2-22
十五人すべてが地下から出ると、ミラはホールに続く扉をそっと開いた。
「ラウル?」
そこには、扉を守るようにして立っているラウルの姿があった。
「ミラか? 無事だったか」
「ええ。女性達もみんな連れてきたわ。ラウルは、大丈夫?」
「ああ。他の仲間が戻る前に、教会に移動しよう」
男達はすべて倒され、ギルドの柱に縛り付けられていた。
ラウルは救出した女性達の中にギルドの受付の女性がいたことに驚いた様子だったが、今は急いで安全な教会に移動しなくてはならない。
「ミラは姿を隠すように」
「え、でも……」
他にも女性がたくさんいるのに、自分だけ姿を隠すことに抵抗があった。
けれど兄との約束だと言われてしまえば、そうせざるを得なかった。
(ラウルが責められたら、嫌だもの)
兄に限ってそんなことはないと思うが、それでも素直に従うことにした。
「姿を隠しているから、私は一番後ろから行くわ。何かあったら知らせるから」
「わかった。あまり離れないように」
ラウルが先頭に立ち、女性達が続く。ミラは最後尾で、周囲を見渡しながら、用心深く歩いていく。
教会が見えてきて安堵した瞬間。
ミラは悪意を感じて足を止めた。
魔法の気配がする。
誰かが、物陰からこちらを……。ラウルを狙っていた。
「ラウル!」
男達の中に魔導師がいたのだろうか。ミラはラウルに注意を促しながら、魔法の気配を探った。
「あの教会に逃げ込め!」
ラウルは大剣を構えると、女性達にそう言った。
彼女達は、教会に結界が張られ、安全であることを知らない。襲撃に混乱して、ばらばらに散ってしまったら大変なことになる。
そう危惧したが、さすがにギルドの受付の女性が上手く誘導して、全員揃って教会に走り出した。
(ああ、よかった)
それを見て安堵した瞬間。
教会の反対側にある路地裏から、魔法が放たれた。
鋭い風の刃は、ミラと同じように一瞬、女性達の動きに意識を向けたラウルに襲い掛かる。
「させないわ!」
ミラはその魔法に同じくらいの強さの魔力をぶつけて、霧散させる。
ドラゴンブレスさえかき消したミラの魔力に、普通の魔導師が勝てるはずがない。
「なっ……」
驚愕の声とともに、魔導師が姿を現した。
驚いたことに、あのならず者たちのリーダーの男だった。
逞しい身体つきから、てっきり剣士だとばかり思っていたミラは驚く。
「くそっ」
剣士だと思って油断していたところを、魔法で攻撃する。
今までそんな戦い方をしてきたのだろう。攻撃が不発に終わったことを悟った男は逃げようとするが、ラウルは素早く男の前に回り込んだ。
勝利を確信していたらしい男は、剣も持っていなかった。あっさりとラウルに倒されて、地面に転がる。
「ミラ、助かった」
「ううん。魔法を放つ前に見つけられなくて、ごめんなさい」
あのとき、少しだけラウルから目を離してしまった。もし魔法が間に合わなかったらと思うと、ぞっとする。
「ミラ、ラウル」
教会から兄が出てきた。
「無事か?」
「ええ、お兄様」
ミラは自分の周りに廻らせていた魔法を解除して、姿を現す。
「町をもう一度見回って、男達が残っていないか確認しよう。そのあとは、ギルドに放り込んでおけばいい」
ラウルの言葉に、ミラは頷く。
教会と違ってギルドには、水も食料も十分に残されていた。男達をそこに集めて結界を張り、外に出られないようにすればいい。そうすれば、もう教会に残っている人達に危害を加えることはできないだろう。
兄とラウルとともに町を回り、残っていた男の仲間を一人残らず捕らえた。
全員まとめてギルドに放り込み、出られないように結界を張る。知らずに中に入ってしまう人がいると危険なので、結界を解除しない限り、誰も入れない。
それが終わったあと、ミラは念のために周囲の見回りをするというラウルと別れ、兄と教会に戻った。
「助けていただいて、ありがとうございました」
他の女性達の面倒を見ていたギルドの受付の女性は、そう言って深々と頭を下げた。
「あの、冒険者の方でしょうか?」
兄に向かってそう尋ねる女性に、ミラは自分の兄だと紹介する。
「そう、ですか。何とか他の国のギルドに連絡を取りたいのですが……」
「それならエイタス王国のギルドに連絡を入れさせよう」
兄はそう言って、ジェイダーを見た。どうやら護衛のひとりを、エイタス王国に向かわせることにしたらしい。
「エイタス王国ですか? たしかにあの国にあるギルドは大陸最大のものですが、私などの証言で動いてくれるかどうか……」
組織が大きいだけに、動くときには慎重になるようだ。
「問題ない。アルバロに、リロイドが証言すると告げればいい」
「え? アルバロって、ギルド総長? それよりもリロイドって……」
呆然とした様子だった受付の女性は、次の瞬間、はっとしたように跪いた。
「エイタス王国の国王陛下……」
彼女の言葉に、周辺の人達もざわめく。
「ロイダラス王国の王都を解放しに来た。じきに迎えが来るだろう。それまで、ここで待機してくれ」
「は、はい」
恐縮した様子の女性が気の毒になって、ミラはわざと兄を詰る。
「もう、お兄様。そんなふうに女性を怖がらせるなんて」
「俺は何も……」
「!」
それなのに周囲のざわめきは、もっと大きくなってしまう。
「エイタス王国の聖女様……」
「聖女様が来てくださった……」
「本物の聖女様だ」
聖女がいるというだけで、人々の顔が明るくなっている。




