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本物どころか、偽聖女と言われて追放されたのだが、その辺りは話す必要のないことだ。
ミラがこの国にいて、護衛を雇って旅立ったことを知っている受付の女性は困惑していたようだが、ミラは笑顔でごまかした。
「この教会には結界を張っています。魔物はもちろん、悪意のある人間も入れません。だから安心して、ここで休んでいてください」
そう説明すると、安堵の声が上がる。
男達もギルドから出ることができないと聞いて、女性達も安心したようだ。
ジェイダーの護衛のひとりをエイタス王国に向かわせ、ミラ達はいよいよ王都に向けて出発することにした。
(この町を素通りしていたら、大変なことになるところだったわ)
町を後にしながら、そう思う。
王都はもうすぐそこだ。
グリーソン公爵が取り仕切っているというから、この町のようにならず者に牛耳られていることはないだろう。
ここからは全員、身分を隠す必要がなくなる。ミラも髪を元の銀髪に戻していた。
広い街道に沿って歩いていくと、王都の大きな城門が見えてきた。
だがやはり魔物によって破壊され、大きく崩れかかっている。
城門の奥に見える街並みも、以前とはまったく違っていた。
人ひとりいない、廃墟のような王都に、ミラは思わず足を止める。
「こんな……」
今までも、多くの村や町が魔物の襲撃を受けていた。
先ほど後にした町も、もともと荒れていたとはいえ、破壊されてしまった様子に胸が痛んだ。
けれどこの王都に住み、平和を祈りながら結界を維持していたあの頃を思い出すと、あまりにも変わり果てた様子に衝撃を受ける。
せめて、結界だけは残すべきだったのではないか。
そうすれば、王都は魔物から守られ、ここまで破壊されることはなかったのではないか。
そういった後悔が押し寄せてくる。
「ミラ」
そんな様子を察したのか、兄の手がミラの背を優しく撫でる。
「アーサーに、新しい聖女が見つかったと言われたのだろう? ならば、結界を解くのは当然のことだ。お前の結界が残っていては、新しい聖女の妨害になる。まして、この国には聖女が何十年も生まれていないのだから」
「お兄様……」
ずっと絶えていた国に、ひさしぶりに生まれた聖女の力は弱いと言われていた。そしてミラは、長く続いたエイタス王国の聖女の中でも、屈指の力を持っている。母や姉でさえ、ミラの結界の中だと力が弱まってしまうことがあった。
アーサーは、ロイダラス王国の大神官が間違いなく聖女であると認定したと言った。だからミラは、この国にはもういられないと思い、新しい聖女の邪魔をしてはいけないと結界を解いたのだ。
(でも……)
今となっては、彼女が本当に聖女だったのかも疑わしい。
この国の神殿は、王家の支配下にある。アーサーがそう言うように命じた可能性があった。当時のミラはそんなことも知らず、ただ言われるままに神殿を去り、結界を解除してしまった。
その結果が、この惨状だ。
(私が、結界を解いてしまったから……)
「あなたのせいではありません、ミラ様」
そう考えていた気持ちがわかったかのように、背後から声がした。
優しく、けれど反論を許さないような、凛とした口調。
「ジェイダー様」
「王都をこんなふうにしてしまったのは異母兄のアーサーであり、ロイダラス王国の王家です。父があなたの出自を隠さなかったら、こんなことにはなっていなかった。父には何か考えがあったのでしょう。けれど、それが王都を崩壊に導いてしまった」
ジェイダーは、無惨な姿となった王都を記憶に刻むように、ゆっくりと視線を巡らせる。
「償うのも、罪を背負うのも、王家の人間である私です」
覚悟を決めたその言葉に、ミラは何も言えなかった。
ただ彼と同じように、無惨な王都の姿を目に刻む。
被害は建物だけではない。王都から逃れて地方に移動した人はたくさんいたが、それでもここで、少なくない人命が失われたであろう。
(それでも、私にも責任がある。それを忘れないようにしないと)
そう決意して、静かに祈りを捧げた。
「まず、王都の周辺の魔物退治を」
兄の言葉に意識を切り替える。
今の王都にいる人達を、一刻も早く助けなくてはならない。
周囲には、魔物による瘴気が充満している。これがさらに魔物を呼び寄せているのだ。
(ひどい状態だわ)
ミラはまず、瘴気を浄化する。
「光よ。悪しき瘴気を退け、清浄なる気で満たしたまえ。【浄化】」
王都の周辺に放置されていた魔物の遺骸が、聖なる力で浄化される。
ミラの浄化は、時には魔物さえ消し去ってしまうほどの威力を秘めているが、それを自在にコントロールすることができない。誰かを護ろうと強く思ったときだけ、それだけの威力を発揮する。
それでもエイタス王国でも屈指の力を持つミラの力は、王都の周辺に溜まっていた瘴気を、瞬く間に浄化した。
残った魔物を、兄とラウル。そしてジェイダーの護衛達が倒していく。
彼らが怪我をしていないか注意深く見守りながら、ミラは王都の様子を探っていた。
(変だわ……。聖女の力を、どこにも感じない……)
ミラが追放されるきっかけとなった新聖女マリーレは、とうとう力を使うことができず、アーサーによって地下牢に閉じ込められた。王都から逃げてきた人に、そう聞いていた。
だがその次に現れた、黒髪の聖女。
リーダイ王国滅亡のきっかけとなったエリアーノという聖女は、一時的にしろ結界を張り、王都を守っていたのではなかったのか。
王都を守ったその力が、ミラと同じ聖女のものならば、痕跡がわかるはず。それをまったく感じないことを疑問に思う。
(むしろ、魔物が使う魔法と同じような……)
そう思った途端、背筋がぞくりとした。
瘴気を浄化しても、消えぬ怨念が残っているような気がして、自らの両肩を抱くようにして崩れた城門を見上げる。
「ミラ?」
様子がおかしいことに気が付いたのか、ラウルが心配そうに声をかけてきた。
「ラウル」
そっと気遣うように触れてきた腕に、思わず縋り、頬を押し当てる。触れた箇所から伝わる温もりに、泣きたくなるくらい安堵した。
「何かあったのか?」
「あの黒の聖女は……。エリアーノは、聖女ではなかったかもしれない」
「……そうか」
恐ろしい秘密を打ち明けるような気持ちで告げたのに、返ってきたのは穏やかな声だった。
「ラウル?」
「あれが、ミラと同じ聖女であるはずがない。俺はずっとそう思っていた。違うのなら、むしろ喜ばしいことだ」
恐れなど微塵もない様子で、ラウルはそう言った。その強い瞳に、彼の覚悟を悟る。




