2-21
「さあ、行きましょう」
「ああ、そうだな」
ラウルの背後について歩いていると、どうしてもこの町を訪れたときのことを思い出す。偽聖女だと追放されたあのときは、再び王都を目指して旅をするなんて思わなかった。
荒れ果てた町。
人のいない広い街道。
道端に打ち捨てられた人形が、もの悲しい。
「ミラ、行くぞ」
ラウルの声に我に返る。
今は、感傷に浸っている暇はない。
「ええ」
頷くと、ラウルは大剣を構えてギルドの入口を勢いよく開いた。
「な、なんだ?」
見覚えのあるギルドの内部。
広いホールに、数人の男達が寛いでいた。
教会にいた人達はあんなに瘦せ細っていたのに、彼らは昼から酒盛りをしていた。嗅ぎなれない酒の匂いに、気分が悪くなりそうだ。
「お前は、ラウル? 何の用だ!」
男達はラウルのことを知っていたらしく、そう声を張り上げる。彼はそれを一瞥すると、大剣を持ったままギルド内を見渡す。
「入口は向こうか」
喚く男達を無視して、カウンターの奥に進んでいく。
「ま、待て。そこに近付くな!」
ラウルの目的を察しただろう男達が、瞬時に殺気立つ。
「ミラ。カウンターの向こうの扉を開くと、資料室がある。その一番奥にある机の下に、地下の入口がある」
大剣を構えたまま、ラウルはミラにだけ聞こえるように言った。
「状況から考えて、資料室に見張りはいないはずだ。先に中に入り、女性達の様子を確認して欲しい」
「ええ。でも、ひとりで?」
男達は、十人以上いたように見える。ラウルひとりで大丈夫だろうか。
心配するミラに、ラウルは心配ないと笑う。
たとえ人数がいても、酒に酔っている男達に彼が負けるわけがない。
そう思い直したミラは、ひとりで先に進むことにした。
ラウルが男達の注意を引き付けている間に、そっとカウンターの奥にある扉を開く。中に入り、音を立てないように閉めた。
薄暗い資料室は、思っていたよりも狭い。壁を取り囲むように棚があり、そこに書類が詰め込まれている。薄暗いのは、窓の部分にも棚を置いているからのようだ。
周囲を見渡してみたが、ラウルの言っていたように見張りはいなかった。
(ええと、机の下に……)
見渡すと、一番奥に大きな机があった。
駆け寄ってその下を覗き込む。
床に金具が装着してあり、それを引っ張ると開くようになっていた。
(これね)
入口は人ひとりが入れるほどの大きさで、扉もかなり重い。何とか引き上げると、そこには石造りの階段があった。深いようだが、闇に閉ざされていて、奥まで見通すことができない。
ミラは魔法で光を作り出すと、照らされた階段をゆっくりと降りて行った。
(あら?)
途中で、鍵が落ちていることに気が付く。古いもののようだが、使い込まれている。この先に必要になるかもしれないと思い、拾っておく。
地下室の入口は狭かったが、内部は思っていたよりも広かった。壁に手をついて足元を確認しながら階段を下りていくと、やがて大きな扉があった。
どうやら施錠されているようだ。
(この奥かしら?)
耳を澄ませると、複数の女性のすすり泣きが聞こえてきた。どうやらここで間違いないようだ。先ほど拾った鍵を使ってみると、かちりと音がして扉が開いた。
本当に、この扉の鍵だったようだ。
女性達を捕らえている場所の鍵を落としたり、兄がこの町にいるのに酒盛りをしていたりと、彼らは本当に油断しきっている。
この分なら、女性達を助けるのもそれほど難しくはなさそうだ。
それでも警戒しながら扉を開ける。
明かりのない暗い部屋を、魔法の炎で照らしてみた。すると、泣き声に交じって、気の強そうな女性の声が聞こえてきた。
「私達をここから出して! ギルドを不法に占拠するなんて、許されない行為よ!」
聞き覚えのある声だった。
(あれは、ギルドの……)
ラウルを紹介してくれた、受付の女性ではないだろうか。そう思ったミラは、慌てて声のする方向に駆け寄った。
ここはどうやら、古い資料を置いておく保管室だったようだ。年代別に並べられていた棚が乱雑に追いやられ、中央に女性と女の子が集まっている。
人数は、十五人ほど。
「もしこの国が滅びたとしても、ギルド組織は世界中にあるのよ。すぐに指名手配されて、冒険者の称号も永久はく奪されるわ!」
ギルドの女性まで囚われていたとは思わなかった。
ミラは彼女達を驚かせないように、一度扉の近くまで戻って、姿を現す。
それから、もう一度声のする方向に向かった。
「皆さん、無事ですか?」
「え、あ、あなたは……」
男達が来たとばかり思っていたらしく、ミラを見て驚きの声を上げる。
「以前、護衛の依頼でお世話になりました。もう大丈夫です。ラウルと一緒に、助けに来ました」
「ラウル? 思い出したわ。あの、世間知らずのお嬢さま? あ、ごめんなさい」
「いえ、本当に世間知らずでしたから。皆さん、立てますか?」
中には弱っている人もいたが、皆助け合いながら、気力を振り絞って立ち上がった。
受付の女性の話では、あの男達がここを占拠したのは、二十日ほど前。
それまではこの町に残ったギルドの職員と教会のシスター達で、このギルドに集まって子供達や年老いた人達の面倒を見ていたようだ。
「あの男は逃げ足も速いから、何とかして捕まえたいけれど……。この国のギルドは機能していないでしょうね。他の国のギルドに知らせる方法があれば……」
悔しそうに俯く女性。
どうやらあの男は悪事を繰り返しながらも、証拠を掴ませずに逃げ回ってきたらしい。
今回も王都が崩壊し、悪事が露見する必要がないと判断して好き勝手していたのだろう。
だが、今この町には、エイタス王国の国王である兄リロイドがいる。
このロイダラス王国の第二王子であるジェイダーもいる。
卑劣な男達をけっして逃がしはしない。
音を立てないように慎重に階段を上がり、ミラが先に資料室に出て周囲を確認する。
入ったときと同じように、部屋には誰もいない。ほっとして、女性達に合図をする。




