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「こうなったら迂回路を通るしかなさそうね」

 今日もずっと朝から宿屋に籠りきりだったミラは、そう言って溜息をついた。

「ですが、ミラ様」

 侍女は心配そうだったが、他にもう方法がない。

 崖崩れはかなり大規模だったようで、まだ危険な箇所があるらしく、瓦礫の撤去も進んでいない。

その話を聞いて、もう迂回路を通るしかないと決意したのだ。

「道が開通するまで待っていたら、何か月掛かってしまうかわからないわ。そんなに長い間、この国に滞在するわけにはいかないもの」

 早く祖国に帰りたい。

 もう彼のことを何とも思っていないが、アーサーと新しい聖女との婚約発表など聞きたくはなかった。

 それに、崖崩れで塞がってしまった道はかなり交通量が多かったから、多くの人が迂回路を通っているようだ。

 それだけの人が移動しているのなら、盗賊も出ないだろうし、多少は通りやすくなっているはずである。それに、この町には崖崩れの話を聞きつけて、護衛を請け負っている冒険者も集まっているようだ。

 今ならたくさんの人が迂回路を通っている。

 それに便乗したほうがいいと言うミラの主張で、一行はようやくこの町を出発することにした。

 侍女が雇ってくれた護衛は男女二人組の冒険者で、どうやら夫婦らしい。

 女性だけの旅に男性ひとりを加えるのも、女性だけのパーティになるのも危険かもしれないと思い、色々と探してくれたようだ。

 たしかに夫婦の冒険者ならば、ミラの護衛にはちょうど良いかもしれない。

 男性は剣士で、バロック。

 黒髪の逞しい男性だった。

 女性は魔導師で、サリアと名乗った。

 こちらも艶やかな黒髪をした、美しい女性だ。

 ふたりとも二十代半ばで、どうやら国外に移住するつもりで旅をしているようだ。

「この国を出るの?」

 顔合わせをしたあと、ミラがそう尋ねると、サリアは頷いた。

「ええ。もともと、私たちはこの国の人間じゃないの。それに何だか、国の様子が少しおかしくて」

 うまく説明できないけれど、とサリアは曖昧な笑みを浮かべる。

「何だか嫌な予感がするの。こういう時は、さっさと国を離れるのが一番だって知っているから」

「……そうなの」

 彼女たちのようなベテランの冒険者には、国を守る結界がなくなったことに気が付いているのかもしれない。

 効果が完全に切れてしまうまで、あと数日しかない。

(新しい聖女がきちんと役割を果たしてくれたら、そんなにひどいことにはならないけれど)

 あれから時間が経過して、ミラも少し冷静になってきた。

 自分を追放した王太子のアーサーや、手のひらを返して罵倒してきた国民たちに良い感情を持っていないが、さすがにひとつの国が滅んでしまうところは見たくない。

 何事もなく終わればいい。

 そう思えるようになってきた。

(時間を無駄にしてしまったと思っていたけど、冷静になることができたのは、よかったのかもしれない)

 もちろんアーサーやこの国を庇うつもりはなかったが、これなら兄や姉と再会しても、きちんと経緯を説明することができそうだ。

 まさかその新しい聖女が王都で大きな問題を引き起こしていたなんて、まったく思わなかった。



 護衛の冒険者に守られて、ミラは迂回路となった山道を歩いていた。

 夏はもう過ぎていて、体力が無駄に削られるようなことはなかったが、それでもきつい道のりだった。

 もともとこの道は、林業を営む職人たちのための道だったらしい。だから大半が、舗装されていない獣道であった。

 ただ幸いだったのは、崖崩れの影響で多くの人達がここを通ったらしく、多少は歩きやすくなっていたことか。

 道幅も広げられ、すれ違いも簡単にできるようになっていた。

 サリアの夫であるバロックが先頭を歩き、その後を三人の侍女とミラが続く。最後尾はサリアで、背後からミラが足を踏み外したりしても大丈夫なように、注意しながら歩いてくれた。

「もう少し歩くと、広場があるの。今日はそこに野営をすることにして、早めに休みましょう」

 サリアの提案に、ミラは頷く。

「ええ。ありがとう」

 王女とはいえ、聖女でもあったミラが城外に出ることは多く、それなりに体力はあると思っていた。

 でも整備された道を歩くのと、山道を歩くのではまったく勝手が違う。

 これは思っていたよりもずっと大変な道のりかもしれないと、ひそかに息を吐く溜息をつく。

 広場には、すでに多くの人がいた。

 それぞれ、思い思いの場所で野営の準備をしている。

 長旅を想定した旅支度の者が随分多いことに、ミラは気が付いた。

「みんな、山越えをするだけではなさそうね」

「私たちのように、この国を離れる人が多いようですね」

「そう……」

 サリアの言葉に、ミラは曖昧に頷いた。

 よく見れば、サリアと同じ冒険者や商人が多いようだ。

 彼らはこの国を捨てて、どこに向かうのだろう。


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