2-24
ラウルにとって、エリアーノは祖国の仇。
彼の敵を、自分も恐れるわけにはいかない。
「そうね。むしろ魔物の類なら、私の得意分野だわ」
それでもこの怨念の中に、深い悲しみを感じるのはなぜだろう。
彼女の正体は何なのか。
そして、何を企んでいるのか。
まだミラは彼女に対面したことはないが、顔を合わせたときこそ、すべての答えがわかるのかもしれない。
魔物の数は多かったが、ミラの浄化魔法の影響で弱体化していたようで、ほとんど苦戦せずに倒すことができた。小型ドラゴンも、ミラの浄化魔法でトカゲのように小さくなった。ラウルが大剣であっさりと切り捨てる。
休憩を挟みながら、王都の周囲を回って魔物退治をしていると、崩れかけた城門からこちらを伺う人影があった。
どうやらロイダラス王国の騎士のようだ。
生き残っている人達は皆、王城に籠っていたという話だったが、戦闘の音を聞きつけて、様子を見に来たのだろう。
「ジェイダー殿下」
立派な鎧を着た騎士はジェイダーを知っていたようで、慌てた様子で彼のもとに走り寄り、膝をつく。
「よくぞ、ご無事で……」
どうやら彼は、ジェイダーの父であるロイダラス国王の護衛騎士のようだ。
意識のない国王を見捨てることができず、そのまま王城に残っていたのだろう。
ロイダラス国王は魔物の襲撃後も、王城に逃げ込んだグリーソン公爵が守っていたが、まもなく息を引き取った。
「そうか。父はもう……」
もう意識のない状態が長く続いていたから、覚悟はしていたのだろう。
ジェイダーは祈りを捧げるように一瞬だけ目を閉じると、騎士に向き直った。
「グリーソン公爵は王城に?」
「はい。ですが、王城に立て籠もったのは取り残された人々を守るためです。けっして、反意を抱いているわけでは……」
「わかっている。公爵と話したいと思う」
ジェイダーはそう答えたが、騎士は何か後ろめたい秘密を抱えているかのように、ずっと俯いていた。
もしかしたらグリーソン公爵という人物は、あまり信用することができないかもしれない。
騎士の先導で、王城に向かう。
立ち並ぶ家は魔物によって破壊されていたが、さすがにあの町のように荒らされてはいない。
そのグリーソン公爵が、きちんと統治しているようだ。
王城の城門は固く閉ざされていたが、騎士が呼びかけるとゆっくりと開いた。騎士の後にジェイダーが続き、ミラも、兄とラウルに挟まれて、王城に足を踏み入れる。
懐かしさを感じた。
ミラはほとんど神殿で生活をしていたから、王城には数えるほどしか訪れたことはない。それでも、いずれここで暮らすだろうと思っていた場所である。追放されたあのときは、まさかこの場所に帰ることになるとは思わなかった。
感慨深く王城を見渡しながら、公爵のもとに案内してもらう。
王城も崩れ落ちて危険な場所があるらしく、謁見の間や大ホールなどは、立ち入り禁止になっていた。
暖を取るために使ったのか、廊下の絨毯は剥がれされていた。そのため、歩くとコツコツと靴音が響く。
客間の扉は固く閉ざされていたが、中には人の気配がする。避難してきた人達が、そこにいるのだろう。
グリーソン公爵は、数人の貴族とともに、広い客間でこちらの到着を待っていた。
中央にいるのが、そのグリーソン公爵のようだ。
すらりと背が高く、茶色の髪をした壮年の男性だった。やや神経質そうな顔をしている。
彼は王都が魔物に襲撃されたとき、逃げ遅れた市民達を王城に招き入れて守った。残された貴族達も、今は彼を中心にまとまっているという。
けれどアーサーが独裁的な行動をしていたとき、グリーソン公爵はそれを諫めることもなく、身を潜めていた。
アーサーは、逆らう者には容赦しなかったようだ。けれど、国王の従弟であるグリーソン公爵なら、アーサーを止められたのではないか。そういう声もあったらしい。
それに、彼自身も王族の血を引いている。
ジェイダーはロイダラス王国の第二王子だが、地方で育っていて、中央の繋がりが薄い。
それに対して貴族を上手く取りまとめている彼は、ジェイダーの心強い味方になってくれるのか。
それとも、手ごわい敵なのだろうか。
グリーソン公爵は、他の貴族とともにジェイダーに臣下の礼をとる。
「ジェイダー王子殿下。御無事でしたか」
安堵した様子を隠そうとしない彼は、本当にジェイダーの無事を喜んでいるようにみえる。
だが隣にいる兄は、険しい顔をしたままだ。
グリーソン公爵の背後にいる貴族達も、まるで値踏みをするような視線をジェイダーに向けている。
ジェイダーが王城に戻れば、誰もが彼を王位継承者として認めてくれると思っていた。
けれど実際は、そう単純な話ではないようだ。
ジェイダーが多くの人命を救ってくれた礼と、父である国王を看取ってくれた礼を述べる。グリーソン公爵は、人命を救うためとはいえ、王城を占拠するようなことをしてしまったことを詫びた。
そんな、ある意味形式ばったやり取りのあと、彼らの視線が兄とミラに移った。
「ミラ様。改めて、異母兄のしたことをお詫びいたします。その聖なる御力でこの王都を守ってくださっていたミラ様を、偽聖女と呼んで追放するなど、許されない行為です」
ジェイダーが、王城で正式にミラに謝罪する。
続いてグリーソン公爵も、アーサーを止められなかったことを詫びてくれた。
周囲の貴族も、揃って頭を下げる。
ミラとしては、もう過去のことだ。アーサーを恨む気持ちもなくなっている。
それでもこの場で言葉を発するのは、自分ではない。
エイタス王国の国王である兄だ。
ミラは、隣に立つ兄を見上げる。
「我が国の聖女であるミラをこの国に送ったのは、ロイダラス国王の度重なる懇願を受けてのこと。だがロイダラス国王はミラの出自を隠し、王太子のアーサーに至っては、偽聖女と呼んで追放した」
兄の研ぎ澄まされた美貌が、冷たい刃のように見える。これほど怒りを露にした兄の姿を、今まで一度も見たことがなかった。
「ミラが守っていたこの王都の民も、偽聖女だと罵ったそうだな。ミラはエイタス王国に連れて帰る。もう二度と、この国の聖女になることはないだろう」
得られたはずの聖女の力。
それを永遠に失ってしまったことを悟り、グリーソン公爵は青ざめ、他の貴族達は悲壮な顔をした。
ただジェイダーだけが、すべてを受け入れるようにまっすぐに、兄を見つめていた。




