2-19
町は、やはり荒れているようだ。
城壁は魔物によって破壊され、ありあわせの木材で補強してある。その隙間から、こちらを伺っている者がいた。
生き残りがいたと安堵した瞬間、足元に矢が撃ち込まれた。
「!」
思わず身を竦めるミラを庇い、ラウルと兄が前に出る。
見渡してみれば、城壁の合間からこちらの様子を伺う、複数の視線。
容貌から察するに、この町を拠点としていた荒っぽい冒険者たちのようだ。
「俺達の町に何の用だ!」
威嚇するような声がした。
「俺達の町? そんなものは存在しない。ここはロイダラス王国にある町のひとつだ」
兄は冷静にそう言うと、こちらに向けられる敵意を物ともせずに、前に出る。
「お兄様……」
武器をこちらに向けている相手に、平然と立ち向かう兄を心配して、ミラが声を上げる。
「心配ない」
そんなミラに、庇うように前に立っていたラウルが声を掛けた。
「奴らは口だけだ。あきらかに格上の相手に、立ち向かうほど根性はない」
だが逆を言えば、弱い者なら平気で虐げるということだ。こんな人達が町を占拠している。一刻も早く、解放しなければならない。
「ロイダラス王国なんて、もう存在しない。国王代理の王太子は、王都を捨てて逃げだしたぞ」
「そんなことを言っているのは、お前達だけだ。第二王子のジェイダーが立ち上がり、地方の都市もほとんど魔物から解放されている。じきに王都もそうなるだろう。このまま町を不法に占拠していると、反逆罪になる」
静かな口調だったが、彼らに与えた影響は大きかった。
動揺する者。はったりだと叫ぶ者。やがて仲間同士の口論にまで発展した。自分達では判断できないと思ったのか、ボスに聞け、と叫んで立ち去っていく。
「ボス、か。さて、向こうはどう出るか」
兄はそう呟くと、振り返った。
「ミラはラウルの後ろに。ジェイダーも、今はまだ前に出るな。俺が対応する」
「お兄様」
気を付けて、と言おうとしたところで、町の中からひとりの男が出てきた。
かなり大柄な壮年の男で、いかにも裏世界の人間のような、剣呑な雰囲気をまとっている。額のあたりに大きな傷跡があった。
彼は兄の前に立つと、驚いたことにその場に跪いた。
「エイタス王国の、リロイド国王陛下」
「俺を知っていたのか」
「はい。以前、ビーヤ王国で」
男は頷いた。
数年前。ビーヤ王国で魔物退治のために冒険者を大量に雇ったことがあり、男もそれに参加したらしい。
だが魔物は予想以上に多く、冒険者達はかなり苦戦した。
そこに援軍としてやってきたのが、エイタス王国の国王である兄だった。
「今度はこの国をお救いになるために、いらっしゃったのですね」
「そうだ。ロイダラス王国が滅びることはない。速やかに町を解放しろ」
「……承知しました。もとより、我らはこの町を守っていただけのこと。我らが守り、保護した人達もたくさんいます」
多くの人が保護されていることを知り、ミラはほっとする。けれど、庇うように前に立つラウルは警戒したままで、兄の表情も硬い。
油断しないほうがいいと悟り、ミラはローブのフードを深く被り直した。
「後ろの方達は?」
「今回、協力してもらっている者達だ。見知った顔もいるだろう」
兄は、男にジェイダーやミラのことを隠しておくことにしたようだ。
ふたりとも長いローブを着て、フードで顔を隠している。今のところ、正体が判明してしまう恐れはない。
男はジェイダーの護衛、そしてラウルに視線を移して、小さく頷いた。
「わかりました。どうぞ町の中へお入り下さい。我々も魔物が徘徊していて、危険だから見張りをしていただけです」
男はそう言うと、仲間達を引き連れて、町に戻っていく。
その後ろ姿を見送る。
「あの男。魔物の襲撃によって混乱したビーヤ王国を、乗っ取ろうとしたことがある」
視線を前方に向けたまま、兄がこちらだけに聞こえるように、そう言った。それを実行する前に、兄が援軍として駆け付けたのだろう。
ならば今回も同じようなことを企み、同じように兄によって事前に阻止されたのだとしたら。
従順な態度とは裏腹に、かなり忌々しく思っているに違いない。
「俺の顔を知られていたのは仕方がないが、ミラとジェイダーは、あの男に正体を知られないほうがいい」
「ええ、わかったわ」
ミラは頷く。
服装も魔導師のものなので、ラウルとパーティを組んでいる魔導師だと言えばいい。念のため、ローブの中に隠れていた銀髪を、以前この町で変えたように、茶色にしておく。ジェイダーもローブのフードを深く被り、警戒していた。
そうして一行は、町の中に足を踏み入れた。
兄が先頭に立ち、そのあとにミラが続く。ミラの背後には、彼女を守るようにラウルがいる。その後ろに、冒険者達に守られたジェイダーが続いた。
あのときから荒んだ雰囲気だった町は、魔物によってかなり破壊し尽くされている。だが、店や家が荒らされているのは、魔物の仕業ではないだろう。
(まさか混乱に乗じて、略奪行為をしていたの?)
卑劣な行為に、ミラは怒りを感じた。
町の様子を注意深く探り、虐げられている者はいないか、きちんと見定めなくてはならない。
そう思ったが、町に人影はない。ただ男の仲間達が、無言でこちらの様子を伺っている。
町の人達はどこにいるのか聞こうとしたが、兄に止められた。声を発して、若い女性だと知られないほうがいいと言う。
「保護している人達は、どこにいる?」
代わりにラウルがそう尋ねると、ひとりの男が教会を指さした。どうやらそこにいるらしい。




