過ぎだ。」
文句を言いながらグレコは床に手を触れる。
広範囲の【掌握】は脳に入ってくる情報が多いため精神的疲労が凄まじい。
本当ならばやりたくない作業だが、これもヴィトの役に立つためだ。
バルトラ内での地位を上げることもそうだが、何よりもヴィトの信頼を勝ち取りたい。
より確かな信頼関係を築いておけば得られる情報も増えるはずだ。
「その薬を撒いてるジジイってのはどういう見た目なんだ。ジジイなんてそこら中にいるぞ。」
「あーなんかやたらファンキーな見た目のジジイだ。チビでデブだが髪の毛だけやたらド派手。見たらすぐわかるぞ。」
「なるほど、確かに分かりやすいな。一瞬で見つけられた。」
【掌握】で周辺の家々を全て見通し、見えてくる大量の人間。
その中に目的の男は居た。
グレコは足元の床板を引き剥がし、中を覗き込む。
「地下に隠れったって無駄だぞファンキージジイ。」
紫の長髪に丸々とした体型の老人。
グレコ達が居る部屋の床下には、変わった風貌の男がうずくまっていた。
「お手柄だグレコ。ようジジイ、よくもまぁ俺の周りで暴れやがったなぁ。」
「ちっ……正義気取りの悪童が粋がりおって!ジジイを甘く見るな!」
老人はこちらに両手を伸ばし、その手からこれまた紫色のガスが放出されていく。
その匂いを嗅いだ瞬間、グレコの視界が揺らぎ、足が震える。
「これ……毒ガスか……。」
「はっはっはー!儂の【毒薬】を舐めるなよ小童ぁ!」
必死に口元を押さえてみたが気付くのが遅かった。
スキルの関係ない部分において極めて一般人のグレコには、毒を耐え切れるほどの屈強さがない。
膝をつき頭を押さえるグレコ。
その震える肩が、力強く叩かれた。
「悪いなぁグレコ。こいつのスキルについて話すの忘れてたぜ。代わりと言っちゃ何だが、俺の本気を見せてやるよ。」
ヴィトが口元を布で押さえ、腕を回す。
死にかけている場合ではない、この男の戦闘を目に焼き付けなければ。
グレコはそう覚悟して目を見開いた。




